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49、初めての共同作業



ぼちゃん、ぼちゃん。


左手に大きめの絆創膏を貼ったラファエルは、やりにくそうに野菜を鍋に入れている。

結局今までに彼がやったことと言えば、玉ねぎの皮むきだけだ。

大量のにんじんを切り終えた七緒は今、戸棚を一生懸命に漁っている。


「やっちゃったなぁ……ルーが3箱しかない」

「充分じゃないのか」


七緒が箱を無言で差し出す。指された箇所には「四人分」と書いてあった。


「……」

「単純計算で7箱はないと。余分をみて、あと6箱くらい買って来なきゃ」


そうは言っても、と七緒はラファエルを見やる。ラファエルも、困ったように七緒を見た。


「ラファエルくんさ、ここら辺、わかる?」


寮に入ってる以上、実家は離れた場所だろうし、彼の場合、部活がない日は必ず寮に真っ直ぐ帰ってきていた。

思った通り、ラファエルは首を横に振る。


「いや、全然知らない。つか、入学してから、敷地内から出たことない」

「本当に!?」


予想以上の引きこもりっぷりに驚く七緒。ラファエルは言い訳のように「行きたいとことかないし」と付け足した。

七緒がラファエルを残して台所を離れるなんてできっこないし、ラファエルが買い物に行くことも出来ない。

地図でも書いてやればいいのだろうが、七緒自身、この辺りには詳しくないのだ。先日もロウに道をおしえてもらってようやく、商店街に出られたくらいだ。


「商店街まで割と入り組んでるんだよね……おれもまだ覚えてないの」

「……人通りのある方に行けば、着くよな? 最悪、人に聞けばいいし」


行くしかない、と潔く言ったラファエルに、おっかさんから「何か足りなかったら」と預かっていたお金を渡す。


「(ロウ、ついていってあげられない?)」


―――「バカ、俺はお前の補佐だぞ」


呆れたような声に、彼がそれ以上干渉しようとしていないのがわかる。

玄関までついていきながら、「知らない人にはついて行かないで」「ケータイは持った?」なんて言っていると、いきなり、階段の上から呆れた声がした。


「お前はシュタイネルの母ちゃんか?」


振り向くと、いつものジャージでなく、お出かけ用の服を着た、藤枝がいた。


「にしたって過保護すぎ」

「だって心配で」

「うぜえ」

「ラファエルくん酷い!」


ひゃひゃひゃ、と笑いながら降りてくると、3年生は無造作に自分の靴を取り出した。

彼のズボンの後ろポケットに財布を見つけて、七緒はどこにいくのかと問いかけた。


「本屋だよ、本屋。あとゲーム屋」

「商店街の方ですよね? じゃあついでにおつかいお願いできませんか?」

「えっ、何オマエ先輩をパシリに」

「ありがとうございます!」

「まだ何も言ってねーだろ!」


掛け合いを見せる2人を眺めながら、ラファエルはどちらが折れるかと考えて、一度履いた靴を脱いだ。




「お前さ、よく3年をパシれるよな」

「別にパシってないじゃん! ついでに頼んだだけじゃん」


結局折れたのは藤枝で、ぶつぶつ言いながらもラファエルからお金を受けとると、さっさと寮を後にした。


「2年だったらしないよー。でもさぁ、3年って総じて1年に甘い気、しない?」


肩をすくめて、なんでもないことのように言う七緒。甘え上手な彼は、学年の差を当たり前のように利用しているらしい。


「お前本当腹黒いよな」

「え、なんでよ」


顔をしかめる七緒は放っておいて、台所に戻る。


「……さて……ええと、じゃあ、ラファエルくん」


じっとラファエルを見つめる。左手に絆創膏を貼っている彼に、何をしてもらえるか考えているのだ。


「んん、レタスむいてくれる? あと、ゆで卵作って」

「ゆで卵どうやんの?」


さすがに、ジャガイモを剥いて切っての作業中に手元から目は離せないので、口頭で指示する。


「お鍋に水いれて」


鍋が水道に突き出されるのをちらりと確認する。ガシャ、と鍋をコンロに置く音を聞くと、七緒は続けた。


「したら、お塩ちょっといれて、6つずつ卵茹でて」

「普通に入れればいいの?」

「うん、入れたらね、火ぃつけて、菜箸で卵をくるくる回してちょうだい」

「……了解」


塩、塩、という呟きが聞こえたので、顔は上げないまま、調味料の入った戸棚を教える。

無事に茹で始めたようなので、今度は玉ねぎを手にとって、ベリベリ皮を剥く。


「4分くらい茹でたら、お湯捨てないで、またやって。あ、ゆで卵出来たら、氷水に入れて?」

「なんで?」


七緒は手を止めて、顔をあげた。

母さんがそうやっていたのを真似しているだけなので、改めて行動の意図を聞かれると困ってしまう。


「えっと……なんでだろ。多分、冷ますのと……殻を剥きやすくするため?」

「ふーん。ボウルで良いんだよな」

納得していない顔ではあるが、ラファエルは氷水を用意し始めた。


「そうそう」


ようやく作業らしくなってきた頃、


「なにしてるん?」


唐突な声に、2人はぴょこんと飛び上がって、振り向いた。

怪訝そうな顔で食堂からこちらを覗きこんでいるのは虎哲だ。


「見たらわかるだろ、夕飯作ってんだよ」


素っ気なく言うラファエルの負傷した手、切りかけの大量の野菜、がちゃがちゃとした台所のあり様を見て、虎哲は目を細めた。


「……ああ、ほうか。そいじゃあ、わしゃあ部屋に戻る……」

「あっ、テツくん!」


七緒がぱっと目を見開いたのを見て、ラファエルは嫌な予感がした。

虎哲も同じのようで、一歩後ずさる。

が、七緒が包丁を持ったまま、空いた片手で腕を掴んだので、逃げられなくなった。


「手伝ってー!」

「わかったけぇ危ない、包丁包丁!」



……というわけで、虎哲を入れた3人が、台所に並ぶ。


「……狭い」

「わしに文句言うなや、引き入れたなぁナナじゃろ」

「無駄にガタイがいいんだよ、あんた」

「無駄たぁなんじゃ」

「ちょっと2人ともお黙り、テツくんは料理ってする? あ、レトルトはなしで」


仲が良いとは言えない2人のやり取りをぶったぎって、七緒は問いかけた。

虎哲は少し考えて、「必要じゃったらする」と答えた。


「去年はようしよったんじゃ。カレーくらいなら普通に…」

「本当? 助かる! じゃ、お肉切って軽く炒めて」


玉ねぎを適当に剥きながら、虎哲の様子を少し観察する。

予想以上に手際よく肉を切り出したのに安心して、自分も切る作業に入った。


「ああ良かった、おれもテツくんも同じくらいのレベルじゃんか」

「これくらい普通じゃろ」

「いや、案外出来ないみたいだもん」


ね、ラファエルくん、と笑いかける仕草は、ムカつく程に悪意がない。

黙ったままレタスを乱暴に野菜室から取り出す。

サラダ用の深い木皿を準備して、そろそろ卵の方を、と七緒を振り返っ―――


「―――っ、七緒?」


ラファエルの驚いたような声に、虎哲も顔をあげる。

七緒がぼろぼろ泣いているのが見えて、一瞬ぎょっとしたが、すぐに原因に思い当たった。


「玉ねぎ」

「え? ……あ」


ラファエルも理由に気がついて、はあと息をつく。


「おい、戸塚! 顔ぐしょぐしょだよ」


茹で上がった卵を氷水に移動させながら指摘すると、七緒は泣きながら笑った。


「もう、おれ玉ねぎめちゃくちゃ涙でるの」

「ひでえ顔」

「じゃあラファエルくんやってみなよ! 目ぇつむってても100パー泣くから!」

「……玉ねぎの涙でる成分て……確か鼻から入るんじゃないか?」

「え、ウソ。そうなの?」


じゃあ今まで目をつむって頑張っていたおれの努力は、と七緒が嘆き、ラファエルはくすくすと笑った。


「馬鹿じゃねえの」

「かわいく笑いながら低い声でそゆこと言うのやめてくれる!」

「か、わいく笑ってねーし!」

「ええ、そこ!?」


きゃいきゃいと喋る2人の手は、すっかり止まっている。

注意した方がいいのかしばらく迷っていた虎哲は、まあいいかと1人作業を続けた。



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