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47、仲良くなりたい



「ごめん、ラファエルくん、もう一回いまのとこ……」

「シュタイネルってさ、教えるの下手だろ?」


ざっくりと言い放つ直哉。次の瞬間、さくり、刺さった音がした。


「いってええええ! ちょっとお前ぇ! シャーペン! シャーペン刺さってますけどお!」

「刺してんだよ」


ちょっとお前黙ってろむしろ死ね、と可愛らしい顔で言われて、さすがの直哉も机に突っ伏した。

当のラファエルは何事もなかったかのように、七緒の問題集を覗きこむ。


「どこだよ」

「あのね、ここの4番……」


ああそれは、とラファエルが説明してくれる。しかし、七緒がわかるのは、「ラファエルが説明してくれている」という一点のみだ。

七緒の上にハテナが浮かんでるのが見えたのか、ラファエルはゆっくりと噛み砕くように言った。


「原子の数は変わらないんだから、右と左の係数を合わせればいいだけだろ?」


だからそれはどうやって、と思ったが、もうすでにその説明(だと思われる)を3度はさせているので、曖昧に頷く。


「(この小さい数字と前の数字がよくわかんないんだよなぁ……)」


じゃあまた聞けばいいじゃん、とロウが呆れたように言ってきたが、それが出来たら苦労しない。


―――だって今のも合わせて、4回は説明してもらってるんだもん!


それだけ聞いて全く理解していないのは、七緒の理解力がよっぽどなのか、ラファエルの講義力がよっぽどなのか、である。

ロウは、贔屓目があるにしろ、後者だと思った。

なにしろ説明が早いのだ。問題文のあと、何足とびかですぐに答えを言われてしまう。そこに至るまでの過程が早すぎて、なにがなんだかさっぱりなのだ。

直哉の言うことにも一理ある、が、教えてもらっている立場で言えることではない。


「つーかトノは?」

「ていうか、化学なら戸野橋の方が俺より得意だと思うんだけど……あいつは英語のがヤバいっつって、303号室行くって。岩平も一緒に」


303号室、すなわち光流と智の部屋だ。彼らは揃って2組、つまり英語クラスに在籍しているので、すくなくともホームステイが出来るくらいには英語が得意である。

それでもって光流は世話焼きなので、ルームメイトを巻き込んで後輩に勉強を教えるのだろう。智は智で、それがまんざらでもないのだ。


ちなみにこの3人は、夕飯の終わったちゃぶ台の上で化学の教科書とノートを広げていた。少し離された他のちゃぶ台では、3年生も勉強しているので、基本的に声は抑えめだ。


「あ、俺も英語ヤバい。っつか全体的にヤバい」

「ナオ、英語ならおれも少しは教えてあげられるから、まずこっちやろうよ」

「はーい。ていうか、赤点さえとらなければ俺はいいー」


どうせ大学、付属に行くし。そう言って七緒に凭れかかる直哉の足を、机の下で蹴るラファエル。


「馬鹿か。上に上がるにしたって、ある程度成績は必要だろ。赤点ギリとか、危ない」

「まじかよ。あーもう、じゃあちょっと休憩する! ランニングしてくる!」


完全に煮詰まったらしい直哉は、誰にも止められないうちに食堂を飛び出して行った。


「行っちゃった。ちょっとおれらも休む?」


物分かりの悪い生徒に教える傍ら、ラファエルは漢字練習をしていた。彼もいい加減手が限界だったのか、あっさり頷く。


「何か飲む? 麦茶入れるけど」


腰を伸ばしながらそう問いかけると、ラファエルは逡巡した後、首を横に振った。


「あ、ナナぁ、オレにもついでに」

「俺も」


別の机にいた藤枝と晴登が、目敏く台所に向かう七緒に気付き、手をあげる。


「ウェイターじゃないんだから……それくらい自分で動いて下さいよ」


七緒が顔をしかめたのを見て、けれど慌てずに、藤枝は向かいに座る晴登をつついた。

晴登が、じぃっと七緒を見上げる。


「…………」

「…………」


数秒の沈黙の後―――


「わかりましたよおっ、持ってくればいいんでしょハイハイ!」


七緒は赤面して、足早に台所へ入って行った。その背中を眺めてから、藤枝は悪い顔で友人を見やる。


「あいつ、クロに弱いよなぁ」


晴登は肩をすくめた。


「や……前に小動物みたいだって言われたけど」

「それは同感だが、それでもオレなら頼みごととか絶対聞かん」

「だろうな」


わかっててやってるのかあのひとたち、と目を細めて、ラファエルはため息をつく。

まだここへ来て二週間と少しなのに、七緒は既に銀杏に溶け込んだ。それに比べて自分は、と思う。


「(つくづく集団生活とか向いてねえや、俺)」

「シュタイネル、」


唐突に声が上から降ってきて、身体にぴんと力を入れる。振り向いて見上げると、寮の管理人だった。


「ナナいる?」

「もう―――あ、来た」


ほらよっ、とばかりに3年生組に麦茶を渡す七緒は、何故かコップをふたつ持っていた。


「落とすよ?」


思わず、心配そうに口をだすおっかさんを見て、ぺろりと舌を出す。


「だって、キノコ先輩がおれをパシるんです」

「おいこら七緒、なんでオレだけ名指し? クロは!?」

「何か用でしたか?」


藤枝のキャンキャン吠える声は堂々とスルーして、七緒はおっかさんに向きなおる。

その際にさりげなくラファエルの前にコップを置いた。

頼んでいないのに、と言おうとしたラファエルは、けれどおっかさんの声に、思いとどまる。


「あのさ、俺、どうしても明日、外せない用事があって。また夕飯頼める?」


おっかさんのすまなそうな顔を見て、頷く七緒。


「もちろん。簡単なのしか作れませんけど」

「おっけおっけ。ごめんな? テスト前なのに」

「大丈夫ですよ、2人でやればすぐ終わります。―――ね? ラファエルくん」


いきなり話を振られたラファエルは、素っ頓狂な声をあげた。


「はっ? ……え、何」

「手伝ってくれるでしょ?」


当たり前のように言われて、ぽかんとする。そんなラファエルに追い討ちをかけるように、七緒は続けた。


「おれが頼まれるのを目の前で見てて断るなんて、そんなに意地悪じゃないでしょう? 明日から部活ないし、ていうかラファエルくん、実質テスト終わるまで部活は無しでしょ。赤城さんに止められてるもんね」


七緒が晴登になんとなく弱いように、ラファエルも柔道部主将の名を出されると弱い。

駄目押しで、ラファエルくんはテストそんなに切羽詰まってないみたいだし、と笑いかける。


「……お前、本当は腹黒いだろ」

「何がぁ?」


明らかに確信犯な七緒を軽く小突くと、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で、「言っとくけど器用ではないから」と言った。




―――「どうすんの?」


風呂からあがった七緒を迎えたのは、真っ暗な部屋と、黒いウサギのぬいぐるみだった。直哉は入れ違いに風呂場へ向かったようなので、しばらく帰ってこないだろう。

ぬいぐるみと向き合って会話することに慣れてきちゃったなぁと思いつつ、バスタオルを椅子にかける。


「どうすんのって……ラファエルくんのこと? どうもしないよ」


どうにかできるほどの器が、あればいいんだけどねぇ。と、七緒は口元だけで笑った。

夕飯作りにラファエルを誘ったのは、単にちょうど彼がその場にいたからであり、葵がちらりと「あいつにも作らせてみたら」なんて言っていたことを思い出したからであり、そして、もう少し仲良くなれるかなと思ったからでもある。


「何かしら一緒にやれば、ラファエルくんもわたしを友達だと思ってくれるかなって。勉強頼んだのもそれだし」


だって今のままじゃあまりにも自分の片思いだ、と思う。

甲斐甲斐しく食事を届けたり、しつこく話しかけたり。


―――「なんだよ、惚れてんのか」


「あはは、一目惚れだよ」


冗談にあっさりと頷いた七緒に驚き―――しかしすぐに、恋愛的な意味合いではないのだな、とわかった。


「綺麗な瞳よね」


外見かよ、とロウが言うと、当たり前でしょ一目惚れって大体そうじゃん、と七緒は悪びれもせずに言う。


「……あとさ、わたし、割と料理好きだから、食べてもらえないのって寂しい」


単なるワガママですよ、と笑う七緒。


「おっかさんもそう思ってるよ。おれ以上に思ってるよ。でも、おっかさんは管理人だから、なんか遠慮してる気がする」


どこかで線引きをしなければならない、と。きっと彼は、あからさまな問題児である虎哲よりも、ラファエルに対しての距離を測りかねている。


「だからってわけじゃないけど、友達なら言えるじゃん。心配なんだよーとか、理由聞いたりとか」


自分はまだそれ程の存在ではないから、そうなりたい。


―――「どっちにしろお前、物好きだよ」


呆れたようなロウには言わなかったけれど。



―――ラファエルくんとロウって、どことなく似てるんだよなぁ



それも仲良くなりたい理由のひとつかなぁ、と思った。


 

  



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