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閑話



 

ぴいぴい泣く七緒を見て、固まった彼のルームメイト。

虎哲は条件反射のように首を横に振った。


「わ、わしじゃない」

「わかってるよ、だってテツ、すごい顔だもん……」


とりあえず、とばかりに部屋の電気を付ける。


「ナナ、どうしたの。また悲しい本でも読んだの?」


七緒の涙腺が緩いことを知っている直哉は、驚きながらも冷静だ。

カバンを置くと、七緒に近づいて、その背中をさすってやる。

しかし、昨日初めて会った虎哲が、それを知るはずもなく。未だに戸惑って、立ち尽くしていた。

直哉は、七緒が泣いている理由を言おうとしないので、虎哲を振り返ったが、彼は役にたちそうもなかった。


「ね、どうしたんだよ。泣くなよお、ナナー」


なだめすかして、ようやく少し体を起こさせると、手探りで、眼鏡をとる。濡れたそれを服で拭いてやりながら、もう一度尋ねた。


「なんで泣いてるの?」

「な、んでも、ない、から」


だから、放っておけと、言うのか。

うずくまって涙を流してるくせに。

ムカついた直哉は「うそつき」と言うと、七緒の首根っこを掴み、無理矢理顔をあげさせた。


「なんでもなくて泣くわけないじゃん。黙ってたってわかんねえよ」


泣き顔を見られたくないのか、イヤイヤと抗う七緒。それを押さえつけて、「泣くなよ!」と怒鳴る直哉。

まるで小さな子供のように、どちらも遠慮のない動きだった。


「お、い。もう、放っておきゃぁ」


直哉があんまり乱暴なので、思わずそういうと、苛立ちの矛先がぐるんとこちらを向いた。


「ていうかテツは何してんの! こっち来てよ」


行って何かの役に立てるのか、と思いつつも、直哉の隣に立つ。


「もう、立っててどうすんの」

「どうすりゃあええん!」

「しゃがめって!」


ほとんど怒鳴り合いのようになりながらも、虎哲は不思議と、直哉との会話に不快は感じなかった。

言われた通りにしゃがみ、まだしくしくいっている七緒を眺める。


「…ほんで?」

「で、って言われても……」


直哉も特に良い策があったわけでもないらしく、意味もなくあたりを見渡した。


「理由知ってんの?」


そう問われ、虎哲は一瞬頷きかけた。が。


「(知っとるっちゃ、知っとる。多分、約束を守れなかったこと、で)」


彼は、叱られたことに泣いているんじゃない。きっと、自分が情けなくて泣いているのだ。

憶測の域を出ないけれど、妙な確信があって、だから、勝手に言ってしまうのは憚られた。


「…知らん」


ふい、と目を逸らしたのが悪かった。


「うそつき! 知ってんだろ、その反応っ。あーテツがうそついたー! オレにうそついたー!!」


目を三角にした直哉が、不満を隠そうともせず、がなる。耳元でがあがあと騒がれて、虎哲も黙ってはいない。


「ぅるっさいんじゃワリャア!」

「うわっ、巻き舌! まーきーじーたー!」


もはや悪口でもなんでもない単語を、嫌みったらしく言う直哉。

聞き流せばいいとわかっていて、でもそうはできなかった。

手を伸ばして、直哉の頬をぐにりと引っ張る。


「巻き舌の何が悪い!」

「いひゃい! こ、のやろっ」


両手を伸ばされ、両頬を抓られた。ので、虎哲も遠慮なく右手を参加させる。


「おひゃえはいふほおへっはいはんひゃよ! ほほの、やふらひんな、」

「はひいっへんほかははんへーよ! ひほほひほひらはいへいふもいふも、」


「ふ、たりとも、」


割って入った声に、虎哲と直哉は振り返って、ようやく七緒の存在を思い出した。

目元を真っ赤にして、眉を八の字にして、2人の腕に手を伸ばしてきた。


「け、喧嘩だめだよ、なにしてんの」


慌てたような声音。2人は一瞬だけきょとんとして、それから、思い出したようにお互いから手を離した。


「なに、いまの。なんで、けんか」

「いや、喧嘩してないよ、ナナ、」


だいじょうぶだよ、と言い募ろうとして、直哉はルームメイトの表情の変化に気がつく。


「―――なんで、笑ってんの?」


虎哲も気がついたようで、怪訝な顔で七緒を見つめる。

くすくすと声をたて始めた七緒は、一度だけ大きく息をつくと、ぐいっと顔をあげた。


「あー、なんか、馬鹿らしくなるってこういうことだね!」


いっそすがすがしいまでに馬鹿らしいと言われ、ぽかんとした。


「ごめんねぇ、涙腺緩くて。今さ、テツくんと遊んでてさ、うっかり夕飯の準備に間に合わなくて。そいで、ちょっと情けなくなって落ち込んでたの」


あっさりと理由を明かす七緒に驚く虎哲。自分なら、絶対言わないだろうと思って、それから そうかと思い当った。


「(直哉が、さっき聞いたけぇか。なんでって。そがぁなん、答えなくたってええんに)」


自分を心配してくれてのことだから、ときっと彼は思っているのだ。

律義な奴、と呆れた。

そのとき、ふと向けられた穏やかな笑みに、虎哲の心臓が跳ねる。

先ほどの直哉とのじゃれ合いが頭を横切って、ぶわりと赤面した。


―――仲が良いんだ、良かったぁ


そう言われている気がして、勝手に安心されている気がして、っていうか100%そうだろうとわかって。

居た堪れない、と立ち上がる。


「夕飯、来いって」


かろうじてそれだけ言って、足早に彼らの部屋から出た。


「なんだよぉ、テツの奴」

「ありがとうね、ごめんね。おれたちも着替えて降りよう?」

「いいけど。なんでナナが謝るんだよー。あ、目ぇこするなって」


背中で彼らの会話を聞きながら、虎哲は馬鹿らしくなって、1人で小さく笑った。


―――本当、馬鹿らしい


ずっとずっと、受け入れられていないと思っていた。特に、直哉のように中等部からの持ちあがり組からは。

けれど、気づけばそんなことなくて、彼らを拒んでいたのは自分だと思い当った。


「(あいつもそうじゃ、馬鹿らしゅうなった)」


滑稽な自分たちのやり取りが、ではない。1人で空回っている自分が。

よくよく思い返せば、周りは自分を離すまいとしてくれていたのだ。

うっとおしい管理人は自分に不利になるようなことをするなと、いつもだるそうな担任は周りを見ろと、それぞれ激しく、やんわりと、怒ってくれた。

おかえりと抱きついてきたり、無駄にちょっかいを出してきたり、遠慮なく本気でぶつかってきたり、何も聞かずにいてくれたり。

喧嘩はだめだよ、と何度も訴えてきた七緒の瞳を思い出す。ほとんど初対面の彼でさえ、自分を守ろうとした。

自分を傷つける人間もいれば、馬鹿みたいに守ってくれるひともいて。


―――わしの周りゃあ、馬鹿ばっかりじゃ



気づけて良かったなぁと、密やかに笑った。

 

 

 

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