43、オレイマイリの誤解
「戦力外通告……ってやつだね……」
沖田の手が、慰めてくれようと肩に置かれたが、かける言葉が見つからないらしく、彼は黙ったままだった。
―――泣いても良いですか
レーシングゲームに始まり、シューティングゲームいくつか、格闘ゲーム色々。
その全てで、七緒は虎哲の足を引っ張った。
「戸塚クンがいると勝負になんねぇんだけど」
柳井の率直な言葉に、虎哲は「正直すぎじゃ!」と突っ込み、沖田は「言葉選べ!」と蹴りを入れ、そして当の本人は「…じゃあココで見てるよ」と言ったのだった。
「(2人とも全くフォローになってないことに気付いてなかったなぁ……本当に泣いて良いか)」
「仕方ない奴らだ。熱くなりやがってよぅ」
ふん、と鼻を鳴らしたのは、七緒に付き合ってベンチに座っている沖田だ。
仕方ない奴らは、離れた場所でホッケーをやっている。
「沖田くん、良いんだよ。おれに付き合わなくて」
「それはだめ。今日何のためにあんたの学校に行ったのかわかんなくなる」
ん? と七緒は首を傾げた。
「……お礼参り……なんでしょ?」
「おう。だから、戸塚クンを放っておくわけにいかん。柳井も何考えてんだか」
「……んん?」
何かすれ違っている気がして、更に首を傾げる。
「沖田くんたちが用あるのって……テツくんでしょ?」
今度は、沖田が首を傾げる番だった。
「なんで? 戸塚クンだぞ?」
「えええっ、おれ、なんかしたッ!?」
お礼参りの標的はまさかの自分だったのか、と慌てる。自慢じゃないが、姉弟喧嘩もろくにやってこなかったのだ、パンチ一発で沈む自信がある。
一方、七緒が怯える理由がわからない沖田も、会話がズレていることに気がついた。
「だって……お前、助けてくれたじゃん」
「えええっ!? じゃ、なんでお礼参り……あっ」
唐突に、自分たちの行き違いを理解した。
沖田の思う「お礼参り」は、どうやら七緒の思うそれとは大きく異なっているらしい。
呆れると同時に、酷く安堵した。
「沖田くん。あのね、お礼参りっていうのはね」
彼が使ったその言葉は、本来、願い事が叶ったときに参拝することを指す。
しかし、俗語的な意味では、刑を終えて出所したやくざなどが、告発者などに仕返しをすることである。
「だからね、おれたち、負けた仕返しをしに来たんだと思ってたよ」
説明を終える頃には、沖田の耳は真っ赤だった。
「……お礼参りって……お礼のかっこいい言い方だと思ってた……」
「すごく堂々と「お礼参り」って言っていたものね」
「言うなって……」
撃沈している沖田が可愛くみえて、七緒はくすりと笑った。
聞けば、彼も柳井も同い年だというし、言葉や所作は多少乱暴なものの、それ以外はクラスメイトと話すのと変わらない感覚だ。
「(本当にひとは、見かけによらない)」
「笑うんじゃねえよ」
「ふふふ、ごめん」
拗ねたような沖田だったが、謝りながらも笑い続ける七緒に、毒気を抜かれる。
「……昨日は、手当てしてくれてありがとう」
七緒は七緒で、少し照れながら頭を下げる沖田が、好きになった。
「どういたしまして。あと、テツくんが喧嘩ふっかけて、ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
「代わりにね。テツくんは多分謝らないし……え?」
どうしたの、と七緒は問いかけた。
沖田の表情が、あからさまにムッとしているものに変わったせいだ。
何が気に食わないのか黙り込む沖田を見て、七緒は話題を変えた。
「そういえば、どうして学校がわかったの?」
「……赤い髪の奴なんてそうそういないだろ」
「あっ、そうか…」
髪色で学校を辿られたとあっては、いよいよ染め直しが求められるなぁと七緒は目を細めた。
あの髪は、インパクトが強すぎるものの、見慣れてきたら嫌いではないのだ。
しかし、インパクトじゃ沖田と柳井も負けていない。
「でも、沖田くんたちも珍しいよね。どうしてその色にしたの?」
沖田は眼鏡を外しながら、遠くを見た。一生懸命思い出している顔だ。
「え、確か俺が誘って……どうせなら派手な色にしようぜって」
「一緒に染めたんだ。仲良いんだねぇ」
にっこりと笑う七緒に、「あの頃は友達が柳井しかいなかったから」とは言えなかった。言いたくなかった。
「……それなのに、もっと派手な奴いるし」
じろりと、クレーンゲームに本気になっている赤髪を睨む。
確かに、と七緒が言ったので、思わず口を尖らせた。
「いいじゃん、学校違うし、似合ってるんだから。沖田くんは渋い寒色が合うよ、多分」
苦笑しつつそう続けると、沖田の表情が輝きだしたので、驚く。なにか、ツボを押したらしい。
「似合う? 青」
「似合ってるよ?」
「か……かっこいいか?」
「かっこいいよ」
「そうか!」
花火が弾けるように、頬を染めて笑う(このとき初めて七緒は、この口の曲げ方が沖田の「笑顔」なのだと気がついた)沖田が、子犬に見えた。
「ふふふ、可愛い」
嬉しそうだった顔が、途端に渋くなる。
どうやら彼にとって「可愛い」は誉め言葉ではないらしい。
「なんだよ、なめてんのか」
「えっ、舐めてないよ。そうだ、舐めなかったけど、怪我は大丈夫なの?」
「そっちの舐めるじゃねーし! ……平気。怪我は得意」
自慢気な沖田の「得意」を、頭の中で「馴れている」に変換する。
それはそれでどうなんだろう、とも思ったが、今にも腰に手を当てそうな勢いの沖田が、あんまりにも可愛くて、
「可愛いなぁ」
思わず手を伸ばして、彼自慢の青髪を撫でた。
ぎ、と音をたてて、沖田の体が固まる。
彼は何故かベンチに座らず、その手前でヤンキー座りをしていたので、七緒の手はものすごく自然に沖田を撫で続けることができた。
鋭い三泊眼が、驚きと戸惑いに見開かれていることには気付かず、「ちょっとしっとりしてんのは、ワックスかなぁ」と思う。
左の頬に貼ってあるバンドエイドに触れると、びくりと沖田が震えた。慌てて、手を離す。
「―――あっ、ごめん! 今、すごく夢中だった。痛かった? ごめんね」
「い、や、別に……つーか、撫でるなしっ!」
「今更っ! 嫌ならそう言ってくれれば良いのに」
無理矢理撫でたりしませんよ、と呟く七緒を見て、沖田は困った。
「(嫌、ではなかったんだけど……言うタイミングが……)」
「ごめんね、なんか友達がスキンシップ多い子ばかりだからさ」
七緒は七緒で、ほとんど初対面の同い年にやることではなかったな、と反省して、眉を下げた。
慌てて、沖田は首を振る。
「別にいい! つーか撫でて! いや、撫でてってのもおかしいか。 つーかあんまり謝んないで! 俺、あんたにお礼しにきたのに、謝らせてばっか!」
当初の目的からズレるところだった、と沖田は立ち上がる。
「何が欲しい? 取るから言え」
一番近いクレーンゲームに寄って行って、七緒を振り返った。
あれだけゲーム代も奢っておいてもらって、更に何かもらうのは悪いなぁと思いつつ、沖田が引きそうにないということはわかったので、七緒はウサギのぬいぐるみを指差した。
「え? まじでこれ?」
「うん。難しい?」
「……難しいとかじゃなくて……まあいいや」
男子高校生の選ぶ物かよ! と心の中で叫んでから、ゲームに向き合う。
ちょうど、ひっかける部分が上に出ていたので、2回目でぬいぐるみは落ちた。
「ぷれぜんとふぉーゆー」
「さんきゅう!」
ひらがな英語に笑いあって、七緒はぬいぐるみを抱きしめた。思ってたよりも大きくて、ロウが変身したものより一回り小さいくらいだった。
「ありがとう、すごいね! すぐ取れたね」
きらっきらの瞳を向けられて、思わず頭を掻く。褒められることに慣れていないのだ。
まあな、と胸を張ろうとした時―――
「おい、沖田! これ、どっちが凄い?」
柳井の声に振り向くと、先程までクレーンゲームで勝負していたらしい虎哲と共に、それぞれ獲物を抱えて立っていた。
柳井は手のひらサイズのマスコットを両手からこぼれる程。
虎哲は、沖田の取ったウサギの倍近い、パンダの人形を。
「うわーーっ! すっごい! えええ、いくら使ったの!?」
七緒が2人の元に駆けて行く。
「600円でどこまでとれるか。こんなでかいの一個より、たくさんあった方がいいよな?」
「何言うとんじゃ。そがぁなちんまいもんあったって仕方なかろう。でかいのがいいに決まっちょる」
「どっちにしてもすごいよー! わあぁ、びっくりだよ、ホント! っていうか、2人とも仲良くなったんだね! 良かった!」
「仲良くないし」
「仲良うなんてなっとらん」
きゃっきゃと騒ぐ七緒と、少し不服そうな、でも誇らしげな柳井と虎哲を見て、沖田は大変苦々しい気持になったそうな。
「だぁーーーっ、ウサギ返せ!」
「えっ? な、なんでぇ??」