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42、負けず嫌い


どうしてこんな状況になっているのかなぁ。

心底、そう思った。


「やっぱりまずはアレじゃね」


沖田が指差したのは、レーシングゲームの並びだった。

そして返事も聞かず、さっさと駆けて行く。柳井もとろとろとそれに続き、残された七緒と虎哲は、顔を見合わせた。




「何しとんじゃワレェ!」


ものすごい剣幕で駆け付けた彼は、七緒がやられそうだと思ったらしい。胸倉を掴まれてはいたので、当然の勘違いだ。

意外にも、先日喧嘩した虎哲に対し、冷静なのは沖田の方だった。逆に、さっきまで飄々としていた柳井は、猫のように彼を威嚇している。

それを制しながら、言い聞かせる声音で沖田は言った。


「いじめてねーからな、別に」

「そん手ぇは」

「何? 手?」


訝しげな顔をしていることから、どうやら沖田に自覚はないらしい。相手の胸倉掴んで話すのが標準装備なのか。


「あ、の、テツくん。おれ、今んとこ乱暴はされてないよ。胸倉掴まれてるだけで」


ここで騒ぎを起こしたらマズイ、と七緒が間に入った。


「だから怒らないで」

「おう、物分かり良いな、お前」


沖田がにやりと―――本人は「にこり」のつもりだとわかったのは、柳井だけだった―――笑った。

少しビクビクしながらも、害意はないらしいことは感じ取って、七緒が問う。


「えと、それで……何しに来たの? 何か用?」


青い髪の少年は、自称「爽やかな笑顔」のまま、答えた。


「お礼参り」




まあまあここじゃなんだから、と半ば無理矢理連れて来られたのが、このゲームセンターなのである。


「テ、テツくん、おれたちリンチ受けたりしないよねぇ……?」

「……お前が止めとらんかったら、さっさと逃げられたんに」


道中、七緒は何故だか沖田に肩を組まれ、反対側はどうやら虎哲の隣が嫌だったらしい柳井に歩かれ、連行されている気分だった。

しかし、どうにか(多分力づくで)しようとした虎哲を「喧嘩はだめなんだからね、わかってんの!?」と視線で制したのも、七緒だ。

七緒に対し「借り」があると思っているらしい虎哲は、しぶしぶながらもついてきたのだ。


「だって……あなたにもう喧嘩とかさせられないじゃない。それにさ、ゲーセンなら危ないことはないだろうし」


―――アホじゃろ!


怒りともどかしさと焦りで疲労を感じながら、虎哲はさりげなく辺りを見まわした。

右を見ても左を見ても、カップルやら女子高生なんかの姿はなく、代わりにいかにもガラの悪そうな方々が、わがもの顔でゲーム機を占領しているのだ。

どうやらこのゲームセンターは、ひときわ「不良」の集まりやすい場所らしい。よく見りゃ店員もそんな感じである。

店内での騒動も、可能性ゼロというわけではない。むしろ可能性は高い。


「(こりゃあちぃとヤバい状況じゃなあ。見たとこ、他の2人はおらんようじゃが)」


昨日喧嘩を吹っ掛けたのは、確か4人組だったはずだ。ちょっと自暴自棄になっていたな、と今更ながら自覚する。4人相手の喧嘩なんて、もうしたくない。普通の時なったら絶対逃げていた。というか、喧嘩なんて仕掛けない。

しかも今は、七緒がいる。足手まといを抱えながら、昨日のテンションも無しに、戦える訳がない。

当の足手まといは、物珍しそうにゲーム機器を眺めていた。

知らぬが仏だ、と黙ったまま、彼と共に一段と騒がしいスペースに寄って行く。


「マリカー。やったことある?」


問いかけた沖田は、眼鏡を取り出して拭いていた。まだ新しいコンタクトは手に入れていないようだ。

素直に首を横に振っている七緒の横で、虎哲は顔をしかめた。


「なしてゲームなんかせんといかんのじゃ」

「勝負しようぜ、勝負。赤いのはそっちの端、戸塚クンはココな。柳井は俺の右ぃ。あ、ちょっち両替言ってくるわ」

「おい、話聞かんかい」


イライラが目に見えるようだ。七緒は慌てて虎哲の制服を掴んだ。


「テツくん、わかった。おれわかったよ」

「あ?」

「沖田くんたちは「お礼参り」に来たんでしょ? でも喧嘩じゃあなたに負けることは分かってるから、ゲームで勝負つけようとしてるんだよ!」


虎哲はあからさまに「お前アホじゃろ」という顔をした。

七緒だって、そんなバカなと思っている。


「(でも今、わたしの使命は、このひとに問題を起こさせないことだ。そのためには、険悪なムードににさせちゃいけない)」


お礼参りと公言した割に、沖田には敵意が全く見られないし、柳井も不満げにしてはいるものの自分から吹っ掛けるつもりはなさそうだ。

だったら問題は虎哲である。気難しいこの人を納得させることはできないが、バカらしさで脱力してくれれば良いと思ったのだ。

そして七緒が予想した通り、虎哲は深いため息をつくと、しぶしぶイスに座った。ほっとして、その隣につく。


「何ヒソヒソしてんだよ。ハイ」


戻って来た沖田に、何かを差し出されて、反射的に受け取る七緒。

掌に落とされたのは、銀色の硬貨だった。


「1プレイ100円だから」

「……えっ!? いいよいいよ、悪いよ」

「ダメだ。誘ったのはこっちだからな。それに戸塚クン、カバン持ってねーだろ」


そうなのだ。慌てて飛び出してきた七緒は、スクールバッグを教室に置いたままだった。どうせ帰るのは敷地内の寮だからいいけれど、と思っていた。


「うっせーな、黙ってもらえよ」


渡された100円玉をひったくられ、無理矢理ゲーム機に押し込められてしまい、その問答は終わった。


「あっ、画面動いた……え? こ、これ、どうなんの」

「そこの、対戦プレイってところ」


設定を終え、足元をいじくっている七緒を眺めている虎哲に、沖田は思い出したように言った。


「あ、あんたは自分で払えよな。誘ってないし」


―――はっ?


思わず口がぱかりと開いた。


「(なん…え、なんちゅうた? 誘ってないて……え、じゃあつまりこいつらは、)」


考えをまとめる前に、自分たちの状況も忘れてウキウキしてしまっている七緒が、ぱっと虎哲を振り返った。


「テツくん、はやく。あなたのエントリー待ってるみたいだよ」

「え、ああ、おう……」


咄嗟に硬貨を入れて、ゲームを起動させる。適当にキャラクターを選んだら、お馴染みの赤い配管工になった。ちなみに七緒はキノピオ、沖田はピーチ姫、そして柳井はルイージだった。なんで兄弟キャラを選ぶ、という視線は、無視した。

3、2…と画面上にカウントダウンが出て、慌ててアクセルとブレーキに足を置く。

スタート、の一瞬あとに、隣の席から悲鳴が聞こえた。


「えええええっ、何、何なになに!!? 進まないんですけども!」

「えっ、まじ、故障?」


沖田が顔をしかめたのが視界の端に映ったが、虎哲は左手でハンドルを操りながら、七緒の頭を軽くはたいた。


「アホ! そっちゃあブレーキじゃ!」

「えっ、そうなの? こっちが、アクセル―――うぉわっ!?」


どうやら踏み込み過ぎたらしい、ものすごいスピードで画面の中の風景が流れたかと思うと、あっという間にカーブに突っ込んだ。


「ぎゃーー何今のハンドル震えた!」

「ええから早く進まんかい」

「ぎゃーー何っ、なにかぶつかって来たんですけど!?」

「声がでか……っ! おまっ」

「あーわかってきた、アイテムを取って……落とすのね? 違う?」

「だぁっ、俺んトコ放るなや! 同じチームってわかっちょるん?」

「え、これチームとか……あ、事故った!」


いつの間にか2人の声が熱くなっていることに気付いた沖田は、猫のように笑った。その瞬間、ゴールテープを切る。


「ゆうしょー!」

「にいー」


やる気のない声で柳井が乗っかって来たので、期待を込めて、数秒後にゴールした虎哲を見つめる。

やっぱりというかなんというか、彼は「さんいー」とは言ってくれなかった。



大分遅れて、七緒がゴールした。


「び、びり……」


ぐたりとハンドルにもたれかかった七緒を見て、ちょっとばかり可哀そうになる。初めてやるなら仕方ない結果だ。


「じゃあ次、あれやろうぜアレ。ストラックアウトぉ」

「どんなの?」


七緒が食いついてきたので、沖田は嬉しそうにゲームを説明しだした。

その後ろ姿を見ながら、虎哲は今更ながら「ペースを乱されとるなぁ」と気がついた。

元々勝負事には熱くなってしまう性質だし、実を言えばこういうゲームも嫌いじゃない。こちらに越してきてから、随分とご無沙汰だったけれど。

カバンを担いで顔をあげると、同じく2人を追おうとしていた柳井と目が合った。


「―――楽しいか?」


なんでそんなことを聞いたのか、自分でもわからなかった。多分、彼の青い片割れが、あんまりにも楽しそうだったからだろう。


「楽しい」

「ふん、そうは見えんが」


意外な答えに驚いて「眠そうな顔しやがって」と悪態をついてみる。しかし柳井は、先程までの不満げな態度はどこへやら、口角をあげて、言った。


「勝つのが、楽しい」


喧嘩でも、ゲームでも。

そう言葉が続いたような気がして、挑発的な声音だったような気もして、虎哲は目を細めた。

そして、気がつく。柳井の余裕は、今の勝利のためだ、と。

沖田はどうだか知らないが、この派手な緑頭は、確実に自分と勝負をつけたがっている。例えそれが単なるゲームでも、負けは負けだ。


「(一勝一敗、ちゅうことか。生意気な)」


虎哲の瞳もまた―――ギラギラと輝いた。




「テツくん、次はあれだって……」


運悪く振り向いてしまった七緒は、口をつぐんだ。うっかり、赤髪さんの凶悪な顔を目撃してしまったのだ。

彼の隣(と言っていいほど近くではないが)を歩く柳井も、似たような雰囲気を醸し出している。


「そうか、不良って負けず嫌いなんだなぁ」

「え、何の話」


しみじみ思ってしまう自分が、なんだかズレているような気もするが。

きょとんとする沖田に、どことなく親近感を感じつつ、苦笑気味に囁いた。



とりあえず、お互い 連れのスイッチが入ったようです。




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