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41、青と緑のお礼参り

「お前さーぁ、指導室来れるなら教室来いよ」


サボりに生活指導室を使うって何、と緒方はため息をついた。

目の前のソファにぐてりと寝転がっているのは、朝のHR前から教室にいなかった、水城虎哲である。

東棟4階の一番端にひっそりとある、生活指導室。職員室近くにもうひとつ同じ教室があるので、滅多に本来の目的で使われることはなく、全体的に埃っぽい。

この赤い髪の生徒は、この場所の常連だった。


「戸塚と中村が「おれたちのせいなんですーうえーん」って言ってたけど? ちなみに「うえーん」もマジで言ってたから」

「……隣の席の、銀杏におった奴が気に食わん」

「戸塚だろ? 名前覚えてやれよ。つーか、それくらいで丸一日ふけるとかねぇわ。どんなけ大人げないんだ」

「説教しよんなら帰る」

「おう、帰れ帰れ」


しっし、と、猫でも追い払うかのような手振りをされて、虎哲はしぶしぶと立ち上がった。

その背中が、やけに寂しそうに見えて、思わず引き止める。


「……水城。なぁ、教室に居づらいのかもしんないけどよ、」

「じゃっかあしい!」

「寂しいからって、人に当たるなよ。お前は、短気すぎる」


眉根を寄せる教師を、虎哲は思いきり睨む。

思いきり睨んで、それからも同じように接してくる教師は、この担任の中年オヤジだけなのだ。


「説教は、昨日のンで聞き飽きとる。それに俺は、」


寂しくなんかない、と自分に言い聞かせるように言った。


「天の邪鬼め」

「黙っちょれんのか、あんた……」


空気が悪いと思ったのか、ふと先生が窓を開ける。

風と一緒に入って来た、人が集まったときにきこえる「ざわざわ」の音に、足を止めた。

もう一度振り向けば、緒方先生が窓から身を乗り出している。


「……あれ? おい、あれって」


血の気が引くって、こういうことだろうか、と虎哲は思った。




「だから! 何年何組の誰に! 用があるのかって聞いてるんだよ?」

「知らねえ! 髪の毛の赤い奴だっつってんだろ、おっさん。そう何人もいるかよ、赤い髪の奴なんて!」

「だぁかぁらぁ! それだけでは校内に入らせられないって言ってるんだって!」


何度目になるかわからないやり取りを横目に、柳井は欠伸をした。


「(めんどくさいナァ、もう。早く帰りたい)」


しかし、守衛さんと友人の沖田の怒鳴り合いは、終わりそうにない。

明らかに悪いのは沖田である。外見の特徴だけしか知らないのに、その人に用があると言いはっているんだから。


「(待ち伏せとかさぁ……もうちょっとあるデショ、他に手段が)」


にしてもココの守衛さん、案外頑張るなぁ、普通ならもっと引け腰なのになぁ、と思いながら、校門に寄りかかる。

既に、周りには野次馬が出来始め、興味深げだったり恐ろしげだったりする視線をこちらに投げかけていた。

好奇の目で見られることには慣れている。しかし、いつまで続くのだろうかという苛立ちが、じわじわと内臓を浸食し始める。


「(ああもう……宗助の野郎……なんでオレを巻き込むかな……)」


誰かれ構わず殴ってやりたい、という破壊衝動が首をもたげ始め、これはヤバいなぁと焦る。

さすがに、他校で暴れたらマズイということくらいわかっているが、わかっていてもやっちゃうのが、この青年の悪いところである。

自覚はしているので、未だに諦めようとしない友人を、つま先でつついてみた。


「なー、沖田ァ。もう帰っちゃってんじゃナイの、あいつ。ガッコー来てるかもわかんないのにさぁ」

「入れろ! 勝手に探すから!」

「そういうわけにはいかん!」


―――ワァ、無視しかとかよ


ぎゅっと拳を握った瞬間。

視界の端に、こちらへ真っ直ぐ駆けて来る男子生徒が映った。

なけなしの理性で、拳を開き、友人の頭を軽くはたく。


「いてぇ! 何すん、」

「もしかして、アレ?」


指差した先の少年は、まだ少ししか距離が縮まっていなかった。足が遅いらしい。

沖田の目が、ぎゅうっと細まる。ただでさえ鋭いと言われている瞳なのに、目がよくない彼は、そうする癖がついているのだ。損な癖だ、と柳井は思っているが、指摘してやったことはない。


「ちょっ……あのぅ……彼……」


走りながら何か言っているらしいが、よく聞き取れない。


「ねぇ、違うの? そうなの?」

「良く見えない」


そう言った途端、沖田は駆けだした。

守衛さんも柳井も、周りの野次馬たちも。唐突すぎてぎょっとする。


「……えっ、えっ!?」


自分の方に向かって来ている、と気付いたようだ。男子生徒は、反射的に足を止める。

しかし、既に沖田は彼の目の前にいた。勢い良く伸びた手が、少年の胸倉を掴む。


「あ~あ……」


柳井は思わずため息をついた。

振り返った沖田は、友人の柳井から見れば最高の、野次馬から見れば極悪な、笑顔だった。


「こいつだ!」


一方、こいつ呼ばわりされた少年は、30メートル離れた場所からもわかる程、青い顔をしていた。




「赤い髪の子と違ったの」


守衛さんの厳しい声に、あわあわと七緒が頭を下げる。


「おれも知り合いなんです。騒いじゃってごめんなさい、もうこんな訪ね方させませんから! ねっ?」


合わせてよね! という表情で振り向かれ、柳井は肩をすくめ、会釈くらいの角度に身体を折り曲げてみせた。

沖田はと言えば、「もういいから出せよ!」と守衛さんに文句を言っている。

3人は、下校中の生徒の邪魔になるからと、守衛さん専用の極々小さな小屋の中に押し込められていた。

後ろの不良2人組にヒヤヒヤしながらも、七緒は一生懸命守衛さんを説得して、解放してもらった。


「いいかい、次からは何年何組の誰に、どういう用事で会いに行くのか、言わなきゃいけないよ」

「うる、」

「はーい、さーせんっしたぁー」


懲りずに口応えしようとする友人の足を踏み、柳井は歩き出す。


「ほんとにごめんなさい」

「友達?」

「あー、顔見知りです。大丈夫なんで……」

「本当に?」

「(まぁ、ウソではない…)」


柳井は、背後の会話を聞きながら、今日何度目かになるため息をついた。

守衛のおじさんが、あの少年を心配するのも無理はないのだ。見た感じ、地味な草食系だし、自分たちのような人間と付き合う子には見えない。


「(宗助も、何を考えてるのかね……)」

「なぁ、早く行こうぜ」

「あ、えっと、じゃあさよなら」


沖田に急かされ、七緒は守衛さんに頭を下げた。


「ねえ、あの……何か用なの? テツくんなら、いませんよ」


もしかしてお礼参りってやつだろうか、だったら水城が見つかる前に、なんとか自分がフォローをしないと。

そう思って、圭介に箒を押しつけ出てきてしまったのだが、考えが足りなかった。


「やっぱり、あいつと関係あるんだ」


青髪の少年がにやりと笑ったので、はっとなって自分のおでこを叩く。


―――うわちゃー! そうだっけ、通りすがりで押し切ったんだっけ! あーもうばかばか、なんで公園にいたんだとか問い詰められる!


「ねえ、」


ずい、と詰め寄られて、既に軽いパニックだった七緒は、思わずキョロキョロと辺りを見回した。

その様子に何故かムッとしたらしい、青髪の少年は、七緒のネクタイを軽く掴む。


「いじめてるわけじゃねんだから、キョドんなよ」


いやいや、その体勢は明らかにイジメです、と隣から聞こえてきた気もしないが、沖田は続けた。


「お前、名前は?」

「知りませんっ! …………へ? おれ?」


てっきり虎哲のことを聞かれると思っていたので、「知りません」で押し通そうとしていた七緒は、きょとんとした。


「おれの、名前?」

「そーだっつってんだろ。名前わかんなきゃ、呼べないじゃん」


呼ぶ機会がこれからあんの!? と思ったが、この状態で口に出せるほどツッコミ魂はない。

ロウがいてくれたなら、名前を言っても良いか相談するのだが、学校にいる間は彼はいない。


「と、戸塚。戸塚、七緒」

「とつか、な。俺、沖田おきた 宗助そうすけ。こっちの緑は柳井やない 明徳あきのりな」

「はぁ……」


なんで自己紹介されてるのかわからずに、困惑する七緒。


「……ねぇ、宗助、こいつすごくキョドってるけど……ほんとに恩人なの?」


柳井と紹介された緑髪が、沖田に問いかけるのを聞いて、顔に熱が集まるのを感じる。


「お、お、おんじん……!?」

「だって、俺達が倒れた後も容赦なく殴ってくる赤い奴に「赤男(仮名)くん、もうやめてやれよ!」とか言って、お前になんかしらの借りがある赤男(仮名)は「……チッ、お前が言うなら仕方ねえ」とか言って、そんでお前はサツに見つかんないように俺達を公園までどうにか運んで、介抱してくれてたんだろ?」


そんな奴を恩人と言わずに誰を恩人と言うんだ、という顔の沖田を見て、七緒はぱっくりと口を開けた。


―――っ、いやいやいや! なんかすっごいストーリー出来てますけど!?


ツッコミどころが多すぎて、フリーズする。

まず、赤男こと虎哲は、彼らが倒れた後も容赦なく殴ってはいない。野次馬のおばちゃんに聞いた限りでは、4人のうち誰かと相打ちになったはずだ。

それに、どこから虎哲が七緒に「なんらかの借りがある」なんて部分が出てきたのだろうか。不思議すぎる。


「(どうにかして運んでって、そこは超アバウトなのね! 話が大きくなってるっていうより、物語になっちゃってんじゃんか……っていうか、それをお仲間さん達に話したわけ!?)」


ようやく頭が回るようになってきた七緒が、どうにか誤解を解こうと口を開きかけたとき―――


「何しとんじゃワレェ!」


鋭い怒声が、飛んできた。誰のものかわかった瞬間、七緒は1人、泣きそうになった。



―――ああ、話がややこしくなるよう






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