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39、叱るor怒る



「うわわわわわっ」


自分が痛くない理由に気付いた七緒は慌てふためいて叫んだ。


「ごっ、ごめんなさい! わた…おれっ、わざとあなたの上に乗っかったんでなくっ、不可抗力だったんです! 眼鏡なくって、うっかり、つるっと足を滑らせて……」


「~~~~っ、いいからはよぉ退けっ!」


よっぽどパニくっていたのか、七緒は青年の腹に尻もちをついたままだった。怒鳴られて、転がるように彼から降りる。


「ぎゃははははっ、もーお前ら、何してんのォ!?」


雪弥の大爆笑を聞いて、被害者2人は目を吊り上げた。


「われのせいじゃろうがっ!」

「先輩のせいじゃないですか!」


同時に叫んで、ハッとなる。雪弥の笑いは増すばかりだ。

七緒の視線を避けるかのように、青年は立ち上がる。そしてその勢いで、雪弥がかけていた眼鏡を、乱暴にひったくった。


「あっ、てめ」

「後輩いじりも大概にせんと、本気で嫌われるぞ」


呆れた、というより起こっている口調で、青年は噛みつく。どうやら雪弥と七緒のやり取りが聞こえていたらしい。

振り返って、いまだに座り込んでる七緒に眼鏡を差し出した。


「ん。ちゃんとしとけ」

「あ、はい……」


七緒が眼鏡を受け取るか受け取らないかのうちに、青年は身を翻した。何も言う間もなく、赤が視界から消える。

ぽかん、とした七緒を見て、雪弥は苦笑した。


「あいつ、あんな見た目だし、すっげー短気だけど、恩は返さなきゃすまないらしいよ」

「え…?」

「だってほら、テツをここまで運んだの、おがちゃんとナナだろ。一応感謝してんじゃね」

「ああ……そう、なんですか」


途端に、彼の外見に怯えてた自分が、情けなく思えた。


―――まあ、怖いもんは怖いんだけどさ


「……ていうか、じゃあゆーきゃん先輩より全然良い人じゃないですか」

「どういうこと!? …まあ、良かったじゃん。あいつが上がって来てるってことは、もう説教は終わったってことだし。おっかさんも鎮火してんじゃね」


そうですね、と同意した。

数十秒後、それは間違いだったと思い知る。




ズダダダダダダ。

どこのマシンガンぶちかましてるんですかと言いたくなる音をたてながら、おっかさんは玉ねぎをみじん切りにしていた。


「あ、ナナちゃん。フライパン用意してくれる? もうみじん切り終わるから」


振り向いた顔は、般若かと思いきや無表情。正直、般若の方がマシだ。

ウワァ、と呟いた雪弥は、後輩の「助けて下さい」と雄弁に語る視線から、逃げる。


「……じゃ、確かに送り届けたからオレ帰る」

「ゆっ、ちょおっ……!」


置いて行かないでえぇぇと聞こえてくる気がしないでもないが、雪弥は颯爽と台所から走り去る。

あんな空気の場所にいるなんて、まっぴらごめんだ。

七緒に連れ戻されないように、3階まで駆けあがる。


「おっかさんコエー…」


思わず、1人で呟いた。

手元も見ずに、無表情で包丁を光速で動かす様は、暗いところで見たらトラウマになると断言出来る。

階下にいる七緒に合掌して、部屋に戻ろうと4階への階段に足をかけた―――が、すぐに下ろす。


「(3階…か)」


廊下をそのまま、突き進む。一番端の部屋―――305、とプレートのかかったドアを、豪快にノックした。

不機嫌な顔でドアを開けた赤髪は、雪弥の顔を見て、ドアノブを引く。

ドアが閉まり切る前に、雪弥がそれを止めた。笑顔で、首を傾げる。


「……おいおい、先輩・・に対してソレはねーんじゃねーの」




じょわーっ、じょわっ、じゅおぅわぁあっ

換気扇の回る音にも負けない勢いで、おっかさんが玉ねぎを炒めている。

隣で、付け合わせの野菜を切りながら、七緒は遠慮勝ちに口を開いた。


「……あの、おっかさん、」

「何」


遮るような問いに、手を止める七緒。

さすがに、声が固くなっていたことに気付いたのか、おっかさんはぎこちない笑みを浮かべて見せた。


「ごめん。八つ当たりだな。テツを助けてくれて、ありがとうなぁ、ナナ」


「…おれは、何もしてないですよ。緒方先生がいなきゃ、何も……

 それより…おれ、なんであのひとに会ったことないんですか?」


多少畏縮しつつも、七緒は問いかける。おっかさんは一瞬狼狽したようだったが、すぐに苦笑した。


「実家にね、ちょっと用事があって戻ってたんだ。その用事ってのは、俺からは言えないんだけど」


聞けば、ちょうどゴールデンウィークに入った日から、ここを出ていたらしい。七緒とは入れ違いになった形だ。


「そうなんですかー……で、どうしておっかさんは、あんなに怒ったんですか?」


ただでさえぎこちなかった表情が、固まる。

何故、と問いたげな瞳に見つめられ、七緒は俯いた。


「……前に、おっかさん、ゆーきゃん先輩を怒ってたじゃないですか」


雪弥が、外泊届を出し忘れていたという事件だ。

0時近くに玄関をくぐった彼を、おっかさんは恐ろしい笑顔で出迎えていた。もちろん、その後たっぷりお説教だったようだ。

七緒は偶然、直哉と共に夜更ししていた日だったので、岩平からの「おっかさん、怒る!」のメールを受取り、こっそりと見物に降りて行ったのだ。悪趣味だと怒らないでやって欲しい。七緒含め、お怒りのおっかさんを初めて見る1年生たちは、こぞって見物に行っていた。

日頃ノリの悪いラファエルまで覗きに行ったくらいだ。……彼は、どちらかというと、正座させられている雪弥が見たかったのかもしれないが。

あの日も、確かに標準語が抜け落ちていた。けれど。


「あの時は……あの時は、怒ってるんじゃなくて、叱ってるように見えました。余裕があるっていうか。

 でも今日は、怒ってました、よね。切羽詰まってるみたいな焦ってる感じだった」


必死、と言っても良いくらいに思えた。だから、どうしてそこまで怒るのか、知りたくなったのだ。

じゅわわ、玉ねぎのやける音と、換気扇の音だけが、空間を支配する。

じっと見つめあい続け、先に揺れたのは、おっかさんの瞳だった。


「……ナナちゃんは、案外鋭いなあ…」


火を止めて、きちんと向き合う。

おっかさんらしいなあ、と七緒は微笑んだ。


「気になっただけです。言いにくいなら、良いんですよー?」

「言う言う。もう言わないと気持ち悪い。……テツさぁ、退学寸前なんだよねー」


七緒の笑顔が、固まる。

今、さらっとすごいこと言いませんでしたか。


「……ちょい、たんま。そんな重い話と思いませんでしたよ…」


がくりと膝をつく七緒に、おっかさんは笑った。


「一応これ、銀杏の子には言ってあるから、ナナにもいつか言うことだったんだけどね」

「そうなんですか……」

「ちょっと前に大きめの問題起こしちゃって、次なんかやったら退学って言われてるんだ。本人もそれをわかってるはずなんだけどさ……」


あれ、おっかさん目が三角になってきてませんか。

たらりと汗が頬を伝う。


「どうしてああいう……態度なのかなぁ…」

「あのぅ、おっかさん」

「退学なっても別に構わんみたいなさぁ……」

「おっかさん!! 怖い怖い、戻ってきてえぇぇ」


七緒に泣きつかれて、ようやく自分がブラックモードになっていたことに気付いたようだ。

頭を冷やすためにも、料理を再開する。


「あ、玉ねぎちょうど冷めたわ。ナナちゃん、材料全部ボウルにぶちこんで」


黙々と指示された作業を始める七緒。

おっかさんは、今度はゆっくりと喋り出した。時折、深呼吸をおり混ぜているのが、ちょっと怖いけれど。


「だからさ、今回、緒方さんとナナには本当に感謝してるんだ。バレなくて良かった…っていうのもアレだけど、ホント、大事にならなくて良かった」


商店街では相当大事でしたけど、と心の中で返す。何せ、周りを巻き込みまくっての証拠隠滅作業だ。


「テツはさ、なんていうか……俺にちょっと似てんだよね。ほら、銀杏で唯一、西日本出身てのもちょっとあるし…。だから、怒る時も超本気になるっていうか…」

「へぇー…………は?」


納得しかけて、違和感。


―――似てる? 誰が? 誰に?


―――「おっかさんが、あのテツって奴に」


ロウの律儀な返答に、七緒は思わず声をあげた。



「どこがーー!?」



背が高い、ってとこしか、被ってませんよ!




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