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34、知らぬが仏



「お茶部…でしょう?」

「…当たり。なんでわかったんだ?」


七緒は微笑んだ。


「だって、あそこにいたときのハチ、一番楽しそうだったもの」


栄人も、照れたように、けれど優しく笑む。


「そんなに顔にだしてたかぁ? ポーカーフェイスは得意なんだけど」

「ナナハチコンビですからね! 相方の表情の違いくらい、簡単に読めるのですよ」

「ふは、そっか。じゃあ、後で入部届け出しに行こうなー」

「うん!」



「あまーーーーーーーーい!!!」


圭介は、廊下に顔を突き出して叫んだ。教室へ向かう生徒たちが、怪訝な表情でこちらを見たが、何事もなかったかのように、窓際へ戻る。

そこには、未だに、先程と同じ、甘い空気が漂っていた。


「……あれはなんなの」


ちょうど登校してきた茜に問いかけられて、圭介は肩をすくめてみせる。


「知らねえ。今日オレが学校来たときには、すでにあの状態だった。オレ今、砂吐けるよ。

 ……昨日、オレ抜きで部活見学してたときに、なんかあったんじゃねー?」


ちょっぴり寂しさも感じつつ、良かったなあと苦笑する圭介。

栄人は、クラスで浮いていた、とまでいかないものの、その寸前だったように圭介は思う。

いつでも、どこか上の空でいる癖のある彼は、なかなか特定の親しい友達が出来ずにいた。

だからこそ、3組のムードメイカーを自称する圭介は、彼を放っておけなかった。思い立ったように彼に話しかけ、時々昼食を共にとる。露骨に栄人を心配していると思われたくなくて、色々なグループに顔をだしていた。

しかし、急激に親しくなっていく栄人と七緒を見て、ようやくお役御免かな、と息をついた。


「ま、仲良きことは美しきかな……って、野村ちゃん、どしたの」


茜は、俯いて肩を震わせていた。

泣いているのかと驚いて覗き込むと、その頬は抑えきれない興奮に、真っ赤に染まっている。


「~~~~~っ、だめだわ! もう我慢出来ない!!」


腕を掴まれた、と圭介が認識するより前に、廊下に引っ張りだされた。

そのまま、ずんずんと階段を上っていく。


「ちょちょちょちょ、どこ行くの野村ちゃん」

「まじごめんトラウマになったらごめんだけど、もう我慢出来ない」


人気のない、屋上前の階段まで連れて来られて、圭介は困惑した。どうしたの、と問うと、彼女はものすごい勢いで喋り出す。


「だあああ、もうっ、なんなのよあの2人は! リアルBL過ぎて泣きそう! これは私の腐フィルターのせい? いいえ、違うわよね! 明石の目から見てもあの2人はラブラブバカッポーなのね!?」

「え? ええ? びーえる? ていうか、バカップルとまでは言ってない…」


「無自覚バカッポーなのよ。無自覚! ここ重要ね! で、先に自覚するのはやっぱり攻めなのよ。中村は、女子と…そうね、ここは席順的に私かしら、あと優子ちゃんとか。その辺りと仲良く話すナナくんを見て、なんだかイライラするの。相手が女子だけじゃなくて、明石とかでもイライラするのよ。最初のうちは「友達をとられた気分になるからなのかな」とか思ってるんだけど、だんだん、それも違うなって思うようになるの。そう…例えば、前にうちのクラスに来た…ナナくんのルームメイトの子! そうよ、ナナくんは寮生なんだっけ。だったらその設定を生かさないわけにはいかないわよね。自分の知らないとこで、同年代の男に囲まれて暮らしてる…そう思うだけで、なんだかモヤモヤするの。もしかしたら…って思い始めるんだけど、まさか自分が同性に恋をするなんて思わなくて、気付かないふりをするわけ。ナナくんはナナくんで、のんびり屋の中村がたまに不機嫌になるのを、不思議に思ってるんだけど、でも鈍いから、なんでかなぁで終わらせちゃう。きっかけ…きっかけは何かしら、中村が思わずキスぐらいしちゃうのよ。そこまで行かなくてもいいわ、あの2人の魅力って、双方のんびりなところだし。触っちゃうとかほっぺちゅうとかぐらいで。そんで、気まずい空気になるのよ。ナナくんの方は、なんだったんだろうくらいにしか思ってないけど、中村は完全に自覚しちゃう。だから、これ以上のことをしちゃうのが怖くって、妙にナナくんのことを避けちゃう。ナナくんは嫌われたのかと思って焦るの。で、なんだかんだで、中村が気持ちを言わざる得なくなって、ナナくんは茫然とするわけ。「どうして…? 男同士なのに…」「ナナが望むなら、友達のままでいる」とかね! とにかく中村はナナくんと離れたくないの。でも、やっぱり友情ではないわけだから、間違いを起こさないように、少し距離を置くのよ。ナナくんを想っての行動なんだけど、それが裏目裏目にでちゃう。それでぎくしゃくしてるときに、ナナくんを好きっていう寮生が現れる…あのルームメイトの子かな。もしくは、中村を好きって子。そっちは女の子でもアリかなー。で、ついにナナくんが自分の気持ちに気付く―――!」


息もつかせぬ勢いでまくしたてていた茜は、ふと、圭介と目線がかちあった。

ぽかんとしている彼の様子に、血の気がいっぺんに引く。


「…………え? 今の、て、ハチとナナの話?」

「ぎゃあああああああああ」


オワタ! 両手をあげた顔文字が、彼女の頭の中を踊り狂ったという。




「……落ち着きましたか、野村さん」

「……落ち着きました」


散々取り乱した茜は、肩を落として座り込んでいた。


「……つまりはですね、この世には、男の子同士の恋愛で妄想するのが大好きな女の子がいるのです」


ごまかしてもしょうがない、というかごまかせないなと思った茜は、そう言った。


「はあ……」

「…………すいませんでした、我慢出来なくなって明石に語ってしまいました…」


そのあまりの落ち・・ように、圭介は遠慮がちに呟く。


「…まあ、ひとの嗜好ってそれぞれだしさ……野村さんが…そういうの好きでも…別にいいと思うけど……」

「(あああああ明石どん引いてるよ! いつもワンコな明石が歯切れ悪いもん! 野村ちゃん呼びが野村さんになっちゃったしね!! あああ泣きたいまじ泣きたい!!)」

「…野村、大丈夫? 死にかけてね? 真っ赤だぞ?」


かなり気を使ってくれているらしい、しかし茜にはそれがまた痛い。


「死にたい……」

「死ぬなー! 気にしてないから、大丈夫大丈夫! ……まあでも…あの2人で…クラスメイトで…色々言うのは…どうかとも…思うけど」

「ですよねそこは自分でも思う! でもね…そう見えちゃうんだ……腐りきってんのよ……引くよね…」


正直、どん引きな圭介だが、茜の落ち具合があんまりにもあんまりだったので、思わず笑って頷く。


「引いたけど、まあ、別にいんじゃね?」


もともと細かいところに頓着しない性格でもあるので、大丈夫だというふうに、手を振って見せた。

一瞬、告白的なことで引っ張って来られたのかなあ、なんて、期待した自分がアホらしい。


「あ、でも本人たちに言うなよ?」


ほっとしたのか、茜も弱弱しく笑う。


「それはもちろんよ。自然な2人が好きなんだもん」

「…ちょっとズレてる気がしないでもないが、まあいいや。ところで、もう教室に戻ってもいいか?」


立ちあがりながら腕時計を覗いて―――ぎょっとした。

とっくに、ホームルームが始まっている時間だったのだ。


「え!? うそぉ」

「あー、野村ちゃんが喋りまくってるときに鐘なってたよ」


どんだけ夢中で語ってたんだ、と自分にツッコミつつも、それを今まで言わずにいた圭介も圭介だ、と茜は思った。




「さっき何してたの? 2人して遅れて」


不思議そうに問いかけて来る栄人に、茜と圭介は顔を見合わせる。

ホームルーム中に、注目を集めながら戻って来た2人は、緒方先生にそれぞれ出席簿で軽く叩かれていた。


「…ああ、別に……大したことでもないんだけど」


口ごもる茜を制して、圭介がからからと笑う。


「そう。宿題を見せる見せないでちょっと揉めてたの。な? 茜ちゃん」

「っ、そう! あか…けっ、圭介が、数学の宿題…見せてって」


ふうん、と、栄人はあっさり納得した。2人は胸を撫でおろす。


「つーか、2人そんな仲良かったっけ? 名前呼びだし」

「だってオレだぜ? ナナに負けてられんよ」

「アホか」


お役御免、とは言っても、ナナハチコンビとはこれからもつるんでいく気満々でいた圭介は、栄人のクールなツッコミに、嬉しそうに笑った。

一方茜は、ちょっとばかり罪悪感にさいなまれつつも、そういえばナナくんは、と辺りを見回す。

七緒は、少し前の席あたりで、米子と優子に、とびっきりの笑顔を見せていた。


「わー、本当にいいの? ヨネちゃん」

「いいのいいの~。いっぱい作ったからさぁ~。優子ちゃんと一緒の班で作ったのよ~。ねー」

「うん。良かったらこっちのクッキーももらってくれる…? うちは男ばっかりだから、甘いもの持って帰っても、不人気なの」

「ほんとー? すっごく嬉しい、ありがとお」


「…モテる男子ってよりは、餌付けされてるって感じに見えるの、私だけ?」

「大丈夫だ、俺もそう見える」

「え~っ、ヨネちゃん、武本ちゃん、オレにはないのー!?」


馬鹿が便乗した、なんて声が後ろから聞こえてくるが、構わず圭介は3人の元へ駆け寄る。


「ええっ、明石くんの分なんて用意してない~」

「ふ、藤崎さん…笑顔でなんて酷なことを…! ナナにあってオレにないってどういうことぉ」


調理部である米子と優子から、カップケーキとクッキーをもらった七緒は、ほくほく顔で圭介を振り返った。


「ひと口あげるよ、圭介」


袋から、クッキーを取り出すと、圭介に渡すかと思いきや、ぱくりと自分の口に運ぶ。


「ええー!?」

「優子ちゃん、これすっごく美味しい! すごいなぁ、レシピ教えてくれない?」

「えっ…いいけど…戸塚くん料理するんだ?」

「お菓子はあんまりしないけどねー」

「ちょちょちょちょちょ」


すっかり話しこみそうな勢いだったので、慌てて七緒の肩を掴み、こちらを向かせる圭介。


「先に下さい。その美味しいお菓子をぼくに下さい!」

「ああ、ごめんごめん。はい、あーん」

「あー………ん?」


差し出されたクッキーを咥え―――視線を感じて、振り返る。


…………茜と、目があった。


「……え? ちょっと、茜さん? 茜さん? まさかとは思うけど、まさかとは思うけど」


クッキーを口から外し、俯いた茜に駆け寄った。


「…………あ、私のことは気にしないで!」

「気にするわっ! あんなことの後で……つーか、ねえ、まさかとは思うけど、も、妄想、してないよね!? 視線が、視線が凄かったんですが!!」

「おい、圭介何言ってんだよ。野村にあんまり絡むなって」


茜に詰め寄る圭介を、栄人は止める。それを見た茜が、また俯いた。その耳が赤い。


「え!? ねえっ! ちょっ、まじで!? やめてよ!? 今のどこで妄想する余地があんの!?」

「…ごめん、圭介。過去話まで出来てしまった……聞く?」

「聞かねーよ! やだよ! 過去話なんて末梢しろよ茜えぇ!」


―――岬さんといい、こいつといい、オレって女運悪い気がする



「…いつのまにか、あの2人仲良いねえ」

「なんの話かさっぱりわからんけどな」


よくわからない話題で盛り上がる(ように見える)彼らを、微笑ましく見守るナナハチだった。



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