32、お茶部にて(中)
「こんちはー。あ、ナナ、もう来てたのか」
葵が現れたのは、それから5分後だった。
「わあっ、アオさーん! 来ましたよぅ」
葵の姿にほっとしたのか、七緒のテンションが微妙に上がる。
友達も一緒に見学に行く、とは言って置いたので、七緒は立ち上がって栄人を紹介した。
「アオさん、一緒に部活見学してる、クラスメイトの中村栄人くんです。
ハチ、銀杏寮でお世話になってる、野村葵先輩です。このひとが、お茶部に誘ってくれました」
妙に丁寧な七緒につられ、慌てて栄人は立ち上がり、葵は背筋を伸ばす。
「あっ、えーと、ナナ…七緒くんといつも仲良くさせてもらってます、中村です」
「あー、いや、うん、うちの七緒がお世話になってるようで……」
「いやいやいや、娘の彼氏に挨拶された父親じゃないんすから」
木下の控えめなツッコミに、2人とも照れ笑いした。
七緒もくすくすと笑う。
「ふふふ、アオさんがお父さんで、ハチが彼氏って、楽しそうー」
「あのぅ、ナナさん。色々とズレてます……」
「…ああ、学校でもこうなのか……」
「子供が産まれましたぁ! みんなっ、5千円ずつおれに下さいっ!」
「野球選手! オレ絶対野球選手!」
「スカラベ? あの虫みたいな奴とってくれー」
「あっ、木下先輩今1マス多く進めませんでした?」
4人揃った、ということで、人生ゲームを始めたのだが。
「へっへっへ、葵さん、中村、すまないね! 4千円ずつ頂きまーす」
「ああ、俺、株の才能ないのかな…」
「ナナ、それ俺の車!」
「おれ、アオさんと同じマンションに住みますー!」
人生ゲームは、偉大である。たった1時間で、ほぼ初対面の人間をここまで打ち解けさせるとは。
そんなことを考えながら、緒方先生は伸びをした。そろそろ5時である。
「おう、お前ら。俺、職員会議あるから。葵、鍵頼んだぞ」
「あっ、おがちゃん、いたんすか。わっかりましたー」
「お前……」
顧問が出て行ったのを機に、4人はそれぞれ背中を伸ばす。
「うっ、ごきごきって言った…」
「ここまで聞こえましたよ、先輩…」
以外にも、木下と栄人はすぐに親しくなった。
初めのうちは人見知りの発動で、どうなることやらな状態だったが、タイプが似ているのだろう。
「みんな、おかわり要ります? おれ、今淹れるんで」
伸びついでに、とうに空になったカップを持ちあげる七緒。もちろん、全員お願いした。
「悪いな、ナナ。学校でもそんなんばっかやらせちゃって」
「いーんですよー。好きでやってるのでー」
葵と七緒のやり取りに、寮生ではない2人は首を傾げたが、が、言及する前に、がらりとドアが開いた。
「こんちゃー! あっれ、知らない奴がいる! そうだ、よっしー、数Ⅱのワーク見して。あ、君、コーヒー淹れんならオレにもちょーだい!」
「あ、はーい」
入って来るや否や、その2年生はまくしたてるように言った。
普通に返事をした七緒に、栄人は「えー!?」という顔を向ける。
「あ、いや、反射的に…ツッコミどころ多っ、と思わないでもないですが、とりあえずコーヒー淹れますねー」
「物分かりの良い子だなーっ。葵さん、こっちが銀杏の子? 教育のタマモノだねっ」
ケラケラと笑う後輩に、葵はため息をついてみせる。
「俺がやらせてるみたいに言うのヤメロ、北原」
「へいへーい。よっしー、ワーク見してー」
「オレ、数Ⅱとってないよ」
「文系ぃーー! えーうそだろまじかよ頼りにしてたのに!」
「勝手にだろ?」
「勝手にだけどぉ!」
木下は慣れたもので、ひょうひょうと対応する。
「はい、どーぞ」
「おーさんきゅう。あっ、オレ、北原 幸樹。お前らは?」
七緒がそれぞれにコーヒーを配り終えてから、青年は思いだしたように自己紹介した。
「…中村です。こっちは戸塚」
「どーもです」
若干引き気味の2人は、ちょこんと会釈する。北原はにこにこ笑顔で、喋り始めた。
「やー、今ココ1年いないからいいね! 後輩いるって良いなあ、コーヒー淹れてもらえるもんなぁ。入部すんの? あ、まだ未定? そっかー、まあね、入ってくれたらオレらとしても嬉しいけどね! つーか何々、人生ゲームやってたの? オレもやりてーなぁ、でももう進んじゃってんでしょ? てかオレ宿題しないとやばいんだっけ、忘れてたー! 葵さーん、教えて下さーい」
―――わあマシンガントーク。
息もつかせぬ北原の喋りに、1年2人はどうしていいのかわからないが、上級生たちはいつものこととばかりに、特に変わった様子も見せない。
そのうち、葵が畏縮する七緒たちに気付いたのか、ぱこぱこんと北原をはたいた。
入念にセットされた栗色の髪を押さえて、慌てて振り向く北原。
「痛いっ! 葵さんの愛のムチが痛い! 2回も叩く必要ありますかね!?」
「北原、ちょいちょい」
「えっ……あ」
北原も気付いたらしい。「またやっちまった」という顔をして、しょげかえった。
「もー…オレ、大人しくしてる……つーか宿題やる…」
そのしょんぼり具合が気の毒になったのか、木下が呟くようにフォローする。
「ごめん、北原さぁ、いつもはあんなにテンション高くないんだ。人見知り過ぎてパニくってるだけで」
「えっ」
「人見知り?」
北原を表したとは思えない言葉に、七緒と栄人は本人を振り向いた。
背の高い、割と大人っぽい彼が、目を見開いて赤面している。
「なあぁーーー! よっしー、それを言うかッ!? やめてくんないそういうのまじやめてくんない! もー、別に人見知りとかじゃなくてさぁ…ッ、うう~」
必死に弁解しつつも、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まり、ついには机に突っ伏した。
彼は人見知りであるが、黙って控えめになるタイプではなく、ごまかすために喋り倒してしまうタイプらしい。
人見知りがばれないように、ばれて相手に気を遣わせないように。そういう気持ちは栄人も覚えがあるので、小さく笑みをこぼした。
「(なんだかそう知ると、親しみが湧くなぁ)」
七緒もそうだろうと、隣を見やると―――
「か、可愛い……」
眼鏡の奥の瞳が、ハート型になっていた。
「え、ナナさん…?」
「ハチ、見たかい!? 顔真っ赤顔真っ赤!」
「いやいや見たけどナナさんそれ先輩相手に失礼!」
栄人が止めるにも関わらず、七緒の暴走は止まらない。
「あんだけ喋っといて人見知りとか! それはいんですよ。別にいいんですよ。そのあとの反応ですよ! 殺す気ですか…! 「うう~」って! 「うう~」ってええ!!」
北原含む上級生たちも、唖然としている。一体、何が彼のツボに入ったのか。
「や、ちょお、ナナ? どした、大丈夫か?」
「アオさん! 聞いて下さい今の…今の北原先輩の反応が……」
涙目の後輩に抱きつかれ、葵はぎょっとする。彼だけでなく、七緒以外の全員が、ハテナマークを出して固まっている。
「近所に住んでた幼稚園生にそっくりなんです……!」
だだ上がり状態だったテンションが一段落した七緒は、先程の北原と同じく、机に突っ伏していた。
「ギャップ萌えって奴なんすかね?」
「いやぁ、北原を見て可愛いっていうひと、初めて見た」
「ナナちゃんの「可愛い」の基準がわからねえ」
今の騒ぎで散らばってしまった、人生ゲームのお札やらカードを拾い集めながら、栄人、木下、葵の3人は、思い出し笑いで顔をにやけさせている。
「3人とも、オレまで一緒に恥ずかしいのでもうやめて下さい」
北原は北原で限界らしく、ノートで顔を隠していた。
「ごめんなさい…可愛い子見ちゃうと、どうしてもテンション上がっちゃって…!」
「戸塚クン、可愛い言うのヤメテ。全然可愛くないからね、オレ! あと「子」って。オレの方が先輩なんだかんね!?」
頭ひとつ分も背の低い後輩に、「可愛い」なんて言われて嬉しいわけがない。冗談半分に怒って見せるが、その様子にも七緒は赤面する。
「(なんてこった! わたしったら、北原先輩がもう年下にしか見えない!)」
「年下=可愛がるべき存在」という公式が成立する七緒の頭の中で、「年下」というのは、必ずしも実年齢に左右されるものではない。母性をくすぐられた瞬間、もうだめなのだ。
「(なんてこった! オレ、もしかして後輩に舐められてるんだろうか!)」
「舐めてないです! だって可愛く見えちゃうんですもん」
「心読むな! 可愛いって何! 男子高校生に言う言葉じゃないよ!?」
「違うんです! ですから、おれには北原先輩が、幼稚園生に見えるんです、怒らないで下さい!」
「よーーー!!? 幼稚園て! どういうこと!? 全然わかんないんだが!」
「ごめんなさい、謝るから泣かないで下さい。ね?」
「子供扱いーーーっ!」
「あと1時間、何しましょうかねー」
「UNOはないんですか?」
「あるある。じゃあUNOやろうか。おい北原、UNOやるぞー」
「ぎゃーん葵さん! あんたンとこの後輩なんとかして下さいよ!」
「北原先輩に嫌われた……うぅ」
「あっ、北原が泣かせたー」
「あーあー」
「ナナ、こっちおいで」
「なんでオレが悪いみたくなってんのっ!!」
―――まだまだ続くよ、お茶部見学。