表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/108

3、記憶の改竄



「は? 何?」



姉と弟は、二人同時にそう問い返した。


「聞いてなかったのか? 戸塚奈々子、お前の、性別を、変えに、やってきたんだ」


―――いや、そりゃ、誰だって「は?」って言いますよ。


ゆっくり言い直して欲しいわけじゃない、というと、金髪の少女はたしなめるように黒髪をにらんだ。


「すみません、きちんと説明させて下さい。

…話は十六年前に遡ります―――」



とても簡単に要約すると。


天界の仕事の中に、これから生まれる魂たちの、振り分け先や性別などを決める部署があるらしい。

ある程度位の高い天使が、それぞれ区域を分担してやるそうな。

16年前の12月10日。その日、この辺りの区域を担当していた天使が、こっそりと男女の魂を入れ替えたというのだ。

もちろんそれは大罪なのだが、つい最近まで露見しなかったらしい。



「何故?」

「誕生の部署もあれば、死亡の部署もあるわけで…。ひとの寿命は生まれたときから決まっております。が、ごく稀に、決められた寿命より長く生きるひとがいるのです。その逆も。

しかし、ここ15年程、寿命の通りに命を落とさないひとが多く……そこでようやく、誕生の部署が履歴を調べたわけです。

すると、とある日のとある区域、そこで生まれた子供たちの性別が、見事に逆になっていたことが判明したのです」

「女は強いからな。例えば、男として生まれ、死んでいたはずの者が、女として生まれてくれば、生き延びる確率は大幅に上がる。逆に、女として生まれるはずだった男も、何割かは死ぬ」

「……ええと、で、わたしは男に生まれるはずだった…てこと?」


毛色の違う天使たちが、同時に頷く。

奈々子は孝明と顔を見合わせた。


「どうする…? 孝明、今更わたしのこと「兄さん」とか呼べないよねえ」

「…だから奈々子ズレてるって……」

「お前の姉貴頭大丈夫か」

「お前に言われたかねー…」


―――……ひどい言われようだ。


奈々子が「泣いてもいい? わたし泣いてもいい?」と叫ぶ横で、しっかり者の孝明が、ぎろりと天使たちを睨みつける。


「でも、それって、今更変える…つか戻す必要あるわけ? 16年も経ってから変えたって…」

「死んだ奴は、生き返らせることはできない」


孝明の言葉を遮るように、黒髪が呟いた。

きょとん、と姉弟は、そろって怪訝な顔になる。


「言いましたよね、男児と女児の死亡率の違いについて」

「女の子のが強いんでしょう? 男で死んでたはずの子が、女の子で生き延びるって…」

「ええ。ですから、その逆もあるのです。女として生まれ、天寿を全う出来るはずの人が…男として生まれ、命を落とす。

そのひとたちはもう、還ってくることが出来ない」


孝明は、反論しようとしていた口を閉じた。


「輪廻、ってわかりますか。死んだ生き物の魂は輪廻の輪に戻り、また生まれ変わるのです。

もちろんその、天界の不備で死んでしまった魂たちには、すぐに生まれ変わることが出来るよう手配されました。

そのひと達がすぐに生まれかわるには、歪んでしまったバランスをもとに戻さなければならないのです。

……ですが、それはあくまで「生まれかわる」です。死んだことに変わりはない。

記憶だって、その場合残すことはできないのです。」


「……きおく、そうだ、記憶! なんで、このことを伝えにきたんだ?」


思い出したように孝明が問いかける。


「だってそうだろ、このまま奈々子が記憶持ってても、障害にしかならないじゃん。女だったのが男になるわけだし。

性転換なんて荒技ができるんなら、どうして「最初から男だった」っていう記憶に変えないんだよ」


「そうして欲しいか?」


黒髪が、孝明の後ろの奈々子に問いかけた。


「記憶の改竄だって、やろうと思えばできるんだ。周囲の奴の記憶は変えるわけだし。

でも、「自分」についての記憶っていうのは、どうしたって残る。前世の記憶まで残っちゃうような人間がいるんだからな。

だから、断片的に思い出すかもしれない。それよりは、はっきりと残って、現状を把握できた方がいいだろう?

ま、そこは本人の意思に沿うことになってるんだ。戸塚奈々子、お前が記憶の改竄を望むなら、俺達はその希望を叶えるだけの準備がある」


静かに聞いていた奈々子は、うつむき加減の金髪の手をとって、しゃがんだ。

小さい子好きの彼女は、目線を合わせるのが大事だということを、経験から知っていた。

ふわふわの髪を、ゆっくりと撫でる。


「そっか。性転換はしちゃうけど、そのまま生きていられて、記憶もなくさないわたしのほうが、もしかしたら幸せなのかもね」


「…なら、いいんだな」

「うん。わたし、忘れたい記憶より、残していたい思い出のが、いっぱいある」

「姉ちゃん…」


感動しかけた孝明だったが、赤面した金髪の天使に、「可愛いッ!」と抱きついた姉を見て、きらきらした気持ちは霧散した。


「もうっ、かわいいなあ! ねえ、君たち天使なんだよね、羽とかないの!?」

「奈々子!! おっまえなあ、緊張感持ってくれよ!」

「だってえ!」


姉弟漫才を始める二人をみて、黒髪が一歩前にでる。

その紅い瞳には、少しの迷いが浮かんでいた。


「話が進まない。―――戸塚孝明、お前はこの件に関しては部外者だ。出て行ってくれ」

「なっ……なんだと!? ざけんな、奈々子の問題は俺の問題だ! 姉弟なんだから―――」


孝明の言葉遮るように、黒髪が腕を振りあげる。

瞬間、孝明の瞳がかげり、その場に崩れ落ちた。


「たかあきっ!? ちょっと、なにしたの!?」


揺さぶっても殴っても起きない弟を見て、奈々子は黒髪を睨みつける。


「話が進まないんだよ、こいつがいると。姉弟だけど、この話は対象者以外には伏せておかなきゃなんないん―――…」


「たかあきに!!」


天使たちが飛び上がる程の声量で、奈々子が叫んだ。


「たかあきに、わたしの弟に、何をしたの!!?」


衝撃的な宣告をされたにも関わらず、一度も声を荒げなかった少女が―――


「なにを、したのって!! きいているのよ!!」


驚くほどの速さで手を伸ばしてきたかと思うと、あっという間に、黒髪は少女に胸倉を掴まれていた。


「うあっ、おい、……!」


すっかりパニックに陥った奈々子と、困惑しきって言葉がでてこない相棒の天使との間に、金髪は慌てて割り込んだ。


「奈々子さん!!」


「黙ってて!」


先程までの「のんびりしててちょっとズレてる女の子」はどこへいったのか、と問いたくなるような豹変ぶりに、金髪も一瞬怯む。


「おっ、落ち着いて下さい、孝明くんは眠らせただけです! よく見てください、寝息たててるでしょう!?」


これでもかと大声で叫ぶと、ようやく奈々子は黒髪を解放した。


「……ねむらせ、た?」


きょとん、と擬音がしそうな表情をする少女をみて、天使たちは息をついた。

少し咳き込んでから黒髪が頭を下げる。


「すまねえ。ちゃんと予告してからやるべきだった。おまえの弟は眠らせた。そんで、夕食後の、つまりオレらと会ってからの記憶も消した。このことは、本人以外に知らせちゃいけないことになってるんだ」

「そ、なの……」


一気に力が抜けたのか、奈々子は座り込んで、へにょりと笑った。


「ごめんね、黒髪くん。痛かった?」

「痛かった。けど、オレの方が悪かった」


金髪は、珍しいな、と思った。黒髪は、いつもなら例え自分に非があろうとも、決して自分からは謝らないのだ。

やはり彼も、さっきの奈々子の様子には何か感じたのだろう。


「わたし、たまに言われるんだけどさ、ちょっとカホゴみたい。孝明のがしっかりしてるのにね」


そういって、奈々子は弟の体を引きずり、自分のベッドに横たえた。


「重っ。くっ、孝明め、背ばっかり伸びやがって」

「あ、いいですよ、奈々子さん。私が彼の部屋まで…」

「待って。お話してる間は、ここに置いといていい? 寝てるんだし」


彼女も心細いのだろうと思い、金髪は頷いた。


「ええと、今夜はこのお知らせのみなのです。明日、あなたが起きた時には、あなたは男になっていますから」

「びっくりしないようにってことね…どうしたってびっくりはするだろうけど」

「今後については明日、で良いだろう? ……顔色、悪いぞ」


奈々子は思わず頬を両手で押さえた。

自他共に認めるマイペースな彼女も、さすがに混乱しているようだ。


「そうだね…。明日、朝、来るの?」

「時間はあなたの都合のよい時間で…。でも、朝のうちのが良いですよね」

「うん、むしろ朝じゃないと色々困りそう。多分転校の準備とかしなきゃいけないんでしょう?

ちょうどゴールデンウィークで良かったよ」


心からそう言っているらしい奈々子を、天使たちは不思議そうに眺めていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ