30、勧誘…?
「部活ねぇ……俺のいた頃とは違う部活もあるみたいだよね」
「おっかさんは何部だったんです?」
「何部に見える?」
配膳しながら、いつものごとくおばちゃんルックな銀杏寮管理人は、いたずらっぽく笑った。
少し逡巡した後、七緒は真面目な顔で言う。
「ホスト部?」
「―――あるかぁっ!」
ずっと2人の会話を聞いていた葵は、とうとう突っ込んだ。
銀杏寮の夕飯は、大体7時半くらいからだ。
部活のない者がどんどん食べ始め、8時を回った頃に、部活のある者がわらわらと帰ってくる。
食べ終えた者と席を交代して食べ、その勢いが一段落するのは9時前だ。
大会前や行事前なんかになると、10時くらいまで帰ってこない者が多くなるが、まだその季節ではない。
「運動部ではないんだろ? もちろん」
草っぽい何かの天ぷらに塩をかけながら、葵が七緒に問いかけた。
「…そうですけど「もちろん」って当然のように言われんのもアレですね」
人数分のご飯をつけながら、七緒は微妙な顔をした。
ちなみに、ここの炊飯器は一気に10合炊ける、どでかい物である。同じ物がもう1台と、普通の家庭サイズの物を併用して、ようやく食べざかりの子供たちの食欲を満たすことが出来るのだ。
「あ、茶道部でサトさんがいたのはびっくりしましたよ~。しかも副部長」
それぞれに茶碗を渡す七緒は、智に向かって言った。
「いやぁ、オレもナナが入って来たときはたまげたべ。銀杏の奴と学校で会うと、どきっとするんはなんでかな」
「あー、あるある」
茶碗を受け取りながら同意したのは、2年生の深見 誠司である。
横で、3年の矢木 晴登も無言で頷いた。
「同学年でもクラス違うと、どきっとするよな」
一昨日、七緒と廊下で行きあった秋川 竜平も同意する。双方の友人もいたりして、気まずいような気恥ずかしいような。
思えばその感情は、家族を見られたくない、みたいなものに近い気がする。
「だよねえ。あ、たっぺーくん、皆呼んでくれる?」
「うーい」
食堂に揃っているのは、3年の葵と晴登、2年の誠司、智。そして下っ端1年の竜平と七緒だけだ。
やはり年功序列なので、竜平は立ち上がって階段まで歩いて行く。
この役は、割と面倒なのだ。
銀杏寮は5階建だ。めんどくさがりな者がこの役を任せられると、1階階段下で大声を張り上げて済ませる。が、竜平のような真面目な者は、それぞれの階で「夕飯ですよー!」と叫ぶことになる。
「夕飯ですよー! 寝てる人知りませんからねー! 先に食べますよー! ……吉木さーん! 寝てるんすか? 開けますよー!」
「たっぺーも世話焼きな奴だなあ、ほっときゃいいのに」
「たっぺーくんは真面目ですからねぇ。ナオも見習ってくれればいいのに」
ナオに言いつけてやろ、とからかう誠司に、七緒が慌てて「ウソですウソです」と返す。
そのとき、晴登が、並べられた料理に手を伸ばすのが視界の端に映り、素早く阻止。
「もうっ、クロさん! つまみ食いはダメって言ってるじゃないですか。アオさんだって我慢してるんですよ、たっぺーくんたちが降りて来るまで待って下さい!」
「…ちょっとナナちゃん、そこで何故俺の名前が出るのか…」
目を細める葵を尻目に、つまみ食いを阻止された晴登は、不服そうな顔で七緒を見上げる。
「…そんな目で見てもダメですからね」
「…………」
「ダメですからね…そ、そんな捨てられた子犬みたいな顔したって!」
ああ、陥落しそうだ、と、葵と誠司が顔を見合わせた。
無口な晴登は、言葉でなく目線で物を訴えることが多い。寝ぐせなんだかセットなんだかよくわからない髪形の下から、つぶらな瞳にじっと見つめられると、大概の人は落ちる。
「(うわー、しかもクロさんの顔、実は好みなんだよなあ! やめてぇえ、見つめないでえええ!)」
赤面しまいと顔を背ける七緒。頭の中で、ロウが驚いたような声をあげた。
―――「なんだよ、好みって! えっ、お前にも好みのタイプなんてあんのかよ」
―――ちょおっとーー! 人をなんだと思ってるの!? 女子高生だったんだよ? 好みのタイプくらいあるもん!
全力で反論する。見くびってもらっちゃ困る、一応15年と5カ月、女の子をやってきたのだ。
普段なら一方通行のロウとの通信だが、今回は七緒の意志が強かったのか、天使に届く。
―――「だって、えー? カピバラみたいな顔じゃねえか?」
―――あんたーー! せめて人間に例えてちょうだいよ! ていうか、良いじゃん! カピバラ可愛いじゃんっ!
初の脳内会話成功がこんな話題かよ、と思わないでもないが、とにかくツッコミに夢中だった七緒は、つまみ食い阻止のために掴んだ晴登の腕を、そのまま掴み続けていることに気付かなかった。
「……ナナ、腕、そんな力込めなくても…」
「えっ? あ、ごめんなさい」
天使と言い合いしてました、とは言えず、慌てて先輩の腕を離した―――その手を、逆に掴まれる。
声をあげる間もなく、強引に引っ張られ、七緒は、晴登のあぐらの上に尻もちをつくことになった。
小柄な七緒は、すっぽりと背の高い先輩の胸に収まる。
「ぎゃうっ! ちょっとぉ、クロさ……っあーー!」
七緒が悲鳴をあげた隙に、晴登が素早く天ぷらをつまみ、口に放り込んだ。
さらに誠司と智も便乗しようと手を伸ばす様をみて、七緒は立ち上がろうともがく。が、テニス部副部長の晴登の腕力は、伊達ではなかった。
「うまー。これ、何の天ぷら?」
「うめぇけど、ちょっくら苦いなあ」
「ちょっ、そんなパクパク…! ていうかクロさん、離して下さいよう!」
「……ナナと加賀だったらどっちが小さいかな」
「何の話ですか!? ちなみに身長は加賀くんのが0.8センチ小さいですけど!」
「この状況で答えんの!?」
葵が突っ込んできたので、ついでに目線で助けを求めるが、頼りになる元・寮長は、写メを撮って笑っていた。
「アオさん…! 信じてたのに!」
「先輩ってそういうもんだよ、ナナちゃん。君も来年、1年をからかって遊んでみるがいいさ」
「そんなバカな! うわーん、アオさんがゆーきゃん先輩みたいなイジワル言ってるー!」
「クロ先輩、もうちょっとナナ押さえといて下さい! これうめえ」
「誠司先輩、1人当たり食べて良い数決まってるんですからね! 何個食べたか覚えといて下さいよっ!?」
「えっ、ウソ! 飯との割合が……うん、俺まだ2個しか食ってねえ」
「うそー! 4個は食べてた! 1人6個ですからね! おっかさんにチクってやる!」
「…クロ先輩、その生意気な1年坊、煮るなり焼くなりお好きにして下さい!」
「ナナ…骨は拾ってやっからな」
「代わりに天ぷらも食べといてやるよ」
「サトさん、アオさんまでぇ! てゆーかアオさんが一番酷いッ!」
1年生って損だ、反撃が出来ない! と喚く七緒を、にやにやと眺める上級生たち。
良く言えば可愛がられる、悪く言えばいじられる七緒だった。
夕飯の片付けは、当番制だ。
2人ずつ、2週間で一巡する計算なので、終わった者はカレンダーに名前を書いていく。順番は適当に、その日暇だった者から。
「(キノコ先輩は本当に不器用だよなぁ…)」
今日は藤枝と晴登が名乗りをあげ、使い終えた食器を下げていたのだが、案の定、藤枝が皿を割った。
その後片付けを手伝っていたら、すっかり遅くなってしまった。
「お風呂っ、お風呂…」
「あ、ナナ」
階段を駆け下りる七緒を呼び止めたのは、葵だった。
「今ちょうどナナんとこ行こうとしてた。つーか俺まだケータイ聞いてないよな?」
「あ、ハイ。1年とおっかさんとしか交換してないです。後で持って来ますね。何か用でしたか?」
「用っていうか…」
口ごもった葵は、きょろきょろと辺りを見回した、かと思うと、七緒を引っ張って部屋に連れ込む。
「寮内での勧誘は禁止なんだけどさ…部活の話していい? 夕飯前話すつもりだったんだけど、なんか騒いでたから」
「アオさんも騒いでる側だったと思いますけど!
勧誘なんですか? それは別に良いんですけど……アオさんって部活入ってたんですか?」
大体いつ見ても銀杏寮にいたので、てっきり彼は帰宅部だと思っていたのだ。
「いや、まあ超ゆるい部だから、活動らしい活動はしてないんだけど……っていうか、一般の生徒には知られてないんだ、うちの部」
「え……」
胡散臭そうな気配を感じた七緒は、後ずさってクッションを抱きしめて座り込む。
「ちょいちょい、引くな引くな。超マイナーってことだから」
「わかってますけどぉ。何部ですか?」
「お茶部」
「へ? ……おちゃぶ?」
七緒は思わず聞き返した。聞き間違いではないらしい、葵はこっくりと頷く。
「そ。お茶部。一応俺が現部長」
「え、え、え…えーっと、茶道部の親戚か何かでしょうか」
「全然違うんだな、これが」
お茶部部長・葵の説明によると。
「お茶部」は、基本的にただのんびりとお茶を飲みながらお喋りする、なんの目的もない部活らしい。
「そ、それは……部活として良いんですか?」
「だから超マイナーだって。部室ももらえてないから、理科準備室使ってんの。
確かね、一番最初は漫研だったんだ」
きょとんとする七緒。漫研って、あの漫研?
「漫研っていっても、漫才研究の略で漫研よ?」
「えええええ! なんですかソレ、そんな部活あったんですかっていうか、そこから何故「お茶部」…!?」
もっともな疑問に、葵は苦笑する。
「漫才から、お茶の間、お茶……っていう連想らしい」
「超ぐだぐだな部だってことはわかりました…。今は漫研の跡かたもないんですか?」
「いや、M-1とかの漫才大会的なのは、みんなで集まって見るよ」
「じゃあ漫研でいいじゃないですか!」
「うん、だからボケもツッコミもこなす七緒くんを勧誘してるというわけよ」
「なんか納得がいかない!」
同時刻、中村家では。
「あー! お兄ちゃん、それ、あたしのプリン!」
「うそつけ! 3個入ってたぞ!?」
「だから3個ともあたしの!」
「そんなバカな!」
長男・栄人が、愛する妹と談笑していた。
テーブルにおいたケータイが、派手な音とともに振動する。聞き覚えのないメロディが、何故自分のケータイから聞こえるのか。
「あっ、おい、俺のケータイいじっただろ!? こんな設定してねーよ?」
「「もってけ! セーラー服」だよ、お兄ちゃん」
「知りませんけども!?」
乱暴に音を切って、受信メールを確認する。
「誰から?」
「お前に言う必要はない」
仲睦まじい兄妹は、にっこりと笑顔で睨みあった。
自室に戻った栄人は、友人からのメールをようやくきちんと読む。
「(珍しいな、ナナからだ)」
新しくできた友人は、意外にメールをしない子だった。一度電話がかかってきたきりだ。しかもその内容が「明日の時間割なんだっけ」である。
小学生かよ! と思わないでもないが、そこが七緒の良いところなのだろうとも思っている。
しかし、初めてもらったメールは、意味のわからないものだった。
5/10月21:16
送信者:戸塚ナナ
件 名:明日
本 文:よくわからない部活に誘われた。行ってみない?
―――すいません、意味がわかりません
結局、電話したという。
国語が好きだけど文章力のない七緒さん。