29、茶道部にて
「さっきナナが言ってたさあ、茶道部あたり行かね?」
静かなとこがいいな、という栄人に、七緒は頷いた。性格的に、あまり賑やか過ぎる部活は遠慮したい。
「茶道部茶道部……あった、右手の奥から3番目。月木が活動日だってさ」
「うん。圭介、行こう」
振り返ると、圭介はまだ体育座りをしていた。
「気のせいな…気もするんだけど…オレ、岬さんに舌打ちされた気がする気がする…」
「まだ言ってんの? ほら、行くぞ」
はああ、と大きなため息をついて、握っていた携帯をポケットにしまう。
「気のせいだよな! とりあえすメアドゲットしたし、いいか。じゃー行こうぜぇ」
すたすた歩き出す圭介の背中を見ながら、ナナハチは顔を見合わせた。
「メアドって…岬さんの?」
「いつの間に……」
「すいませーん」
茶道部のプレートがかかる戸をあけて、栄人が奥に声をかける。圭介は、漫研で学習したのか、七緒の背中にぴったりくっついていた。
部室は、3歩ほど入ったところから、一段高くなり、畳が敷き詰められている。
畳の匂いに3人が怖気づいていると、障子が開いた。
「何か用?」
顔を出した女生徒は、金髪で化粧が濃く、穏やかな校風の倫葉学園にしては不良っぽい、と有名な3年生だった。
栄人は一瞬引いてから、すぐに笑顔を作る。
―――確か、このひとも中村っていったっけ
「部活、見学させてもらっても構いませんか? こいつ、転校してきたばかりで」
自分と同じ名字を持つ上級生は、「ふぅん」と相槌を打つと、そっけなく言った。
「ドーゾ。靴は脱いで。ブレザーもそこのハンガーにかけて」
「はい」
「こえぇ! なんか、あのひと怖くない? 金髪だぜ!?」
先輩が背を向けた途端、小声でそんなことを言う圭介を、七緒は足を踏みつけてやめさせる。
ていうか、そう言う圭介だって金髪だろうに。
障子の向こうには、他にも女子が3人、そして、
「あれ? サトさん?」
「えっ、ナナか?」
寮生の宮崎 智が座っていた。
両者、こんなところで会うとは思っておらず、目を丸くする。
「何、宮崎。知り合いなの?」
金髪の先輩に問われ、智が頷いた。
「銀杏寮の後輩なんですよ」
「へぇ」
胡散臭げだった彼女の表情が、いくらか和らいだようだった。
「つか、サトさんって何よ」
金髪の先輩の追求に、智は赤面する。
寮で定着したあだ名と、学校での呼ばれ方は、意外に異なることが多いのだ。
「…寮でのあだ名ですよ…オレ、智っていうんです」
「サト! ぷはーっ、いいじゃん、これから|ここ(茶道部)ではサトちゃんって呼ぼう!」
「ちょ、勘弁してください、中村先輩!」
あわあわと中村に向かっていく智を、七緒は「光流先輩には強いのになぁ」と微笑ましい思いで眺めていた。
中村、と呼ばれた先輩は、先ほどより優しい表情で、彼らを振り返る。
「じゃ、とりあえず自己紹介。アタシは部長の中村 真理。よろしく」
―――このひとが部長かよ!
圭介も栄人もそう思ったが、軽い口調とは反対に、畳に手をついた彼女の礼は、とても美しい。
思わず見とれてしまった2人は、七緒に小突かれ、慌てて見様見真似の礼を返した。
「えー、んじゃ、奥から、山田、野田、柏木先輩ね」
見知った七緒がいるからか、宮崎はリラックスした様子で、女生徒たちを紹介していく。
奥にいた彼女らは、呼ばれた順にお辞儀していくので、3人はそのたび礼を返すことになった。
「で、オレは副部長の宮崎。よろしく」
締めくくりにそう言って微笑むと、智も礼をした。
次は見学側が挨拶すべきなのだが、両端にいる栄人と圭介が、どうも茶室の雰囲気にのまれているようなので、仕方なく真ん中に座る七緒が口火をきる。
「1年の戸塚 七緒です。よろしくお願いします」
ようやくこちらも挨拶しなければならないことを思い出し、2人も礼をした。
「中村 栄人です」
「明石 圭介です。…お願いしまーす」
「へー、あんたも中村っての」
じっと見つめられて、栄人は居心地悪そうにもぞもぞした。
圭介がもぞもぞしているのは、すでに正座がキツくなってきているかららしい。
「ふん、よし。えーと、じゃあどうしようか。さっきまで薄茶やってたんだけど」
「薄茶?」
「ひとりひとりにお茶をたてていく奴だよ。回し飲みするのが濃茶だったと思う」
小声で呟いた圭介に、大まかな説明する七緒を見て、智は「へぇ」と感心した声をあげる。
「ナナ、意外に知ってんだな」
そういうと、何故か七緒は焦ったように言った。
「お茶をやってる親戚がいて、ちょっとだけ見様見真似でやらせてもらったことがあるんです」
「そうなんだ。他の2人は、全くの初心者?」
もちろん、と2人は怯えたように頷く。
「ふーん、そう」
真理は少し考えた後、「じゃあみんなでもっかい薄茶やりましょう。宮崎、正客やってくれる?」と智に言った。
「で、野田と山田ときて…そのあと見学3人並んで。あ、戸塚だっけ、あんたが3人のうちで上座に着いてやんな。みー子は末客やってくれる?」
わらわらと動き出した部員たちに3人も従う。
「これ、どうぞ。懐紙よ、持っておいて」
柏木と紹介された先輩が、それぞれに懐紙を渡して回った。
ひとつにまとめた艶のある黒髪が、金髪の真理と正反対であるが、どうや2人は仲がよさそうである。
「これ、どうすりゃいいんですか?」
「大丈夫。前の子たちのを見てればいいからね。あ、私が一番最後なのはね、末席は末席で仕事があるからなのよ」
安心させるように言う柏木に、初心者2人はあからさまにほっとした。
隣室に行っていた真理が、お盆を持って戻って来たのをみて、自然と皆 背筋を伸ばす。
「じゃあね、ちょっと説明するわね」
口火を切ったのは、圭介の隣に座った柏木だった。
「真理が、もてなす側っていうのはわかるよね。彼女はお菓子を配って、お茶を点てます。そういうひとを、亭主と言います。
でね、宮崎くんの座った位置は、一番床の間に近いでしょう。そちらが上座なの。真理が「正客」って言ってたわね。そこは茶席の主賓が座る場所なの。茶道の知識があるひとが座るわ。
で、沙耶ちゃん…野田さんの座る場所は、次客と言います。正客ほどではないけれど、茶道を知ってるひとが着く席ね。
山ちゃんの座る三客以降は、とにかく前の人の真似をしてればいいわ。初心者でも大丈夫なところ。
そして、私が座るのは末客と言います。一番下座ですけど、だからって下っ端ってことではないのよ。お盆だとかを亭主に戻さなくてはならないから、ここは初心者は座れないわね。亭主さんと正客さんの双方を良く知る人が着きます」
ここまでおっけぃ? と首を傾げられ、ぶんぶん頷く見学組。
「(ちょ、栄人サン……この先輩なんかすげーイイ)」
なんだろうね、特に美人ってわけでもないのに、すげくドキがムネムネする! と、目で叫ぶ圭介。
一方、栄人と七緒も、珍しく彼に賛同した。
「(さっき岬サンの本性を垣間見たからかもしれんが…なんかすげーイイ! こう…首の角度が…表情が…)」
「(おれもおれもー! なんかすごく和むー!)」
―――いや、ナナ。お前ちょっとズレてる
圭介も栄人もそう思ったが、憧れの眼差しで柏木を見つめる七緒を見て、押し黙った。
唯一部員の中でその心の会話が聞こえていた智は、こっそり「同感―――ナナがズレてるのにも、みー子先輩が魅力的なのも」と頷いたそうな。
「じゃあ、お菓子の取り方を説明するね。真理と宮崎くんに注目して下さい」
見学組は(智も)、揃って小さく飛び上がり、慌ててお菓子を持っている真理に注目した。
「まずね、亭主が菓子器を持ってきましたね。ここで、亭主さんが礼します。正客はそれを受けて礼を返しますが、他のお客さんは礼しなくていいからね」
菓子器を置き、真理が礼をしたあと、智も礼を返す。つられて礼を返そうとしていた栄人は、柏木の説明に慌ててつきかけた手を膝に戻した。
真理が、お茶を点てる準備が終えるのを待って、智は次客に礼をし、懐紙を取り出した。
「今日は薄茶ということで、干菓子と呼ばれるお菓子を頂きます。これは何種類か乗ってることが多いので、1種類ずつ取ります。手が汚れたら、懐紙の端っこでぬぐってね」
2種類の干菓子を取った智は、野田と自分の間に菓子器をおく。
そうして順繰りに干菓子は回されて行った。
黄緑色の葉っぱを模したものと、菊のような花の形の菓子を、七緒はうっとりと、栄人と圭介は物珍しげに眺める。
「キレイなお菓子ですねー」
「そうね、食べるのがもったいないわよねえ、干菓子って。生菓子なら見た目的に「早く食べないと」とか思うんだけれどね」
「オレ、こういうお菓子、テレビでしか見たことねえ。こういうのっていくらぐらいなんすか?」
七緒が褒めたから、自分も何か言わなければならないとでも思ったらしい。
的外れな圭介の発言に、栄人と七緒は赤面し、茶道部の面々は苦笑した、
「お前……この空間でそういう世俗的なこと言うかね、フツー…」
「えっ、えっ、ダメ!? うわー、考えてみれば失礼なこと聞いた気がする! ってゆか、こんなにベラベラ喋ったらダメな感じ…ですか?」
くすくす笑う柏木は、顔を真っ赤にする見学組を見て、さらにくすくすと笑った。
「大丈夫、別にいいのよ。ちなみにね、お菓子はスーパーで売ってる、安めのやつなの。ごめんねえ」
「いえ! 全然! いいんです、別に、えっと、えっと、キレイなお菓子ですね!」
「それおれが言ったのとモロ被りだけど、いいの?」
「あーっ、そっか、じゃあ美味しいです!」
「まだ食ってねえだろ。ていうか「じゃあ」って何だよ「じゃあ」って」
「いいよもういいよ、オレ黙ります……沈黙します……。先輩、言える立場じゃないけど笑い過ぎっすよ」
ツボに入ってしまったらしい柏木を見て、仕方なく智が仕切る。
「あー、もう先輩は放っといて。回ったから食べていいよ。ちっけーから一口でな」
いただきまーす、と、小学生のように声をそろえる見学組に、柏木の笑いがヒートアップする。
つられて、野田も、山田も、さらには智も、くつくつと笑い始めてしまった。
2人と照れ笑いをした七緒は、ふと、亭主の方に目をやった。
―――わあ、
真理は。周りの様子はもろともせず、流れるような手つきで茶を点てていた。
かき混ぜるというよりは、縦に切るような手つき。
「(かっこいい、なあ)」
茶碗を手に取り、正面を合わせ―――ふと、視線がかちあった。
あんまり不躾に見ていたことに気がついた七緒も、誰も見てないだろうと思っていた真理も、一瞬目を見開く。
そして、いたずらっぽく笑い合った。
「はあーぁ、長かったー! 足痺れたー!」
部室棟を出る頃には、6時近くなっていた。すっかり空も茜色だ。
一応おっかさんには遅くなる旨をメールしておいたので問題はないが、七緒としては少し不安である。
「大人数でやったからねえ。1人1人にかける時間が多いから、待ってる間はちょっと退屈かもしれないね、圭介には」
「なーんだよ、その「圭介には」って。偉そうにさー」
「でも、ナナ、お前凄かったな。完璧だったじゃん」
栄人が感心しきった声で言う。七緒は、頭を掻いて苦笑した。
茶道部員たちにも感心されたが、内心、忘れてはいないかドキドキしていたのだ。
「でも、お手本がなかったら、忘れてた動作とかあったよ」
「習ってたの?」
「うーん、ていうかね、おばあちゃんがおっしょさんなんだ、茶道の」
えええ、と2人は驚く。
そうなのだ。七緒の父方の祖母は、自宅で茶道を教えるお師匠さんなのだ。
とても厳しいひとで、七緒が家事全般をある程度こなすのも、幼少期はその祖母と暮らしていたおかげである。
「まじで?「おっしょさん」て、「お師匠さん」、だよなあ」
「なんだよー、だったら完璧に決まってんじゃん!」
「きちんと習ったことはないんだよ。もう2年も会ってないし、お稽古を見せてもらってたのだって、小学校低学年くらいまでだった。間違えないかドキドキしたよ」
ついでに言えば、祖母は文武両道を地で行くひとなので、茶道・華道・書道はもちろん、剣道や柔道など「道」のつくものは大体身につけていた。
運動音痴な奈々子は茶道を、投げ技に憧れた孝明は柔道を、それぞれほんの少し教えてもらっていた。
「超パワフルなばあちゃんだな」
「会ってみたいようなみたくないような…」
「ふふふ、厳しいけど優しいんだよー」
「ってかさ、寮の先輩にも、やっぱりナナって呼ばれてるんだなー」
「なー。あの人が特別フレンドリーなの? ていうか、みやざき…だっけ、あの先輩てどこの出身?」
なんだか訛っているようだけど、と問われて、七緒は目を細めた。
「確かねー、サトさんは栃木…だったかな? あとね、銀杏寮のひとからは大体ナナって呼ばれてるよ」
ああ、寮でもきっと、末っ子扱いされているのだろうなあ、と栄人と圭介は和む。
実際は、末っ子であり長女でもある、みたいな位置づけだ。皆、可愛がると同時に、テキパキと家事をする七緒に敬意も持っている…らしい。
「あ、おれ、こっちだわ」
部室棟を出てほんの少ししか歩かないうちに、そう言って立ち止った七緒を見て、2人はきょとんとする。
「銀杏寮、こっち」
「ああー、そっか! えーと、どうする? 明日も部活見学するか?」
七緒が茶道部に心惹かれているのに気付いてか、栄人は「まだ続けるか」と問いかけた。
彼は彼で、ゆったりした雰囲気の茶道部が気になっているのだ。
「…どうしようかぁ」
「ま、もうすこしどこか見学してからでもいいけど。部活は逃げないし」
「そうだね。おれ、今日先輩たちに色々聞いてみるわ」
そうか、寮って便利だなあ、なんて話すナナハチの間に、圭介が割り込む。
「えーっ、明日はオレ部活なんだけど!」
「……いや、お前は自分の部活行けよ」
「おれたち2人で行くから、気にしなくて大丈夫だよ?」
「お前ら、オレがいなくて寂しかったりとかはねーのか!」
「ねーよ。じゃあナナ、また明日ー」
「ばいばーい」
「疎外感! あ、ちょっと待てよハチ! じゃーなっ!」
さっさと歩いて行く栄人と、それに追い付こうとする圭介。
その後ろ姿を見送ってから、七緒も銀杏寮に向かって歩き出した。
茶道については全くの初心者なので、文中に書いてあることは鵜呑みにしませんよう。また、間違いがあれば指摘して下さると嬉しいです(ソフトにね!)




