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28、新聞部にて


「お前ら馬鹿野郎! オレがどんだけ寂しかったか!」

「ごめんね、圭介。泣いて良いよ」

「泣かねーよ!? そんなに打たれ弱くないよ! でもさっきのは大ダメージだったよ!」

「いいじゃん、女子と話してたんだし。あの子も同情してたんだろうなー」

「ハチ、オレは今…謝罪が欲しいだけなんだ……追い打ちされたいわけじゃないんだああああ!」


寝転がってじたばたし始めた圭介に、栄人はぎょっとした。

漫研を出た3人は、次はどうしようかと、部室棟昇降口にある掲示板の前で、相談しようとしていた。

が、駄々をこね始めた圭介により、相談は停滞している。というか、始まってすらいない。


「馬鹿っ、こんなとこでそんなことすんな! ガキか!」

「いいよーっ、オレまだ15歳のガキだもーん!!」


すでに16歳に栄人は、ぐっと詰まった。そのやり取りを見て、七緒がしゃがみ込む。


「圭ちゃん、ごめんね。ほら、ちゃんとおっきしよ?」


頭を撫でながらそんなことを言われ、圭介は赤面し、ものすごい勢いで立ちあがった。


「だあーーーっ!! おっきて! 赤ちゃん言葉て! ―――圭ちゃんて!」


手を振り払われるわ、勢い良く突っ込まれるわで、七緒はきょとんとした。


「だって、自分で子供ガキだって言ったじゃない」

「言ったけども! だからってそんな、そこまで子供扱いされると困りますよ!?」

「妙に堂にってたしな…」


栄人は何故だか感心した表情である。七緒の口調と仕草が、あんまり似合いすぎていたからだ。


「ナナは子供好きなんだ?」

「うん。てゆーかね、年下が好き!」


しん、と静まり返る2人。


「……そんな、イイ笑顔で君は何を…」

「今のは引く、今のは引く」

「なんでっ!? あ、いや、恋愛とかじゃなくってー、ただ単に、可愛いじゃない。圭介って何月生まれ?」

「? 1月15日生まれだが、プレゼントでもくれるのかい」

「あ、もうこれ圭介は年下よ? おれ12月だから。可愛いよ。弟のように可愛がるよ」

「どえええええ!? あっ…この前ナオが怒ってた理由がわかった、ナナに年下扱いされんのってムカつく!」

「それこそなんでよ!? いいじゃん、おねっ…お兄ちゃんとして慕ってよ!」

「無理だよ、ナナは可愛がられる側だろ? 撫でくり撫でくり」

「やっ、もう! 髪ぐちゃぐちゃにしないでよっ!」


きゃいきゃいと騒ぐ2匹は放っておいて、栄人は掲示板に張り出された部活のポスターを眺めた。

4月の新入生歓迎会あたりまで使われていたものが、そのままこちらにきているらしい。


「なあ、軽音とかどうよ」

「いいけど、ハチって楽器出来るんだ?」


目的を思い出したのか、2人も掲示板を覗き込む。


「ごめんウソ出来ない」

「ボーカルか。センター狙いとは、さすがハチだな」

「なんでそうなる。……あ、じゃあ書道部とかどう?」

「えー、地味じゃね?」

「圭介のじゃなくて、おれとハチの部活だから、地味でいいの」

「ていうか何、お前ら、同じ部活入るのは決定なん?」


思い出したように、そう問われ、七緒と栄人は顔を見合わせた。

申し合わせたわけでもないが、なんとなくそうなるかなー、という雰囲気だ。


「そう…だねえ。おれは、出来ればハチと一緒がいいかな」

「まあなぁ。俺も、ナナと一緒のが心強いわ」

「はいはいはいはーい。振っといてアレですけど、イチャイチャすんのやめてもらえます?

ていうか、書道部、活動日水金だってよ。今日やってない」

「まじか。あー、おれ、華道部とか茶道部とか見てみたいかも…」

「俺はゆるいとこならどこでもいいなぁ」

「君タチ、基本的にやる気がないね」

「……ちょっとごめんなさい、掲示板使いたいんだけど」


わらわらと掲示板に群がっていた3人は、突然そう声をかけられて、慌てて脇に避けた。

振り向いた七緒は、あっと声をあげる。迷惑そうに立っていたのは、


「―――岬さん?」


転入した日に出会った、岬 千代子だった。


千代子は一瞬の沈黙の後に、さっと笑顔を作る。


「戸塚くん! ああ、学校始まって初めて会うね」

「そうだね、全然見ないなあと思ってた」

「4組と3組は階が違うから、こんなものよ」


いきなり、見知らぬ同学年の女生徒と話しだした七緒を見て、栄人はそわそわと後ろに引っ込んだ。

逆に、前に出て七緒を小突いたのは圭介だ。


「あ、ええと、クラスメイトの圭…明石くんと中村くん。2人とも、こっちは岬さん。入寮した日に、お世話になったの」


厳密にいえば、彼女の先輩の羽島に、だが、その辺は端折る。

営業スマイルで「どうもー」と愛想よく挨拶する千代子に、圭介は嬉しそうに笑い返した。


「ところで、3人はこんなとこで何してるの?」


部室棟に来る生徒は、大概が真っ直ぐ自らの部室へ向かう。昇降口でうろうろする者は少ないのだ。

かくかくしかじか、部活見学中だと説明すると、何故だか彼女はテンションを上げて、営業用ではない笑顔を見せた。


「じゃあ、うちの部に来てみない? 今、ちょっと部員少なくて」


七緒が「え、何部?」と聞くより前に、何故か圭介が即答。


「行きます!」

「ちょ!」

「待て!」

「いやいやもう行きます。行かせて下さい!」


七緒と栄人のツッコミをもろともせず、興奮気味の圭介は話を推し進める。


「ほんとー? あ、じゃあこれ取ってから一緒に行きましょ!」


なんやかや言う前に決まってしまい、ぽかんとするナナハチ。

千代子が背を向けて掲示作業を始めたのをいいことに、栄人は乱暴に圭介の首に腕をまわし、それより幾分か優しく七緒の肩を抱き、廊下の反対側に引っ張って行った。


「てんめぇぇぇ! 何してくれてんだ! 入部することになるのは俺たちなんだぞ!?」


小声で怒鳴るという、見事な技を披露する栄人に、圭介は半笑いしてみせる。


「いいじゃん、単なる見学だよ」

「何部かも知らないで!」

「ばか、見てみろよ。岬さん、今何をしてる?」

「はぁ?」


ちらりと振り向くと、彼女は「倫葉新聞」と書かれたプリントの、画鋲を取っているところだった。


「―――新聞部、か。古い記事の撤去か」

「そーよ、新聞部よ。ってか、ナナはともかくハチ。お前は、岬さんの名前を聞いたことがあるだろう?」


訝しげな表情をする栄人を見て、ため息をつく圭介。


「お前って、本当 女……ていうか人間に興味ないよな。

この前! 青木たちと、うちの学年の女子について話してたとき! 岬さんの名前が出ただろうが」


ああ~、と、思いだしたんだか思いだしてないんだか曖昧な相槌を打たれ、圭介は唇を尖らせ、力説する。


「美人で! なんてゆーの、大和撫子な感じで、社交的で、スタイル良くて! 80点超えだよなって! 彼女にしたいトップ3に入るよなって話! したじゃん! しただろ?」

「あ~…したかもしんねぇ」

「したんだよ! おまっ、あん時 割とノリノリで話聞いてたじゃんかよ」

「すまん、適当に合わせたかも」

「~~~~~っ、つまり! そんな憧れの岬さんと、お近づきになれるチャンスなわけよ! お分かり?」


それであんなに乗り気になっていたのか、と納得する栄人。


圭介とは高校からの付き合いである栄人だが、彼がミーハーだということは、すぐに知った。

モーニング娘。からAKB48まで、女性アイドルはもちろんのこと、嵐やらSMAPやら、男性アイドルも好きらしい。妙に古い人も知っている。

かと思えば、歌手に詳しかったり俳優に詳しかったり、とにかく、芸能人の情報を手広く網羅しているのだ。

さらに、芸能人に留まらず、何故だか学校内のさまざまな情報にも精通しているようである。

ふざけるように「情報屋・圭介」なんて言っていたが、あながち間違いでもないのだ。


「とにかくだね! オレの顔を立てると思って」

「お前に立てる顔なんてあったのかと言いたいところだが、行くと言った以上仕方ない」


圭介は、しぶしぶ了承する栄人に勝ち誇った笑顔になる。

首を絞めている彼の腕を押し退けて、七緒にも「な! いいよな!」と声をかけ―――彼が、とても冷ややかな目で見つめてきていることに気がついた。


「……え、ナナさん、なんですか、その氷点下の眼差し…」

「別に? 女子に点数つける男子って本当にいるんだなって、感心してただけだよ」


ぎしり。圭介も栄人も、メデゥーサに睨まれたかのごとく固まる。

石になった2人はそのままに、七緒は立ちあがって千代子を手伝いに戻った。




扉を開けたら、そこには異世界が広がっていた。


「ちょっと!! 校長のインタビュー上がったって言ってたじゃないよ!」

「すいません、そこ担当の井島の奴が寝込んでて…クッキー怖いとかなんとか言って原稿書かないんです」

「知るか! 書かせろ! 校長から「僕のインタビューっていつ載るんですか」とかやんわり催促されてんだよ!」

「ジェッタ君! 良い子だから、紙詰まりしないで頂戴、おおよしよし」

「すいません先輩、ジェッタ君のインクが残り少ないようです! マゼンダの買い置きがないっす」

「なんかネタはねぇかー! 久しぶりに号外作りてえ」

「馬鹿野郎! こんな記事が載せられると思ってんのか! 歯ぁ喰いしばれ!」

「殴ったね? 父さんにも殴られたことないのに!!」


カオスな光景に、ぽかんと口を開けることしか出来ない。

新聞部部室は、狭いながらも駆けまわる部員、舞う原稿、そして今にも壊れそうな音で鳴くコピー機で、ぎゅうぎゅうだった。


「ちょっと騒がしくてごめんなさいね。あと散らかっててごめん」


どうぞ、と極上の笑顔を見せる千代子に、両脇から小突かれた圭介は、「すいません、無理です」と、土下座の勢いで謝った。


「え、何が?」

「いやもう、オレらが探してるのは文化部なんす、まじすいません」

「やだ、新聞部うちだって文化部よ?」

「言い直します、オレらが探してるのは、ゆるくてまったりした文化部なんす」


「……ちっ、根性無しが」


「今なんか小さく舌打ちと罵倒が聞こえた気がするんですが、気のせいですよね。岬さんは大和撫子ですもんね!」

「圭介…現実を見ろ」


何やら言っている2人は放っておいて、七緒もぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい、岬さん。おれ、寮でちょっと手伝いしてて、あまり忙しそうな部は無理なんだ」

「そうなの、残念だわ。確かに、この部は吹奏楽部に次いで、体育会系文化部って言われるくらいだから、キツイかもね。気にしないで」

「岬さんって、なんか忙しそうな委員会もやってたよね。すごいなあ」

「そんなことないわよ、やってみればなんとかなるものだし」

「新聞、楽しみにしてるね」

「大体、月に2回は発行してるわ。よろしくね」




新聞部をでて、昇降口まで戻った3人は、同時にため息をついた。

とりあえず、波風立てずに千代子に謝罪した七緒に、拍手を送る圭介と栄人。


「ナナって、女子の扱い心得てるっていうか…」

「あはは、典型的な日本人ってだけだよー。間違っても人に点数とかつけたりしないね」


まだそれ引きずってたのか、と、2人は青ざめる。七緒の笑顔が、冷たい。



―――ハチさん。ナナは、どうやら潔癖なようです


―――らしいと言えばらしいが、これから言動には気をつけないとダメだなあ




何か学んだ気がした、新聞部見学(?)だった。




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