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閑話


「もう我慢出来ません! あいつにはうんざりです!」

「落ち着けって」

「205コンビもめんどくせーし! なによりさとしの間抜けがぁああ」


朝ご飯の片づけを終えた七緒は、通りがかった部屋から悲鳴に近い声が聞こえてきて、思わず立ち止った。

103号室、ということは、葵の部屋だ。


「(叫んでるのは……光流先輩?)」


中春なかはる 光流ひかるは、303号室の2年生だ。口が悪いが、誰かがボケだすと突っ込まずにはいられない性質で、同学年と先輩からは、いじられキャラで通っている。


「どうしたのかな」

「サトのことじゃね?」


独り言に返事が返ってきて、しかもそれが耳元で囁かれたものだから、七緒は飛び上がった。


「きゃっ! あーもうびっくりしたぁー、またですか!」


振り返ると、やはりというかなんというか、にやにや顔で立っていたのは、雪弥だ。


「ゆーきゃん先輩、いつか死ぬほど驚かせてやりますからね」

「いやいや、そこまで恨まれることしてないだろ?」

「これから2年間、こういう小さなびっくりが続くとすると、多分1回で返そうとしたらそのぐらいの驚きになるはずですもん」

「お前真顔で何言ってんの!?」


何故だかこの2人は、顔を合わせる度に、ミニ漫才のようなやり取りをしてしまう癖ができていた。

性格も趣味も似ているとは言えないのだが、お互い相手に「彼ならツッコむ(ボケる)だろう」という、妙なイメージを持っているらしい。

一呼吸おいて、「ところで」と雪弥は言った。


「今日、朝飯あったの?」

「ええ、おれが作りました。ハムエッグと海苔ですけどね」

「…そう…片付ける前に呼んで欲しかったけど」

「アオさんが、ゆーきゃん先輩はきっと寝てるって言ったので。早起きした人たちだけで食べようっていうことに……あ、海苔とご飯ならありますから、どうぞ」

「そういう「ご自分でドウゾ」的なのが嫌なのー! オレは用意されたものを食べたいわけ! 自分で海苔だして食うのは嫌なわけ! ってゆーか何故アオさんの何の証拠もない言葉を信じたし!」

「王様ですか! 用意されないと食べないって…」

「じゃあいいよ! 何もしなくてもいいから食堂にいてよ!」

「ただの寂しがり屋じゃないですか!」


大体、それがまかりとおるなら、今まで一体どうしていたんだと聞きたい。日曜の朝は各々でどうにかするルールである。

そう問うと、何故か雪弥は胸を張って答えた。


「もちろんアオさんとかが食べる時を狙って」

「便乗してたんですね」

「そうだ!」

「力強いな! だったら今日も早く起きれば良かったじゃないですか」

「そ、れはだね、大人の事情というのがあるんだよ、ナナくん」


一瞬、口篭もったのを見逃さず、七緒はにやりと勝ち誇った笑みを見せた。


「知ってますよ、昨日、門限破っておっかさんに怒られてましたね」

「昨日、てゆうか、むしろ今日、だな」


雪弥は苦笑いで、外泊届を出したつもりが、部屋に置きっぱなしになっていたことに気付いて、慌てて帰って来たのだと説明した。へらへらしているようで、案外細かいところできっちりしているらしい。

しかし、慌てて、とは言っても、寮に着いたのは日付が変わる頃だったので、おっかさんにこっぴどく怒られてしまったのだ。

「お母さん」と苗字をかけたあだ名を持つ彼に敵うものは、銀杏寮にいない。


「怖かったわあ、おっかさん。静かに怒るからさあ…方言がでるしね、あのひと」


おっかさんは長崎出身だ。東京に出てきて長いようで、普段はあまり方言らしい方言を使わないが、怒るとでてしまうらしい。めったに怒らないが。


「怖いんだよね、おっかさん、静かに怒るし…九州の、あの勢いの良い感じのなまりで、静か~に叱られんの超怖い」

「先輩が悪いんですもん、しょうがないです。おっかさんは例え九州のお人でなくとも、絶対怒ったら怖いと思いますし。

それに、怒ってくれるうちが花だって言うじゃないですか。心配してたんですよ」

「え、なあに、ナナちゃんも心配した?」

「いええ、おれでなく、赤城先輩や加賀くんやおっかさんが」

「…………」

「むしろ3人以外はノータッチでしたね」

「……グレてやろうか…」


雪弥が目を細め、肩を落としたその時―――



「お前らなぁ、ひとの部屋の前で掛け合いすんなっつの!」


103号室のドアが、勢い良く開けられた。

呆れたような怒ったような(多分これはポーズで、実際には怒ってない)顔の葵が、仁王立ちしている。


「雪弥、お前ねえ、入ってくるなら入ってこい! 七緒を巻き込んで嫌がらせすんな」

「えっ、これ、嫌がらせになっちゃってたんですか!?」

「つーかナナ、無自覚だったの? オレはてっきり分かってやってるもんだと…じゃなきゃ人の部屋の前で、あんなに喋らねえよ」

「ナナちゃんはそんなことしないよな。悪いのは雪弥だ」

「ひっでえぇぇ! ヒイキっすよ、それ完全ヒイキっすよ!」


文句を言いつつも、雪弥は葵を避けて、彼の部屋に入っていく。

葵の部屋は、せっかくの一人部屋なのに、何故だかいつも彼以外の誰かが居座っている。

それは、光流のように何かを相談しにきた人だったり、雪弥のように寛ぎにきた人だったりする。


「雪弥、お前だって一人部屋のくせに、なんでわざわざ俺の部屋で寛ぐかね」


七緒も招き入れ、葵が諦めたような声音で言った頃には、雪弥はすでに二段ベッド上段に転がっていた。彼の定位置のようだ。


「アオさん、ゆーきゃん先輩はウサギさんなんです」


七緒の突飛な言葉に、葵も雪弥も、床に座る光流も、きょとんとした。


「つまり、寂しがり屋なんですよ。ウサギだと思えば、可愛いもんでしょう?」

「…なんか、ちょっと棘を感じるのはオレだけかい、ナナちゃん」

「え? 何がです?」


本当に悪気のなさげな七緒を見て、光流は感心したように唸る。


「雪弥を可愛いと表現する奴がいるとは……ナナ、お前、案外大物だなあ」


葵も頷いた。その言葉で表すには、雪弥はアクが強すぎる。


「ところで、光流。今の話だが」


非常に不本意だ、という表情の雪弥は放っておいて、葵は光流に向き直った。


「部屋変えに関しては、俺じゃなくておっかさんに許可もらわないといけないし、第一、サトが反対するだろう?」


顔をしかめる光流の横で、七緒が声をあげる。


「えっ、光流先輩、サトさんと喧嘩でもしたんですかぁ?」


光流のルームメイトは、確か宮崎みやざき さとしだ。

口数は、光流や雪弥に比べて少なく(この2人がお喋りなだけかもしれないが)、春風のようにまったりした印象の青年である。

「どうしてですか。お2人、仲悪いんですか?」

「仲悪いってわけでもないんだけどさぁ…同じクラスで同じ部屋で、いっつもあいつの顔見てんのが疲れるんだよ。今日だってさ…」




 「おい、智。ナナが朝飯作ってくれるっていうから、起きようぜ」

 「…………」

 「さーとーし! 起きろ!」

 「…うるせー」

 「じゃあオレ、食いに行くからな? あとで「目玉焼き作って」とか言うのナシな?」

 「…それとこれとは話が別だべ」

 「なんでだよ! オレはお前のオカンか!?」

 「気持ちわりぃこと言うな。死ね」



「朝起こしてやったのに「うるせー死ね」だぜ!? しかもオレに飯作れとか! 料理出来る癖にめんどいとか!」


1人芝居を終えた光流は、息を切らしながら訴えかけた。

普段の印象と違うなあ、と首を傾げる七緒に、葵が説明する。


「智は寝起きが最悪なんだ。健太と同じくらい」

「東條はまだ良いです! 低血圧だからスロースターターなだけで! 智は一旦起きればテキパキしてるくせに、寝起きが超悪いから性質が悪い! てゆーかあいつ、後輩に対して猫被り過ぎ。ナナ、あいつは腹黒いんだぞ。笑顔で脅してくるんだぞ」

「え、ええ~?」


反応に困る七緒は、ドアが小さくノックされるのを聞いて、「おれが出ます」と慌てて立ち上がった。

ドアを開けて立っていた人物に、小さく驚いた声をあげる。

噂をすればなんとやら、客人は智だった。

色素の薄い彼は、いつもの笑顔で人差し指を立て、「静かに」のジェスチャーをした。

さほど背の変わらない七緒の背中に縮こまって隠れ、そのまま部屋に入る。

そして、本人がきたとも知らず、ルームメイトの悪口を言い続ける光流を、足で小突いた。


「ぎゃっ! さ、智、てめー…」

「ヒカぁ…いつまでもぶすくれてんじゃねーよぉ?」

「あー、お前そういう態度に出るの? オレがしつこいみたいな? こんにゃろう」


立ちあがって猛抗議する光流を見て、七緒は慌てて葵のそばに寄る。


「部屋替えだと? 理屈言うな。オレにかつけるんでねえ」

「お前のせいだっつーの! 自分勝手なのはそっちだろうが!」

「いいだろ、別に。朝は苦手だべけど、それ以外で迷惑かけてねぇじゃねぇか」

「飯作れとか言うし、ちょいちょいオレに面倒押し付けるだろ! 大体、朝が苦手とか言って、オレ以外には寝起きでも割とソフトな対応だろ」

「そんくらいでいじやけんでねえよ」


ローテンションの智とハイテンションの光流が言いあうのを眺めながら、七緒は葵に「止めなくていいんですか?」と視線で問いかける。


「いいんだよ、いつものことだ。それに、すぐ終わるから」

「え?」


七緒が聞きかえしたその時、


「ほおか、そんなら別にいいけど、替えたっても。んだけどヒカ、オレはおめえと相部屋がいいんだがなー」


智の言葉に、光流の肩が揺れる。

あれ? と七緒が思うより前に、光流が挙動不審になりだした。


「それは、さー。むかつきはするけどさあ。別に…お前が替えたくないっていうなら……別にだけど」

「いいんけ? オレは別におめえの意見をおさまえてまで、このままでいる気はねえけど」

「そんな…オレだって別に…そこまでお前が嫌いなわけじゃないし…」



「話はまとまったかー」


葵の声に、智は笑顔で振り向き、光流はおろおろと視線を彷徨わせた。


「光流がこのままでいいって言ってくれてっから、この話はなかったごとにして下さい」

「光流? いいのな?」

「はい、……結局、智はオレがついてないとダメなんですよ!」


え、いつの間にそんな話に? と七緒が首を傾げてる間に、303号室の2人は、それぞれ葵に礼を言って出て行ってしまった。



「……え、アオさん、今の話の展開がよくわからないんですけど。何だったんですか?」

「つまりさ、この前のお前とナオみたいな感じだよ」


我関せずで雑誌を斜め読みしていた雪弥が口を挟む。


「ナオも光流もさ、相手が喧嘩腰なら向かっていくんだけど、かわされたり相手にその気がなかったりすると、一気にテンションが下がるわけ。

ま、ナナちゃんと違って、サトのかわし方は、光流の性格を計算してだろうけどな」


「ちなみに、俺は今まで光流に8回、部屋替えを相談されてる」

「8回!?」

「うち2回が205号室の健太・新一らの喧嘩に巻き込まれて、っていうので、残り6回が智について。

そんで、毎回こんな感じで丸く収まるわけ。光流は割とストレス多いから、ここでぶちまけてんじゃないかな。

新一たちも喧嘩が多くて、2人ともよく愚痴を言いに来るよ」

「それは……」



―――「傍迷惑な奴らだな」


「変なコンビだよね、どっちも」




七緒が遠慮して口に出さなかった言葉を、あっさりロウと雪弥は呟いた。


―――わたし的には、ゆーきゃん先輩も充分傍迷惑なひとだと思うけど


「…お疲れ様です、アオさん」


キングオブ苦労人・葵に、手を合わせた。雪弥も笑って七緒に倣う。


「お前ら…合掌はやめろ……」




103号室。またの名を、葵相談室。もしくは駆け込み寺。


銀杏寮は、彼のおかげで今日も平和なのである。



九州の言葉は勢いがいい=雪弥の独断と偏見です。

智は栃木出身。

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