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24、ボケタラシ



「いくよー」

「はいっ」

「あっ、ごめんね!」

「大丈夫……いきまーす」

「はーい……おっとっと」

「ごめんなさい!」

「大丈夫だよー……いくよー」


「いつまでやってんのあんたたちはっ!!」


赤星の声に、七緒と武本は肩を震わせた。


「いくよー、はーい、いくよー、はーいってあんたら、パス全っ然とれてないじゃん!」


そうなのだ。ボールが、ダイレクトで彼らの手に収まることがないのだ。

投げられたボールはそのまま、地面に落ちて、拾われる。そしてまた投げられ、落ちるの繰り返しだ。

あまりに酷いキャッチボール(キャッチ出来てないけど)に、隣でパス練をしていた赤星が、我慢できずに声を張り上げたというわけだ。


「ボールが可哀そう! ただ単に投げられてるだけじゃん! キャッチしてもらえてないじゃん!」

「まあまあ、ほのか、落ち着いて」


全力でツッコミにかかる赤星を、ペアの月野が止める。


「ほ、ほのちゃん、なんかおれら悪いことしたかな…」

「悪いことっつーか……えっ、何!? 今私、名前で呼ばれた!?」

「赤星、落ち着け」


みかねた栄人が割って入り、圭介も寄ってくる。


「見た? え、ちょっと中村見てた? 一度として! 一度としてボールが相手まで辿り着いてないの!」

「見てたけど。気持ちわかるけど」

「あーそっか、赤星、バスケ部だもんな…許せないか…」

「えっ、許せないって何が?」

「…えっ、えっ…?」


きょとんとする七緒と武本を見て、赤星は大きくため息をついた。


「お似合いかなとは思ったわよ、一瞬。でもダメだわ、同じレベル同士が集まっちゃダメなんだわ。フォローできないから!」

「ほの、あんた本当ツッコミ気質だよねえ。プラス姐御肌とおせっかい」

「そっち!? ねえ、秋穂、あんたが呆れるのはそっちなの!?」


ついには月野にまでツッコミ始めた赤星を、「まあまあ」となだめたのはやはり藤崎だ。

そうするとそのパートナーの茜も寄ってきて、またも団子状態になる。

ついに、小林先生が「何してるんだ」と小走りに寄って来た。


「もう武本ちゃんとナナのペアが酷いんすよ」

「……いや、俺も見てたが、酷いな」

「えーーーっ!? せっ、先生! 酷いってなんですか、酷いって。ねっ、武本さん?」


憤慨した七緒が、パートナーを振り向く。が、武本は普通の表情で首を横に振った。


「ううん、これは酷いなあって思ってたよ、私」

「自覚!? えっ、気付いてなかったのおれだけなの?」

「先生、これ、私が口だしてもかまいませんか」


赤星バスケ部だもんなぁと、先程の圭介と同じ表情をして納得する小林先生。


「でたぁ、ほのちゃんの姐御肌とおせっかい!」

「ヨネ、それさっき秋穂が言ったから。同じこと2回言っちゃダメよ」

「え、何そのダメ出しは…」


茜がそう言うと、どこからかくすくす笑いが聞こえてくる。

肩を震わせて笑うのは、七緒だった。


「ふふふっ、ほのちゃんたち面白い」


まるで、女子校に通ってたときのような―――そんな感覚で、七緒は笑っていた。


―――ハチたちと話すのも楽しいけど、やっぱり、女の子がいると、落ち着くなあ


「ふふふじゃないって! あんた当事者だよ!? ……ていうかさっきもちょっと言ったけど、いつの間にやら名前呼びじゃね!?」

「ダメかなぁ?」


ねだるような声音に、うっと赤星が詰まる。七緒は、彼女のようなタイプが、こういうふうに言われると、決して撥ねつけることが出来ないと知っていた。


「(……ナナ、あなどれねー…)」


なんとなくそれを察した圭介は遠い目をした。彼自身も、計算でのボケや空気の読めないフリをすることが多々あるので、似たような雰囲気はわかる。


赤星あかほし ほのかちゃんでしょう。ほのちゃんって呼んでもいい? もう呼んじゃったけど」

「べ、つに、悪いことはないけど…」


ついでだ、と言わんばかりに、七緒は他の女の子にも顔を向けた。


「月野さんは、秋穂ちゃんて呼んでもいい?」


まさか自分にまで言われるとは思ってなかったらしく、月野は少し身を引いたが、頷いた。


「藤崎さんは米子まいこちゃん…でいい?」

「私は~、ヨネって呼ばれる方がいいかなあ。戸塚くんはぁ、ナナって呼べばいいのね?」

「うん。よろしくねぇ」

「よろしくぅ」


マイペース同士気が合うのか、そこだけ花が散っているような空気である。

いきなり目の前で始まった挨拶(?)に、ぽかんとしていた小林先生だが、月野に「せんせ、起きてる?」とつつかれて、ようやくハッとなった。


「おいこら戸塚、先生の前でナンパしない!」

「えっ? ナンパじゃないですよ?」

「いいや、ナンパだ! 充分ナンパだ! よし決めた、戸塚は俺と組め!」


えーっ、と、鳩が豆鉄砲食らったような顔で叫ぶ七緒を、小林先生は引きずって歩きだす。

いつの間にか周りを囲っていた野次馬たちが、モーセの十戒かのように道をあけた。


「いいかぁ、男女は7歳にしてうんぬんかんぬん……」

「えっ、えっ、うそぉ、ほんとに!? 武本さんっ、おれっ、あなたのパートナーだよね!?」

「……ごめんね、戸塚くん…私…助けられない…」

「やだやだ、怖いよー! 助けて、ハチー!」

「……ごめん、助けらんねえ」

「そんなぁーーーっ!」


七緒の悲鳴の後、一瞬静まり返った校庭が―――ワッと沸いた。

半泣きで唖然とする七緒は、いきなり沸き起こった笑いが何かわからずに、きょろきょろと辺りを見回す。

遠巻きに眺めていたらしいクラスメイト、栄人や赤星たちも、ゲラゲラと笑っている。武本だけ、困ったような、けれどおかしくてたまらないような、そんな笑顔だった。


「戸塚アホだわー!」

「助けてやれよ中村ぁー」


野次なんだか歓声なんだかわからないノリの声に、七緒が挙動不審になる。

その姿にまた笑いが起きて、妙な連鎖が起きる。


「え、えー、何、この雰囲気」

「戸塚、お前人気者だなあ」


えっと声をあげて、首根っこを掴まれたまま、小林先生を見上げる。


「今のどこにその要素が?」

「……うーん、そういうアホっぽいところだろうけど」


七緒を解放すると、小林先生は「散れ! ほれ、パス練しろ!」と、ごちゃごちゃになった生徒たちを整理し始めた。

残された七緒は、栄人たちの元へ戻る。


「解放された! これはいいの? 先生にしごかれなくていいの?」

「いんじゃね?」


飄々とそう言う栄人の横で、赤星が腕を組んでじと目になっているのに気付いて、藤崎がころころと笑った。


「代わりにほのちゃんがしごいてくれるってよ~」

「うわあ、でも、先生よりは、ほのちゃんの方が!」


早速あだ名呼びかよ、とみんな笑い、七緒も照れ笑いする。

ふと、その円から外れている武本の姿に気が付いて、彼女の前に歩み寄った。

切りそろえられた前髪の向こうから、黒い瞳が見上げてくる。

昔から小柄な方だったので、なかなか見上げられる構図にはなれておらず、妙に気恥ずかしい気分になった。


「―――あのさ、さっき言えなくってさ……武本さんのことも、名前で…優子ちゃんて呼んでいい?」


名前を、知っていたのかと。そう驚く武本を置いてきぼりに、周りが変な盛り上がりをみせる。


「出ました、ナナっちの口説き文句ー! いやーん!」

「圭介きめぇ」

「ああもう、こういう男子初めて見る! おかしいこの子!」

「あっ、てゆうか~、私も武本ちゃんのこと名前で呼びたいな~って思ってるんだけど、ダメぇ?」

「あ、私も。タイミングなくてー」

「オレも!」

「てめーは便乗すんな」


わいわいと騒ぐ声にうろたえる武本。

こういう囃したてるような雰囲気は、苦手だ。

小林先生に「元の位置に戻れ」と言われたはずのクラスメイトたちの視線が、またもこちらに集まっている。

思わず涙目になってしまって、俯く。

するとあろうことか、七緒はしゃがんで顔を覗き込んできた。おまけに手まで握られている。


「別に、変な意味じゃないんだ。ただ、友達が欲しくて―――」


彼が何やら言っているようだが、聞こえない。周りが驚いたようにざわめくのも、武本には聞こえなかった。


七緒としては、小さい子と話すときの感覚でしゃがんでしまっただけなのだが、うっかり彼女の体の横にあった手をとってしまった。構図としては、子供に何か言い聞かせる時の親のような感じで。

しかし傍から見れば、高校生男女。囃したてていたクラスメイトたちがちょっと引くくらいに、恋人、もしくは交際を申し出る男子と、恥ずかしくて受け入れられない女子にしか見えなかった。

武本は、こんな状況(?)に陥るのは初めてなので、ぶわりと赤面する。

早く手を離して欲しくて、というかこの場から逃げ出したくて、ぶんぶんと首を縦に振った。


「わあい、ホントぉ? じゃあ、おれのこともナナって…………あれ?」


顔を綻ばせて立ち上がった七緒は、ようやく、辺りの妙な空気に気がつく。


「えっ、何? なんでみんなこっち見てるのー?」

「…ナナ、お前……」


栄人が呆れたように呟き、その肩に圭介が手を置く。彼らの表情は、「知ってたよ、知ってたけど」と言っていた。


―――ナナの天然は知ってたよ

―――ああ、知ってたけども


目で会話出来ちゃった2人は、同時にため息をついた。


「え、なんなの? なんか変なコトした? 何!?」


生温かい視線の集中砲火に、少年はただ戸惑うしかなかったそうな(しかし一番戸惑っていたのは、このやり取りの間も手を握られ続けた武本である)。



転校3日目にして、クラスメイト全員に、「天然ボケ・天然タラシ」という評価で受け入れられた七緒だった。




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