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23、2人組になりましょう



「ところで武本ぉ、お前、保健委員だったよなあ?」


唐突に栄人が声をあげたからか、教室の中からドサドサッと色々落ちる音がした。


「へっ!? そうですけど!」


武本の慌てた声に、七緒は顔をしかめる。


「着替えてる時に話しかけるなよ…」


ぼそりと言うと、圭介が「えっ」という顔をした。

当の栄人は聞こえなかったようで、ひとり、悪い笑みを浮かべる。


「俺、先に行くわ」

「え、ひでえハチ」

「最後まできけよ」


先に校庭へでて、小林先生に「3人が保健室へ行ったから遅れてる」と言っておくのだと説明した。


「ナナが腹痛かなんかで、武本が保健委員として付き添い、っていう設定にするわ。そしたら怒られねえだろ。伝言に走った俺もな」

「え、オレは?」

「圭介は…ナナを支えてたとかそんなんでいんじゃね」

「オレに対して適当な気もするが、そういうことにしておくか」


圭介と七緒が頷くと、栄人は「じゃ」と言って駆けだした。

時代劇なんかでよくある、「お主も悪よのう」「いえいえ、お代官様程では…」のシチュエーションだ。


「ハチって悪知恵あるねえ」

「オレもそう思うよ」


これからお代官様と呼ぼう、と、2人はしみじみと思ったのだった。



そして一分ほどすると、武本が「終わりましたっ」とドアを開けた。

髪はボサボサで、Tシャツがきちんとズボンに入っていない。余程急いだのだろう。


「まあ、おれは一応病人ってことになってるから、フツーに歩いていこうか」

「武本ちゃん、さっきの聞こえてたよな?」


圭介の問いに、武本は頷く。「ありがとうございました」と言う彼女に、圭介は笑った。


「なんで敬語! 武本ちゃん可愛いわー」

「そういうこというのやめろ、困るだろ」


いつになく男らしい七緒の冷たい言葉に、圭介は武本を覗き込んだ。

彼女はどう返したらいいかわからず、眉を八の字にしていた。


「(……ナナって、女の子限定で男らしいんだな…)」


さっきから妙に武本ばっかり庇ってるしなあ、と思いつつ、そこをからかうのも面白いかとばかりに声を高くした。


「きゃーごめん。別にナンパじゃないから安心して。オレ本気よ」

「だーからぁ!」


そういうおふざけすんなっ、と小突かれ、圭介は舌を出す。


「ところで武本さん、下の名前で呼んでいい?」


思い出したようにそう言う七緒に、武本ばかりか、圭介も目を丸くした。


「ぅおいっ!! おまっ…オレにナンパすんなとか言っといて自分は…!」

「ちがうもん。友達になりたいだけだもん」


そうこうしているうちに昇降口に辿り着き、武本はほっとしたように下駄箱に飛びついた。


「(こういう会話の間に入るって嫌だなあ…テンションついていけないもの)」


七緒は経験上、武本が何を考えているかわかって、ちょっと申し訳なくなる。


「(でも何も話さないのもおかしいしさー…正直女の子の友達欲しい)」


銀杏寮では、右を見ても左を見ても男の子ばっかりだもんなぁ、と、今更ながら思うのだった。



校庭に出ると、刈り上げ頭の教師が振り返り、大丈夫かと問いかけてきた。

七緒が転校して来たばかりなのもあってか、その声は優しかった。


「腹痛だって?」

「はい、大丈夫ですケンドー先生……あっ」


座り込んでいたクラスメイトたちが、どっと笑い、先生のこめかみに青筋が走る。栄人が薄情にも一際大笑いしていた。


―――それは生徒間でのあだ名だって、言ってたっけ…!


「大丈夫でーす、ナナくんはもう全部出し切りましたあ!」


先生が何か言う前に、圭介がそう叫び、2人とも引っ張って列の後ろにしゃがみこむ。

ナイスフォロー、と思った後に、「出し切りました」の意味に気がついた。

「(小学生の下ネタじゃない!)」

憤慨する七緒が顔を上げると、妙に良い笑顔な小林先生が、まだこちらを見ていることを知った。


「……誰が言ったのか知らんが、俺は小林だ。いいな、戸塚」


猫なで声を出す小林先生に、七緒は一生懸命頷いてみせたそうな。




「えー、じゃあ2人組作って準備運動とパス練しろー」


間隔空けて、突き指とかしないようになーなんて指示する小林先生を、武本は恨めしい目で見つめた。


「(2人組だって! 勘弁して欲しいなあ)」


このクラスの女子は5人だ。つまり奇数であり、2人組となると当然1人余る。

その1人が、彼女なのだった。


「(みんな優しいから、入れてくれるけど……)」


3人組は何かとめんどくさい。会話についていけなくて居た堪れなくなるか、気遣われて逆に気まずくなるかである。

それに彼女は、自分の運動能力の低さをしっかり自覚していた。


「(足手まといになるの、嫌だなあ…)」



「じゃあ始めー」


小林先生のかけ声で、みんながざわざわと動き始める。

武本は縮こまって、女子2組のうちどちらかが声をかけてくれるのを待とうとした。

―――が。


「ねえ武本さん、おれと組まない」


隣に座ったままだった転校生にそう問われ、目を丸くした。

「えっ」と子をあげたのは武本だけでなく、七緒を誘うつもりだった栄人、そして、武本を誘うつもりだった女子・赤星と月野のペアもだった。


「ナナ、武本と組むの?」

「組める? って聞いてるトコ」

暗に「女子と組むのかよ」と問う栄人、その真意に気付かない七緒。


「武本、戸塚と組むの? 嫌ならハッキリ言ってこっちおいで」

「えっ、えっ……」

七緒が妙な思惑で彼女を誘っているのかと訝しむ赤星、間に挟まれて戸惑う武本。


さらに、「えっ、ナナっちが武本ちゃん誘ったー!」と何故か嬉しそうに騒ぐ圭介や、「なになに」「どしたの、集まって」ともうひと組の女子ペア・茜と藤崎まで寄ってきて、団子状態になった。


「ちょっとぉ、戸塚。武本困ってるじゃん。男子は男子同士で組んでよね」


赤星に指を突き付けられ、七緒は目をぱちくりさせた。

きゅっとまとめた茶色のポニーテール、きりりとした顔立ち。背も七緒と同じくらいで、睨まれるとなんだか妙に迫力がある。


「(ああそうか、赤星さん、女子ん中のまとめ役なんだ)」


七緒の想像通り、彼女、赤星あかほし ほのかは、1年3組女子の、リーダー的存在であった。

男子とも渡り合える(むしろ勝つ)その性格や、責任感のあるところが認められ、4月には満場一致で学級委員に推薦された。

さらに、所属するバスケ部では、スポーツ推薦でやってきた者にも負けず、かなり期待されているルーキーであり、入学テストでは学年(特進クラス除く)で3位という結果を叩きだした。

まさに文武両道のスーパーガールなのである。


奈々子時代の友達にもいたなあ、頼りっきりだったっけ、なんて懐かしくなり、同時に嬉しくなって、七緒はへらりと笑った。


「えーでもここ女子も男子も奇数でしょう」

「だったら双方の余りが組めば良いって? ばかじゃないの! 大体、男女じゃ体力とか色々違うでしょっ」


―――あ、グサッとくるグサッと。


こういうタイプに一貫して、「女子には優しく男子には厳しい」という共通点がある。

女の子だったときには頼もしかったお姉さんタイプは、厳しくされる男子側からしてみれば、ちょっと怖い存在なのだと思い知った。


「(美代ちゃんも男子には敬遠されてたなあ……ぐすん)」


昔の友人を思い出しながら、心がぼっきりと折られた七緒は、助けを求めるように栄人を振り返った、が。


「いやそれは俺も思うわ」

「四面楚歌!!」


だってそりゃそうだろ、という栄人に、既に折られた心が粉々に砕かれる。


「お、おれ、体力ないし…」

「だからってねぇ」


そこに、「まあまあまあまあ」と割って入ったのは、クラス一小柄な藤崎ふじさき 米子まいこだった。


「とりあえず準備運動しないとさぁ、ケンドーに睨まれるよ~。ほのちゃんもさあ、そんなにピリピリしないでさあ。武本ちゃんの意見聞いてないわけだしぃ」


彼女は、ちょっとぽっちゃりとしたタレ目の、のんびりした雰囲気の子で、たしか栄人のふたつ程前の席に座っている女の子だった。

彼女の持つその雰囲気と、独特の語尾の伸ばし方に、場の空気が和らぐ。

ほのちゃん、と子供のように呼ばれた赤星も、毒気を抜かれたらしく、軽くため息をついた。


「……そうね。ヨネの言うとおりだわ。武本、あんたはどうしたい?」


話を振られた武本は、困ったような顔をする。

否定された気がして、七緒は一瞬傷ついた。


―――まあ、そうか。わたし、今、男子だもんね。普通こうなるよね


でも、と思う。

いくら男子になったからといって、七緒には譲れないことがあった。



「おれ、ボール怖いのー! パスとか取れないし、相手まで届かないし! 武本さん、お願い。助けると思ってー!」


かなり本気の声音で叫んだ七緒に、辺りがぎょっとする。―――そんな、そんなことを暴露されましても、という感じだ。


「情けなっ! 理由情けなっ!」

「パスが取れないのもどうかと思うけど、届かないって何よ! どんだけ非力なの!」

「球技は特に苦手なんだもん…」


栄人と赤星に鋭く突っ込まれ、ふにゃー、と泣き声のような声をあげる七緒に、噴き出したのは藤崎と武本だった。


「えぇ~、戸塚くん面白いねぇ! 男の子と話してる感じしな~い」

「ふふっ、ふにゃーって…」


くすくす笑う女子を見て、圭介がぽかんと口をあける。


「…な、ナナのキャラが女子に受けてる…オレもキャラチェンジした方が良いかな」

「お前のガタイでやられたらキモいっつーの」

「そーね、あれはナナくんだから許されるキャラよね」


圭介と栄人、ついでに茜がボソボソ言う横で、武本が顔をあげた。

やっぱりまだ困ったような感じではあったが、その目は、きちんと七緒をとらえている。


「いいよ。戸塚くん、組みましょう」

「本当? ありがとう、武本さん!」


いいの? と目で問いかけてくる赤星に頷き、武本は続けた。


「私も、あまり運動神経良くないんだけど…」

「じゃあ、お互いさまってことだよ」


ふふ、と七緒が笑ってみせると、彼女も安心したように笑う。


「えーとこれは…一件落着?」


傍観していた赤星のペア、月野の苦笑しながらの言葉を皮切りに、同じく傍観していたクラスメイトたちが準備運動を始める。

どうやらかなり注目を集めていたらしい。



「戸塚。武本の嫌がることしたら、どうなるかわかってるわね?」

「しないよー」


一応、威嚇的なことをしてみた赤星だが。



「いだだだだだだごめん武本さっ…これ以上無理」

「いたたたたたたっ、ごめん、そっちにひっぱらないで!」



「……あいつら何やってんの?」と栄人は目を細め、

「柔軟じゃねえの? …多分だけど」と圭介も目を細め、

「固っ。2人とも身体固っ」と月野は声をあげ、藤崎も茜も苦笑する。



「……これは確かに、同レベルね…」


準備運動の時点で既に悲鳴をあげている2人を見て、お似合いだと思うより他なかった。





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