表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/108

2、性転換宣告


その日は、普通に始まって、普通に終わろうとしていた。




戸塚とつか 奈々子ななこは、いつものように学校へ行って、帰ってきて、夕飯を食べていた。




「おかわり!」


空になったお茶碗を差し出す娘に、母さんは顔をしかめた。


「もう三杯目よ? 明日体調悪くなったりしない?」


奈々子は、普段少食だ。食べ過ぎると翌日に影響がでるタイプなので、セーブしている。


「大丈夫、明日っからゴールデンウイークだし。気分悪くなったら寝てればいいんだもん」


それに、今日はとりの唐揚げにほうれん草のバター炒め。彼女の大好物ばかりである。

母さんは苦笑しながらもご飯をつけてくれて、ほくほく顔でそれを受け取る。すると、横から思わぬ一撃が放たれた。


「奈々子、肉ばっか食ってるから太るんだよ」


ぐさり。


―――……おい、弟よ。

―――今のは刺さったぞ。


「たーかーあーきー…女の子にそういうこと言う? フツー。ていうかほうれん草もちゃんと食べてるよ!」

「炭水化物に肉にバターという名の脂肪分…その中でどれほどほうれん草が自己主張できると思うかね」

「うるさいなあもう! せっかく気兼ねなく食べられるんだからほっといてよー」


奈々子の弟、孝明たかあきは、ただいま生意気盛りの中学3年生だ。

孝明は、姉と違って体育会系である。バスケ部の部長で、視力も良いし、頭もどちらかと言えば良い。

精悍な顔立ちで、「かっこいいけど近づきにくい」というなんだかオイシイ印象を与える。

そのイメージを守るためか、学校では「寡黙」という猫を被っているようだが、その実態は、生意気で子供っぽい、普通の中学生だ。


一方、姉の奈々子は、大体なにをやっても平均の、ごくごく平凡な高校1年生だ。

父似の彼女は、母似の弟より穏やかな顔立ちである。

そのため、一見控えめな印象を受けるが、その性格は「控えめ」とは程遠く、どちらかといえばインドア派というだけで、割と行動的だ。

かといって、皆を引っ張っていくタイプではなく、おっとりとしつつ、やることはやる性格である。


二人は似ていない割に、いや、だからこそなのかもしれないけど、仲が良かった。

性別も、得意分野も異なっていて、お互いの足りない場所を支え合っていたのだ。

小学校までは、ご近所でも仲良し姉弟だと有名だったらしいが、孝明は中学に入ってから、なんとなく変わってしまった。

「おねえちゃん」と呼ぶのをやめ、「奈々子」と呼び捨てするようになった。

おおっぴらに仲良くしているのが恥ずかしくなったようで、学校ではほとんど話さなくなった。

家でも軽口を叩き合うくらい。前みたく、一緒に遊ぶことはなくなった。


奈々子は、それがちょっと寂しかったりする。


「ごちそうさまでしたー。あー久しぶりに食った食ったぁ」

「オヤジか! 奈々子、ほんとにそれで女子校でやってけてんの? おかわり」

「孝明こそ何杯目よ。ていうかあんたの受験のが心配だしねー」

「俺は朝高余裕だから」

「むかつく…」


朝高とは、都立朝日ヶ丘第一高等学校のことだ。

奈々子はそこを受けて見事に落ちている。



―――やっぱり、ちっともさみしくありません。





「あー、本当久しぶりにたくさん食べたなぁ…明日はまじで何も出来ないかも」


ため息とあくびが混ざったような声を出して、奈々子は自分の部屋に入った。

……が。、


ぱん。


開けた障子をそのまま閉める。


―――あれ? ここって…ここって、わたしの部屋だよ…ね?

―――でも今、2人分の影がゴソゴソしていたような、気が。


部屋の前で呆然としていると、孝明が「何してんの」と怪訝な顔で話しかけてきた。


「あ、孝明、今何か部屋に…」


そのとき。

障子がひとりでに―――いや、内側から、すすすっと開けられた。


「おい、さっさと入れ」


覗いたのは、漆黒の髪に赤い瞳。

そして、驚く程白い腕が伸びてきて、奈々子の腕を掴む。ひんやりとした、感触だった。


「え、何―――」

「おい、ちょ―――」


意外にも強い力に、奈々子はただ引っ張られるしかなかった。

反対の腕に、孝明がとっさにすがりついたのがわかったが、弟ごと部屋に引き込まれた。



2人が入った途端、今度こそひとりでに障子が閉まる。


「げ、男の方までついてきやがった」

「君の責任ですよ。あんな乱暴なことして…」


明るい廊下にいたものだから、まだ目がなれない。

最初の尖った声は、2人を引っ張り込んだ、黒髪の少年だ。

次の声は、いくらか柔らかくて、そして心配そうな様子だった。


「…何、泥棒…?」


孝明が、姉の手を強く握って、一歩前にでる。


「お前ら、誰? なんでここにいんの?」


姉弟が、叫んだりして助けを呼ばない理由は、目の前にいる2人が、まだ中学生くらいにしか見えないからだった。少年の声も決して低くはなく、どちらの背丈も自分たちより低い。

なんにしても、暗いままじゃ話にならない。そう思った菜々子は、手探りで電気のスイッチを探り当てた。

手を伸ばして電気をつける前に、目を閉じておく。そうすれば、いきなり明るくなっても、眩しくないと思ったからだ。


「わっ」


孝明はいきなり明かりがついたことに驚いたらしく、小さく声をあげる。

奈々子は、目を開けた。


「はじめまして、戸塚奈々子さん」

「まぶしっ! つけるなら一言言えっ」


奈々子の目に飛び込んできたのは、金髪青眼の少女と、黒髪赤目の少年だった。

金髪は、ふわふわとしたショートカット、黒髪はなんと、つやつやの腰まであるストレートだ。

どちらも孝明より年下に見え、それぞれに魅力のある見た目だった。


―――どうしよう、よくわからない状況だけど、とにかくこの子ら、


「可愛い…!」

「ちょっと姉ちゃん!」


目ぇハートにしてる場合じゃねえし、と突っ込まれてハッとなる。


「そ、そうだった。えーと、迷子かな?」

「なんでっ!? なんでそーなんの!? 不法侵入だろ! ってか姉ちゃんの名前知ってたし! なんで

それで迷子という結論がでるんデスカ!」


「え? 名前?」


ああ駄目だ聞いてなかったんだこのひと、という冷たい視線を受け流す。


―――仕方ないじゃんか、目の前にものすごいかわいこちゃんとイケメン君がいるんだから。


奈々子は、年下が大好きだ。

こんなふうに書けば変に誤解されそうだが、つまりは母性本能をくすぐられるということらしい。恋愛とはちょっと違う。

赤ちゃんから孝明の年齢まで、年下ならなんでもいい。とにかく年下は可愛い、という嗜好の持ち主だったりした。


「おい…こいつ大丈夫かよ、本当に」


黒髪が、金髪に話しかけた。

そういう生意気な物言いも、年下ってだけで許せちゃうらしい奈々子は、しまりのない顔で2人に目線を合わせる。


「えと、で? 君たちはどちら様?」


2人は顔を見合わせると、驚いたことに膝をついた。まるで、物語にでてくる騎士のように。




「申し遅れました。私たちは天界からやってまいりました。


戸塚奈々子さん、あなたの性別を変えに」



―――……どゆこと?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ