閑話
「どうだったー」
食堂に戻ると、おっかさんの他にも、葵と雪弥がまだ残っていた。
「見て下さい、完食ですー」
綺麗になった茶碗を見せる七緒は、そのまま食卓についた。
「どう? って聞いたら「普通」って言ってもらいました。あと、お粥初めて食べるーみたいなこともちょっと言ってました。あと、人が食ってる時に喋んなってのと、人の部屋じろじろ見るなーって」
嬉しそうに報告する七緒。なんだか周りに花が散って見えるなあ、と雪弥は苦笑した。
「ほんと? 良かった、ナナちゃんとは割と喋れるのかな」
おっかさんがほっとしたように息をつく。その隣で、葵も微笑を浮かべた。
もう入寮から一カ月近く経つのに、全く馴染もうとしないラファエルを、彼も心配していたのだ。
「じゃあ食器洗ってくるよ」
「あ、手伝います」
「ううん、あとこれだけだからいいよ。座ってなさい」
立ち上がりかけた七緒を制し、おっかさんは台所へ入って行った。
「シュタイネルって苗字なのか名前なのかわかんなくてー、どっち、って聞いたら、そんなのもわかんねえのか的な顔されちゃいました」
そう七緒が言うと、おっかさんが顔だけ出入り口から出して、説明してくれた。
「ご両親がドイツの方なんだよ。まあ、生まれも育ちも日本らしいんだけど。可愛い子だろ」
「ですねー。おれより小柄でしたよう。美人だし」
葵は、お花畑組(葵の中で、この2人は頭がお花畑なのだ、という認識だったりする)のシュタイネルの評価に呆れて、忠告した。
「おっかさんもナナも、可愛いとか美人とか…あいつも男なんだからさあ、可愛いとか言うと絶対怒るぜ?」
すでにおっかさんは顔を引っ込めているので、七緒に向き直る。
一見「かわいこちゃん」なシュタイネルは、けれど、怒らせるととても怖いのだと言い募ろうとした、とき。
「オレあいつ割とタイプなんだよねー、見た目…痛っ」
黙っていた雪弥が、いつものにやにや顔で割り込んできた。
葵が無言で蹴飛ばすと、恨めしげに口を尖らせる。
「見た目はねって話だよ! シュタイネルって毒舌じゃないすか、オレ、初日に結構酷いこと言われたんすよ。絶対零度の瞳で睨まれてぇ」
「それはお前が初対面でナンパするからだろ! あの時周りにいた1年、どん引きしてたかんな」
第一印象がそんなだったので、1年生たちは割とあっさり「バイだけど、よろ!」なんて挨拶する雪弥を受け入れていたのだが。
「そういや、おれ、アオさんの言ってた「ばい」ってのが未だにわからないんですけど」
ぽつりと七緒がそんなことを言ったので、葵はぎょっとした。
「えっ?」
葵だけでなく雪弥も目を見開いて、驚いた顔になる。
驚かれて、逆に七緒も驚く。
「ええ? なんですか?」
「いや……ナナちゃん、キミもう…」
「うーんと…」
脱力しきる葵と雪弥は、顔を見合わせて噴き出した。
「天然コエー」
「まじコエー」
「えー? なんですかったらぁ! なんで笑ってんですか?」
「ホモならわかる?」
「あれでしょ、理科で習う、ホモ接合体? とかなんとか……だからなんで笑うんですか!?」
「別に知らなくても生きていけるよ」
「あ、クラスメイトとか、友達とかに無暗に聞くなよ? 「え、何コイツ」って思われるから」
「えーーっ?」
気になるなあ、なんて文句を言う七緒は、密かに、部屋に戻ったら辞書で調べてみよう、と思った。
―――結局、その後の出来事によって、辞書を開くのは忘れてしまったが。