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18、保健室での出会い

一日が、終わった。



「(わあー、転校初日クリアーーッ! 友達できた! いける! これはいける!)」


七緒は、勢いよく保健室の扉に手をかけた。ここまで迷わずに来られたことも、彼に自信をつけている。

今日の学校での失敗と言えば、6限目の終わりに紙で指を切ったことくらいだった。その治療のために、彼は放課後にわざわざここまで来たのだ。


「(…ああ、懐かしい)」


扉を開けた途端思わずそう感じてしまう程、そこの匂いは中学と似通っていた。


「(先生…は、いないみたいだ)」


返事がないと見てとると、七緒は一番近い棚を覗き込む。

困ったことに絆創膏は空箱しかなく、このまま我慢するしかないということになった。


「(気になるんだよなぁ、地味に痛いし…あ、消毒だけでもしとこ)」


「あらっ」


消毒液に手を伸ばしたとき、背後から声をかけられた。

振り向くと、白衣を着た白髪頭の女性が立っている。


「あらあら、怪我しちゃった? 見ない顔ねえ、何年生?」

「あ、おれ、転校してきたばっかで…一年の戸塚七緒です」

「そうなの。私は保健室の大場おおば こずえ。みんなからはおばあちゃん先生なんて呼ばれてるのよー」


大場先生は、のんびりした口調と反対に、ものすごい早さで七緒の手をとり、消毒をした。


「あ、絆創膏なくて…」

「あらー、切らしちゃってたのね。まってね、先生のポッケに入ってるから」


そう言って、白衣のポケットから絆創膏を取り出す。

そういえば、消毒の際に使ったクシャクシャのティッシュも、そのポケットから出てきた。


「こういう、ちいちゃい怪我って、何故だか気にしだすと止まらないのよねえ、わかるわー。あら、七緒くん、お荷物は?」


保健室は、一階にある。クラス教室は二階より上なので、もう放課後なのに、何故ついでに荷物を持って来なかったのかという意味だ。


「あ、おれ、一回我慢して寮に帰ったんです。絆創膏くらい誰か持ってると思ったんですけど、どうやら全滅で」


運動部が多い場所だから絆創膏くらい当然あると思っていたのだが、逆に、そういうものは部活の救急箱で事足りてしまうらしい。湿布は大量にあったが。

頼みの綱のおっかさんにも、困ったように「セロテープじゃだめ?」と苦笑いされたのだ。


「男所帯だからって、絆創膏のひとつもないのは問題ですよね」

「ふふっ、そうね。でもしっかり者の七緒くんが来てくれたから安心だわ。近いうちに寮用の救急箱作ってあげる」

「ありがとうございます! じゃあ、おれ取りに来ますね!」

「保管も頼みたいわね。賢ちゃんはしっかりしてるけど、おっちょこちょいだから」


どうやら彼女は、おっかさんの学生時代も知っているらしい。まあ、たかが7,8年の差だから、当たり前かもしれない。


「じゃ、失礼します」

「あ、待って」


しばらく談笑した後、礼を言って出て行こうとすると、大場先生は慌てて七緒を止めた。

「いけない、忘れるところだった。

 七緒くん、寮生なのよね。今、寮の子が眠っているのだけど、一緒に連れ帰ってくれないかしら」

「え?」


言われてみれば、3つあるらしいベッドの内、ひとつがカーテンで仕切られている。


「起こしてくるわ」

「あ、わたし…じゃない、おれ、そのひとの荷物取ってきます。何年の誰ですか?」

「一年生のシュタイネルくんよ。でも大丈夫、荷物ならクラスの子が届けてくれたから」


しゅたいねる? と首を傾げた七緒は、カーテンが開けられた瞬間、あっと声をあげた。


そこで眠っていたのは、紛れもなく、一昨日風呂場で見かけた、あの男の子だった。




「シュタイネルくん。起きて、もう放課後よ」


縁があるのかなんなのか、と思いつつなかなか起きない少年の整った顔を見つめる。


「(長いことおばあちゃん先生と話してたのに。そんなに寝不足なのかな)」

「シュタイネルくん、」


ゆっくりと、長い睫が持ち上がった。

現れたのは、深い緑色。

見とれていたら、ばちっと目があった。途端に、驚いたように見開かれる。


「……先生。なんで、こいつが」


どうやら七緒を見て完全に覚醒したらしく、不機嫌な声で少年は言った。

彼に、「こいつ」呼ばわりされる覚えはない。一度しか会ったことがないし、それさえ一瞬だった。


―――わたし、この子に嫌われてんの? なんで?


「同じ寮の子でしょう? あなたを連れ帰ってもらおうと思って。とっくに放課後よ」

「いらないよっ、そんなの」


シュタイネルは噛みつくように言う。大場先生は、それにも全く動じない。


「だめ。3時間目からずっと寝てたあなたには、そんな我が儘は言わせないわ」

「3時間目からって…寝不足なの?」


呟いた七緒を睨んではみるが、すぐにそれは驚かれて当然だと気づいた。


「(4時間近く寝てたのか……自分でも驚くけど、4時間放置してたおばあちゃん先生って…)」


七緒もほぼ同じように考えていて、自然と視線が大場先生に集まる。

大場先生はそれをもろともせず、上品に笑った。


「あんまりぐっすり寝てたからね、気がひけて。ほら、放課後だから起きなさいな」

「…はい」


頷いて、シュタイネルは立ち上がるが、ふらふらと足取りが危なっかしい。


「わ、危ない。貧血?」


柱にぶつかりそうになった彼の腕を七緒が支えると、睨まれた。


「おんぶしていこうか?」

「いらねえ、一人で帰れる」


わあ即答、と七緒がダメージを負う。

しかし、どうにも彼がふらふらふらふらし続けるので、大場先生が見かねて言った。


「シュタイネルくん、ナナちゃんに支えてもらいなさい」

「でも俺、」

「支えてもらいなさい」


大場先生は、強い。

いかにもしぶしぶ、といった風に、シュタイネルは七緒から差し出された手を取る。

彼の手は、細くて、冷たかった。


「じゃあおばあちゃん先生、さようなら」

「…ありがとうございました…」

「さようならー、ちゃあんとシュタイネルくんを見張っててねー」



シュタイネルは保健室を出ると、ずんずん先に歩き出した。


「あっ、ちょっと、だめだよ。もう少しゆっくり歩こう?」

「うるせーな。もういい、一人で行ける」


前を行くシュタイネルの腕を、七緒は強めに掴む。

ぎろりと睨まれたが、七緒は怯まずに言った。

「なあ。寮の部屋までは、絶対おれが一緒にいく。だからさ、どうせなら支えたっていいでしょ?

 貧血かなんか知らんけど、怖いんだよ。そういうのが大病のもとなんだよ」


真剣な顔でまくしたてる少年に根負けして、シュタイネルは腕の力を抜いた。

七緒はほっと息をつくと彼の腕を放す。


「えっとね、おれ、戸塚七緒っていうんだ。405に入ったの」

「……シュタイネル。404」


お互い、名前と部屋番号を言い合う。

一昨日の夕食時にわかったことだが、寮生同士の自己紹介では、部屋番号を言うのが礼儀らしい。


「404? じゃ、戸野橋くんと同じなんだ。てかお隣さんじゃんか。仲良くしてね」


笑いかけるも、無視。ものすごく冷めた目で睨まれる。


「……喋れない程、体調が悪いって解釈していい?」

「ご勝手に…」


しょぼん、とした七緒に、ふらりとシュタイネルが寄りかかった。


「大丈夫? やっぱりシュタイネルくん、貧血だよ。顔青い……」

「るさい…」


言い返すシュタイネルの声には、力がない。

見かねた七緒は、彼の前にしゃがむと、背中を向けた。


「…なんの真似だ」

「おんぶだよ、おんぶ。シュタイネルくん、寮の部屋まで、おれの背中ね」


シュタイネルは七緒よりもいくらか小柄だ。ゆっくり行けばなんとかなるだろう。

しかし、シュタイネルはおぶわれるつもりはさらさらないようだった。


「ふざけんな! もうあっち行けよ、俺一人で帰る」

「心配なんだよ。おれがおぶった方が絶対いい」

「心配なんかしてないくせに!」


言ってから、シュタイネルははっとなった。


この言葉は、目の前の少年に言いたかった言葉ではない。


しかしひっこみもつかず、驚いた表情の七緒を睨みつけた。


「……」

「……わかった」


諦めたように七緒がそう言ったので、シュタイネルは、一瞬油断した。


「うわっ」


次の瞬間、さりげない手つきで足元を掬われて、シュタイネルは情けない悲鳴をあげる。

ぽすんと七緒の胸に収まった少年は唖然とつつも、今の状態は…と考えた。


俗に言う、お姫様抱っこである。


「よっし、これでオッケー」

「オッケーじゃねえ!」


自分が同級生にお姫様抱っこされている図は、さぞかし間抜けだろう。

ずんずん進み始めた七緒に、シュタイネルは慌てた。抵抗しようにも力が入らない。

今いる廊下は人がいないが、角を曲がれば昇降口に繋がる廊下にでる。


「(こんな格好人に見られたら…!)

 戸塚! おろせ! おろしてくれ!」


半ば懇願するように叫ぶと、七緒は笑顔で問いかけてきた。


「おんぶと、これ。どっちが良い?」




七緒がだんだん、黒いというか、男らしくなっていっている気がします…

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