閑話
「ナナちゃん、ブレザー似合うな」
雪弥に褒められ、七緒は頭を掻いた。昨日の昼頃、教科書と一緒に制服も届いていたのだ。
朝食を終えた七緒らは、出る時間までのんびりと過ごしていた。
朝練のあるテニス部やバスケ部の面々は既にいないので、食堂のテレビで朝の15分ドラマなんて見ていたりした。
「学ランは似合わなそうだけど」
「えーっ、学ラン似合わない人なんていませんよお」
そんな話をしつつ、七緒は赤いネクタイをポケットから取り出す。
「ナオー、ネクタイの結び方わかんないんだけど」
「あいつトイレいったよ」
「戸野橋くーん」
「トノは日直らしくてもう出たよ」
「岩平くーん…秋川くーん…」
「あいつらはまだ部屋じゃね?」
「おっかさーん」
「食器洗ってんぞ」
「アオさーん」
「アオさん一回部屋戻ったみたいだけど」
「……じゃあ、ゆーきゃん先輩。結び方教えてもらいます?」
「えっらい遠回りしたね! オレ目の前にいるのにね! 消去法あからさますぎんだろ!」
思いきりつっこみながら、雪弥もネクタイを取り出した。
「あれ、先輩のネクタイ緑なんだ」
「2年は緑、3年は青なの。どの学年も、自分トコの色が一番ダサいって言ってる」
そう説明しながら、するするとネクタイを結んでみせる。慣れた手つきだ。
「オレ初等部からここだもん。ま、ネクタイは中等部からだけど」
「そうなんですかーっていうか、無理ですよ。そんっなに素早く結ばないで下さい」
しかし、ゆっくりと結び直そうとした雪弥は、首を傾げた。
「れ? わからん」
「はあ?」
「リズムが大事なんだよな、こういうの。あのスピードが癖になってるから…めんどいわあ、もうオレが結んでやるよ。貸せ」
後輩のネクタイをひったくると、その首にかける。七緒は一瞬体を引いた。
「動くなよ」
「首、締めないで下さいね」
「……ナナちゃんはオレに対してちょっと酷くねえ? はい、ちょっと上向いてー」
「ん」
くい、と上を向くと、がっつり目が合った。
なんとなく気恥ずかしい状態だと気がついて、慌てて目をそらす。
「え、なにその反応。このままキスぐらいしても許される雰囲気?」
「どんな!? どんな雰囲気醸し出してますか、おれ! もう、こちょばいのでさっさとして下さい」
いや上目遣いで睨まれても逆効果だわあ、なんて言いながら、七緒のネクタイをいじる。
…が。
「あ、これ無理だわ」
「はああ?」
「だって逆じゃんか、自分の結ぶのと」
「じゃ、後ろ向きます」
え、と雪弥が聞きかえすよりはやく、七緒は背をむけた。
「これなら同じ向きでしょう?」
「や、まあそうなんだけどね。……抱きしめる形になるんだがなあ」
「!!」
そこまで思い至らなかったらしい七緒は、勢いよく振り向いた。
直哉とは割とスキンシップしてる気もするが、こうして改めて言われると、妙に意識してしまう。
赤面した後輩を見て、雪弥はにやりと笑った。
「やっぱりいいです! 覚えるんで教えてください!」
「いやいやいや、そんな反応されるとやりたくなる」
雪弥はそう言って、体ごと振り向かれる前に肩を掴み、固定した。とことん天の邪鬼な性質である。
「いじめっこー!」
「そうだよ、知らなかった?」
「うわーーん!」
「動くなよ、もやしっ子」
「セクハラーーっ」
おっかさんが食堂に戻ると、耳を赤くした七緒と、肩を震わせる雪弥が、微妙な距離で座っていた。
「あ、ナナちゃん、さっき呼んだ? ネクタイだっけ?」
「おっかさん遅いー!」
「え? なんで俺怒られてんの?」
既にネクタイを結ばれた七緒の、子供っぽい怒鳴り声が響いたそうな。
寮を出発する10分くらい前の話。