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15、レッツ登校



さて、色々あったゴールデンウィークも終わり、ついに学校が始まる日となった。

七緒は、朝から緊張のあまり失敗しっぱなしである。


「ナナちゃん、今日はもういいよ」


おっかさんは怒るでも呆れるでもなく、七緒が割った皿を片づけて言った。


「ご、ごめんなさい…」

「いいんだよ、転校初日なんて緊張するに決まってるんだから」


心なしか青い顔の七緒の肩を、優しく叩く。


「意外だな、ナナちゃんは一昨日、全然緊張してるように見えなかったけど」


皿並べを手伝っている葵が、からかうように言った。


「もう吐きそうなくらい緊張してましたよ! でも、最初に会ったおっかさんが…このおばちゃんルックで……しかもナオは部屋きったないし……夕飯ときはゆーきゃん先輩にちょっかいだされるしで……緊張をあらわす暇がなかったんです」

「よしよし、良い子良い子。座って待ってろよ」


ぐりぐりと頭を撫でられて、七緒はしぶしぶ言うことを聞いた。



雪弥が制服に着替えて降りていくと、既に朝食は出来あがっていた。

葵とおっかさん、それに七緒と戸野橋が席についている。


「そう緊張すんなって、ナナちゃん。一年のまだ半分は学校に慣れてないんだから」

「うん…戸野橋くん、おれの卵焼きあげる」

「おいおい、大丈夫かよ、ナナ。職員室まで一緒に行こうか?」

「ナオがついてきてくれるって」


まあ過保護にされちゃって、と雪弥は思わず苦笑した。


「(わかるけどね、あの子色々弱そうだし…)」



「あっ、ゆーきゃん先輩」


戸野橋に気付かれたので、そのまま食卓につく。


「何、ナナちゃん緊張しちゃってんの?」

「アオさん! ゆーきゃん先輩がいじめます!」

「まだいじめてないじゃん」

「笑顔全開で何を言うんですか!? つーか「まだ」って! いじめる気満々じゃないですか!」


青くなったり赤くなったり忙しい子だ、と思いながら、彼の皿の鮭をとってやる。


「食欲がないなら無理に食わなくていいんじゃね? どうせ昼になったらめいっぱい食えるようになってるよ」


七緒も、そして戸野橋も、ぽかんと口を開けた。おっかさんと葵は、それを見てにやにやと笑う。


「……なんだよ、一年」

「いや…ゆーきゃん先輩って優しいこと言えるんスね…微妙だったけど」

「ゆーきゃん先輩も人を気遣えるんですね…微妙だったけど」

「お前ら人をなんだと!」

「えー、何騒いでンのー?」


シャワーを浴びてきた直哉も加わり、結局いつも通り騒がしい朝食だったそうな。



「失礼しまーす!」

「失礼します……」


職員室は、朝の会議が終わったばかりらしく、職員が集まっていた。


「1年3組に入るうちの寮生、連れてきましたー」

「ああ、戸塚くんね」


二人に声をかけたのは、初日に挨拶をした、人のよさそうな校長先生だった。


「渡辺くん、ありがとうねえ。えーっと、1年3組は……そうそう、緒方先生、緒方せんせーい」


どの職員も、部屋からでようと七緒たちの方へ向ってきたため、誰が「緒方先生」なのかはすぐにわからない。

校長先生は七緒と大して変わらない背だったが、彼が背を向けると思わず後頭部を見てしまった。

真っ白な頭にしては、ちっとも禿げていない。真正面から見ても、髪の生え際が後退している様子はなかった。


「(おいくつなんだろう……って何考えてんの、わたし!)」


噴き出しそうになった七緒は、直哉に肘で小突かれた。


「何変な顔してんだよ、恥ずかしいな」

「いや、校長先生はおいくつなのかしらって。ナオの名前ちゃんと覚えてるのすごいなって」

「緊張してたんじゃないのかよ」

「してるよ! 緊張しすぎで思考回路がショート寸前!」

「ああいたいた、緒方先生」


小声でのやりとりをやめ、七緒は背筋を伸ばす。

校長先生の隣に立ったのは、中年の男性教師だった。

白衣を着ているからには、理科の担当なのだろうか。ぼさぼさの黒髪に、無精ひげ。揚句、足元は履き古した健康サンダルだった。


「(……かっこよい先生では、ない、な)」


「緒方先生、今日からあなたのクラスに入る、戸塚くんですよ」


ああ、という表情で、緒方先生は七緒を見やる。直哉が不思議そうに声をあげた。


「緒方先生、まだナナと会ってなかったの? 初日に挨拶したんじゃないの?」

「初日って、昨日か一昨日だろ。その頃俺、バスケ部の合宿の引率でいなかったもん」

「…バスケ部の顧問じゃないのに? 芦川先生でしょ、バスケ部」


「この前賭けで芦川に負けた。パシリとしてついてくことになった」


「…………」

「…………」


直哉も、もちろん七緒も、声が出ない。

いいのか。それを生徒に、しかも校長の目の前で言ってしまって、いいのか。

校長先生は、ふふふと笑った。


「緒方先生は七並べ弱いですからねぇ」


―――まさか校長先生も参加してたんじゃ、


二人ともそう思ったが、声にはださなかった。


「じゃあ緒方先生、戸塚くんを頼みますよ」

「らじゃ。ほれ、じゃあ戸塚、こっち来い」


校長先生が立ち去ると、緒方先生は自分の机まで七緒を通した。

七緒の後ろについてきた直哉を見て、しっしと手を振ってみせる。


「お前はいいよ、渡辺。ここまでつれてきてくれてサンキュ」

「すっげえ投げやり……ナナ、このおっさんに虐められたら言えよ?」

「虐めるかっつの。さっさと教室戻れ、HR始まっちまうぞ」


不満げな表情をしつつ、直哉はルームメイトを安心させるように一瞬だけ手を握った。


「じゃあ、昼休み3組に行くから。たくましく生きろよ!」


どんな励ましだ、と緒方先生は去っていく直哉につっこんだ。


「えーっと、戸塚、七緒…ね」

「はい」

「この前はいなくて悪かったな、俺があんたの担任の緒方だ。担当は理科で…だからなんで俺が文系クラス頼まれたかわかんないんだけど」


ふ、と緒方先生は唇をゆがめた。七緒は一瞬後に、笑ったのだと気がついた。


「渡辺とルームメイト?」

「あ、はい」

「うるさいだろ、あいつ」

「はい…あっ、でもっ、すっごく親切にしてくれてっ。お昼も学校ん中案内してくれるって」


そうか、と言って渡されたのは、プリントだった。


「教室まで運ぶの手伝って」


そう言って、緒方先生は出席簿だけを持って立ちあがった。


「……はいっ」


この人なりに緊張をほぐそうとしてくれたのだとわかって、七緒はこのぼさぼさ頭の中年教師がいっぺんに好きになった。




「っていうか、正直、男かよーっていうね」

「え?」


廊下を歩きながら、織田先生は笑った。


「ここ、8年前まで男子校だったから、女子より男子のが圧倒的に多いんだよ、今でも」

「そうなんですか」

「しかも、今年の1年は、ここ5年くらいの間で一番不作。女子生徒、めちゃくちゃ少ない。

だって3組うちのクラス、23人中、女子はたったの5人だぜ。で、さらに男が増えんのかっていう」


七緒は、寮に置いてきたロウに向けて、強く強く、心の中で叫んだ。



―――そんなの、聞いてなーーーいっ!






「へっくしゅ……」


銀杏寮405号室。誰もいないのをいいことに、少年の姿で寛いでいた天使は、くしゃみをひとつしたそうな。




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