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14、おひるごはん



「てられってってってって、てられってってってってー」


おっかさんが鼻歌を歌い始めて、しかもそれが3分クッキングのテーマだったもんで、七緒は噴き出した。


「やめてくださいよ、笑っちゃうじゃないですかあ!」

「えっ、せっかく料理中だしさ」

「ちょいちょい音程外してますしね」

「まじで? うそー、どこが?」


きゃいきゃい騒ぎながら台所に立つルームメイトと寮の管理人の背中を眺め、直哉は呟く。


「アレだね、おっかさんとナナは波長が合うね」


隣で同じようにそれを眺める戸野橋の言葉に、頷いた。岩平もニヤニヤと笑う。


「2人ともアレだよね、ちょっとのんびりっていうか抜けてるっていうか…」

「銀杏寮のお母さんと妹、みたいな」

「いや、ナナは妹ってよりお姉ちゃんかも」

「どっちにしろ女とか」

「ふはっ」


陸部1年が笑っている間に、他の昼食希望者も降りてきた。



「ねむいしぬねむいしぬ」


半分寝ているらしい2年生の東條は、同室の福井に引きずられている。


「もーやだ! 東條が起きてくんねー! もう12時なのにさあ」

「福井も大変なー。おっかさーん、今日飯なに?」


同じく2年の中春も、この時間まで寝ていたらしい。あくびを連発しながら、台所に立つ管理人に問いかけた。


「3色スパゲッティ」

「トマトとクリームと?」

「バジル」

「またぁ? おっかさん、休みの日って麺類多くない? 昨日の昼はうどんだったし…痛い痛い痛い東條くんソコ痛い」


文句を垂れた福井だが、言いきらないうちに、もたれかかるルームメイトが、首を絞めてきた。


「登り棒…」

「お前寝てるだろう? まだ完全に寝てるだろう!? どんな夢見てんだ!」


「登り棒を登る夢じゃねーのかい」


冷静に言ったのは藤枝で、入口付近で揉み合う後輩たちを、邪魔だとばかりに蹴飛ばす。


「痛っ、ちょっとキノ先輩! 俺、とばっちりなんですけど」

「中春、今キノコだめだよ、機嫌悪いから」


205号室ペアに巻き込まれ声をあげる中春に、最後に来た葵が忠告した。


「彼女からドタキャンされたんだってさ」

「えええーーっ!! キノ先輩、彼女いたんすか!」

「キノコなのに!?」

「おい、今言った奴誰だ!」


騒がしくなってきた食卓から、戸野橋はひょいっと抜け、とばっちりが来る前に台所へ避難。


「おっかさーん、味見係りが来たよ」

「は? ダメ。もう出来るから、あっちで待ってなって」


そう、おっかさんが言った瞬間、


「うわーっ、キノさんやめっ、やめてっ、いやはははははは!」


悲鳴ともとれる直哉の笑い声が聞こえてきた。


「童貞がナマ言ってんじゃねえ! 俺のこの髪形はな、もうポリシーなんだよ! …お? なんだ岩平、お前もなんか文句あんの?」

「いやないっす、まじでないっすからちょっ、もうそこはっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ギブですっ、キノさっ…ギブギブどこ握ってんすかまじで!!」



「…俺、巻きこまれたくねえよー」

「…じゃあ、皿だしてくれ」


こうして、ちゃっかり台所に迎え入れられた戸野橋。

七緒は首を傾げた。

直哉も岩平も、あっさりと藤枝にやられているようだが、陸上部の2人と、もやしっ子の代名詞な藤枝では、力の差は逆なんじゃないだろうか。


「無理無理、キノさんは細すぎて、俺らが抵抗したら折れちゃいそうだから。逆に」


七緒の疑問を察知したのか、戸野橋が苦笑いした。


「どんだけ細っこいのよ、キノコ先輩…」

「一回あのひとと風呂入ってみ? 引くくらいガリガリだから。ほんとにいんのかな、彼女とか」


一緒にお風呂は無理です、と心の中で答える七緒。


「いるっていったらいるんじゃないの、彼女」

「いーやー、見栄張ってる可能性も」

「戸野橋くんて割とそういう話好きだね」

「好きだよ。だって男子高校生だぜ? 恋バナ猥談に盛り上がらなくて、何に盛り上がるっての」

「ワイダン?」


別に知らなくていいよ、とおっかさんに言われ、なんとなく察する。

目線を逸らす七緒を見て、戸野橋は「えっ」と声をあげた。


「戸塚はそういうのダメな奴?」

「ダメっていうか…恋バナなら超好きだよ」

「まじかよ、お子様だなー」

「いいもん、ピーターパンと呼んでちょうだい。はい、あーん」


フォークに絡ませたスパゲッティを差し出され、戸野橋は思わず声が裏返った。


「へっ?」

「味見だよ味見。あーん」


―――いや、だからって「あーん」はないです、戸塚クン!


戸惑い続ける戸野橋と、早く食べてよと言わんばかりの七緒を見て、横にいたおっかさんは小さく噴き出した。


「ふはっ…」


変に照れているのを悟られたくない戸野橋は、差し出された赤いスパゲッティにかぶりついた。


―――が、


「ぐばっ!!」

「きゃーーーっ! 何!? 何何何!?」



七緒の悲鳴に、食堂にいた直哉、と、便乗した岩平が、台所に駆け付ける。


「うわっ、何、どうしたの」


そこには、むせかえる戸野橋と、右手に彼が吐き出したスパゲッティを、差し出していた右腕にぶっかけられ、茫然とする七緒の姿があった。

ちなみにおっかさんは、しゃがみこんで大笑いしている。


「……ちょっ……と、何してんのよ! 吐き出すとかサイテー!!」


―――おいっ、七緒っ


ロウの声が響いて、七緒はハッとした。

思いきり、女言葉だった気がする。


「げっほ、ごほ、ぐばっ、おへっ、げほげふぉ」

「むせすぎ! トノ、大丈夫かトノ!」


しかし、友人たちはうっかり自然過ぎて気付いていなかったようで(それもどうかと思うが)、死にそうな戸野橋に注目していた。


「みぎゅっ、みずっ!」

「何? あっ、水?」


岩平の淹れた水と受け取り、一気飲みする。

さらに自分で注いで、もう一杯飲んだ戸野橋は、ようやく大きく息をついた。


「辛ぇよっ! なにこのスパゲッティは!」

「えっ。いや、さっき先輩が飽きたって言ってたから…まだトマト缶は開けてなくて、赤いのだけおれの創作なの」


直哉が、その問題のスパゲッティを覗き込む。すんすんと匂いを嗅いで、顔をしかめた。


「―――キムチ?」

「いえす」

「いえすじゃねーよ戸塚っ! きむっ、キムチて!」

「トノは辛いものからっきしだめなんだよ。…まあ、俺もこの真っ赤なのは食えないけど」

「実はタバスコも入れてみたんだ」

「入れてみたんだ、じゃねええ! くっそ、ナナのばか! 辛いよって教えてくれても―――…何」


七緒が、笑いたいのを我慢するような表情なのに気がついて、戸野橋は目を細める。


「辛いの、苦手なの可愛いなって…あと、初めてナナって呼ばれたから、なんか」

「!!」


戸野橋は赤面して、それから脱力した。

怒っていた気持ちが、どっかに飛んで行ってしまったようだ。


「……もういいや。ナナ、これ、責任持って食えよ?」

「え? おれも辛いのだめなんだけど」

「何を君は冷静に言ってんの!!」

「ナナお前ひでえな!」

「おっかさんそろそろ、落ち着いてくれ」



―――結局、その激辛スパゲッティは、辛いもの好きの藤枝がたいらげた。


「偶然とはいえ、よくやった。ナナ。あいつの機嫌なおったぜ」

「キノコ先輩、割と単純なんですね…食べ物で機嫌なおるって」


以後、おっかさんの決めたメニューに、ケチをつける奴はいなくなったという。


「おっかさん、ナナはさあ、結局料理は上手いの?」

「いや、手際は良かったよ。まさかキムチを入れるとは思ってなかったけど」



お手伝い第一回は、成功だか失敗だかよくわからない結果となった。



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