表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/108

13、気遣いと手伝い



「ん……」


なにやら扉の閉まった音がして、七緒は目を開けた。


「今何時ぃ…」

「5時。朝の」


抱きしめていたぬいぐるみが口をきいたのに一瞬驚き、見慣れない部屋に戸惑い、ようやく、ここは銀杏寮だった、と思いだす。


「お前のルームメイトが今出て行った」

「なんでこんな時間に…トイレかなあ」

「ジャージに着替えていたから、ランニングだろ。お前を起こさないようにしてたみたいだけど」

「ふぁ…そっか。にしても、よく寝たあ。ねえロウ、寝る時はこの格好でさ、外出る時はキーホルダーに変身してよ。そしたらわたしも安心だし」


眼鏡をかけながらそう頼むと、ロウが溜息をつく。心なしか、赤いボタンで出来た瞳が吊りあがったようだ。


「…ひとつ、言わせろ。俺しかいないからって、「わたし」とかいうな。これからは男としてやっていくんだから、少しは慣れてくれ」

「えー。それくらい許してくれたっていいじゃない。わたしは、「奈々子」だった自分を忘れる気はないの。あなたといるときだけ、わたしって言わせて」


そう言うと、途端にロウが黙り込む。非は自分たちにあるのだから、これ以上は言えないのだ。


「この寮がペット可なら、猫とか犬とかになってもらったのになあ。よっこいせ」


しゃ、とカーテンを開けると、まだ外は薄暗い。窓から顔だけだすと、肌寒い風に鳥肌が立った。


「うわっ、今日は曇りだね。ひと雨くるかも」


「……七緒」


名前を呼ばれて振り返ると、ぬいぐるみから少年の姿へ戻ったロウが、七緒のベッドに座っていた。


「俺、考えたんだけど。俺もこの学校に通おうか?」

「えっ!? そんなこと出来るの? っていうかそれは年齢的に無理じゃ…」


そういうと、一見小学生な天使は、ムッとした顔でベッドからおりる。


「言ったろ、オレ、多分お前より年上だって。それに、外見なんて変えられる。この姿は、人間に警戒心を持たせないためだ」


そして次の瞬間、少年のいた場所には、青年が立っていた。やっぱり黒い長髪で、赤い瞳なのだが。

七緒より頭ひとつ半は背が高く、見上げなければならない。


「16歳バージョン。ちなみにさっきまでは10歳な。この姿で学校に通い、寮にも入る。あいつと部屋を代わることになるが、その辺はちょっと記憶操作されてもらおう。そうすれば、一日中一緒でもおかしくないし、困ったときは助けてやれるよ。

何回も言ってるけど、キーホルダーとしてだと、感覚の鋭い奴に不審がられるんだ…寮内はともかく、学校は絶対にいるもん、そういう奴。したら、困るのはお前だろう?」


七緒は、心底ありがたい、と思った。

自分の事情を知っているひとが、クラスにも同じ部屋にも居てくれるというのは、きっと安心出来ることだろう。

しかし、頭をよぎる、葵の声。


―――「あいつさ、一人部屋なのすっごい寂しがってて。でも一年は奇数人だったから、あいうえお順で一番後ろのナオが、一人部屋になったんだ。ルームメイトが出来るって聞いてさ、弟でも出来た気でいるんだよ」


直哉は、いい奴だ。

なにかと世話を焼いてくれるし、話も合う。

ロウの言う記憶操作をし、部屋が離れれば。

彼はまた、一人部屋なのだ。


「………ありがとう、でも大丈夫だよ、ロウ。わたし、ナオと仲良くなれて嬉しい。このままやっていきたいって、思ってる。ロウに助けてもらってばっかりじゃ悪いし」

「…そうか」


ふ、と赤目が細まり、一瞬遅れて、ロウが笑ったのだと気がつく。


「えへへ。ロウって人付き合い苦手そうだしさ。それに10歳のロウのが可愛くて好きよ」

「お前なあ……」


不服そうな顔をしつつも、天使は少年に戻った。


「ああ可愛い! ちいちゃい子ってどうしてこうも可愛いのかな」

「ひっつくな! おい、ナオが戻ってくるみたいだぞ!」


そう言い残すと、いつのまにかロウはぬいぐるみに戻り、七緒の腕にちょこんとおさまる。


「あっ、え」


驚く間もなく、ドアが開く。


「…………」

「…………」


ジャージ姿の直哉と、パジャマの七緒がみつめあう。

たっぷり五秒後、直哉が意を決したように言った。


「…、昨日も思ったんだけどさ。ぬいぐるみ好きなんだ?」

「ち、ちがっ、これはあの、ぬいぐるみって言うより抱き枕っていうか」


慌てることでもないはずだが、なんとなく焦る。

赤面する七緒に、直哉は「わかってるよ」とでも言いたげな生温かい視線を向けた。


「そっか。抱き枕か」

「信じてないでしょお、ナオぉ!」

「いやいや、抱き枕だよね、うん。わかってるぜ」


「ナオの意地悪!」




「いただきまーす」

「召し上がれ」


おっかさんがにっこりと笑う。七緒は、少しだけそれに見とれた。

ほっかむりをとると、おっかさんはそれはそれは綺麗な黒髪なのだ。奈々子だった頃に、こんな髪質に憧れていた。


「(ていうか、今もだよ。おっかさん、伸ばしても似合うんだろうな…男の人のくせに)」


七緒が手を合わせている間に、直哉は既に納豆をかき混ぜ始めていた。


「ねえ、おっかさん。食事ってどういう感じ? あの、時間とか…」

「ああ。何、ナオ、説明してなかったの?」

「むぃむぁんむぁままっか」

「は?」


口の中のものを飲み込むと、直哉は拗ねたように言った。


「時間がなかったんだよ、そんな。ナナ、昨日9時半に寝ちゃったんだぜ」

「そう、疲れてたんだね」


おっかさんの笑顔は、癒しだ。

味噌汁を一口すすってから、おっかさんは説明を始めた。



「今、この寮には28人の生徒がいるのね。全員が食卓に揃うことなんて滅多にないし、今の人数だと場所が足りないから、揃ったとしても交代になっちゃうんだけど。

で、まあ運動部が多いし、どの部も朝練は大体時間決まってるから、それに間に合うようには作ってるよ。5時半くらいから、登校ぎりぎりの7時45分くらいまでが朝食。

夕食は大体7時半くらいかな。休日は6時くらいには始めちゃってるよ」


甘い卵焼きを咀嚼しながら、七緒は一生懸命頷いた。

学校が始まれば、陸上部の直哉とは生活リズムが変わってくる。頼ってばかりもいられないのだ。


「朝、校内の売店とかで買って食べたい人、夜に外食する人は、その予定が決まった時点で、台所のホワイトボードに書く。

最悪、俺の携帯にメールでもいいけど、早めに連絡くれるにこしたことはないからね。

ちなみに土曜日も半ドンだから、昼に俺の手料理が食べたい奴はホワイトボードに名前書いておく」


ここまではいい? と確認されて、七緒は頷いた。

運動部に入るつもりはないし、文化部ならば慌ただしくなることもないだろう。ホワイトボードはあまり使わなさそうだ。


「日曜は夕食だけあるよ。朝昼は自分でって感じ。俺がいるときだったら作ってあげられるけど、日曜は俺もいないこと多いから。冷蔵庫に残りものはいれとくけど。

あ、ちなみに、休日にでかけるときは、玄関の、ほら、カウンターみたくなってるとこあるでしょ。あそこの外出記録に書いておいてね。外泊届もそこにあるけど、その場合は三日前には提出してないといけないからね」

「学校がある日はいらないんですか?」

「うん、部活以外で遅くなる場合は一言言っといてくれるといいんだけど…友達といきなり遊ぶことになった、とかもあるでしょ。いちいち寮まで戻るのも面倒だろうし」

「案外厳しくないんですね」

「俺の頃はもっと厳しかったよ。ちょうど不良? が流行った時期でさあ、外泊なんて絶対許されなかった。女の子の影がちらっとでも見えるやつは呼びだされてさ…」

「へ、へえ…」

「あの頃はまだ男子校だったからなあ。そうそう、俺のいっこ上に、寮に女連れ込んだとかで問題になった奴いたよ。女の子の姿は見られてないんだけどさ、管理人が部屋チェックしたときに、女物の服があったとか使用済みのゴムが落ちてたとかで」


そこまで言ってから、おっかさんは七緒の居心地悪そうな様子に気がついた。

うつむいた顔が、あからさまに赤い。


「……あ、ごめん。ナナちゃん、こういう話ダメだったりする?」

「……いやあ、そういうことあるんだなあって」


―――なんていうか、おっかさんみたいなさわやか系イケメンも…こういう話普通にしちゃうんだなあ…。男の子って…。


全くもって「そういう」話に免疫のない七緒は、もごもごと言った。

若干、というかかなり引き気味の彼を見て、おっかさんと直哉は顔を見合わせた。


「……って、いうか、今、おっかさんナナちゃんって言いました?」


話題を変えたのだとアリアリと分かる七緒の態度に、おっかさんは苦笑しつつも答える。


「だめかな? 葵がそう言ってたの聞いたから」

「良いですよ、別に。あ、あと、いっこ質問なんですけど」

「何?」


「わた……じゃない、おれ、食事の支度とか手伝って良いですか?」


予想外の提案だったらしく、おっかさんは、そして直哉も、目を丸くした。


「いや……それは助かるけど……いいの? ナナちゃんは」


七緒をあっさり首肯した。

家でも、食事の手伝いは割とやっていた方だった。一食分全て作るには技術不足だが、米とぎ・皿洗いなんかの雑用や、一品作るくらいなら出来るのだ。


「家でも手伝いとかしてたんで、お手伝いくらいなら出来ますよ。今のとこ部活はやらないつもりだし、やったとしても楽な文化部だもん」

「えー、でも、朝とかしんどいよ? 6時には寮出たがる子もいるから、遅くとも5時半くらいに起きることになるし」

「だってそれはほら、ナオ、5時くらいに走りに行くでしょ? その時一緒に起きちゃえばいいかなって」


あ、という顔になって、直哉は申し訳なさそうに言った。


「もしかして俺、今日お前のこと起こしちゃった? だから帰ってきたとき起きてたのな」

「おれ、割と物音とか敏感なんだよねー」


気にしないで、と笑って見せる。

おっかさんは少し考えてから、その提案を受け入れた。


「助かるよ、そんなこと言いだしたのナナちゃんが初めてだ」

「一人だったらやりたいとか思いませんよ。おっかさんがいるならお手伝いしたいってことです」


単なる「一人は嫌だけど二人ならいい」という意味で言ったのだが、おっかさんは照れたように頭をかいた。


「じゃあ、今日のお昼からやってみる? 今日ももう何人か昼飯頼んできてる子いるし」

「はいっ」


「えー、いいな、いいな。なんかずるい。けど俺料理は一切興味ねー!」


直哉はそういうと、勢いよく「ごちそうさま」と頭を下げた。


「えっ、もう食べたの」

「ゆっくりでいいよ、ナナ。今日練習ないから。終わったら何する?」


即答で「掃除の続き」と言われ、直哉はずっこけた。おっかさんはそれをみて笑う。


「ナオはねえ。とことん整理整頓が出来ない奴の典型って感じだろ」

「ほんとですよ。初めて部屋に入ったとき、思わずドア閉めちゃいましたもん」

「拒絶反応でちゃったんだ」



ははは、と笑い合う二人に、「勘弁しろよお」と直哉は情けない声を出した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ