閑話
「ええっとぉー、戸野橋くん、岩平くん、秋川くんに飯島くん…に、加賀くん!」
「よし、よく覚えた!」
1年生たちが七緒に拍手を送る。
「今いない奴もいるけど、とりあえず同学年は覚えたなあ」
秋川が面白そうに言った。
彼は名前順が一番始めなため、入寮時から何かと1年代表にされることが多く、そのままなんとなく1年生のまとめ役的な存在になってしまった、お人好しな男である。
「ただーいまーっす」
そのとき、食堂に入ってきた少年は、スポーツバッグを背負ったまま、食堂に顔をだした。
「あ、知らない奴がいる」
「おーっ! あっ、そうだ、ナナ、ナナ!」
直哉が叫んで立ちあがる。両隣に座る七緒と戸野橋が、ちょっと身を引く程の大声だ。
「うるさいよ、お前」
「こいつ! こいつさあ、名前なんていうかわかる?」
「いや、ナオくん? この状況でわかったら、おれエスパーだよ?」
諭すようにつっこむ七緒に噴き出してから、秋川が説明した。
「右って書いて、年代の代って書くんだ、あいつの苗字」
「ちょちょちょ、お前さんら、おかえりも言わずにヒトの苗字ネタにするってどういう」
当の少年を置いてきぼりに、七緒は頭の中に漢字を思い浮かべる。
「う…う…うしろ?」
恐る恐るの答えに、どわっと1年生が盛り上がった。
「えー! すげえ、ナナ」
「当たり! 右代 博之! 俺、タメの奴に初対面できちんとよんでもらえたの初めてなんだけど!」
「オレなんか「うだい」って読んだぜ」
「とりあえず「みぎ!」とか言ったしね」
「えへへぇ、おれねえ、漢字は強いんだよ! 漢検2級だもん」
「すげー!」
テンションの高い後輩たちに、2年3年は口を出せずにいたのだが、もう我慢できない、とでもいう風に、雪弥が身を乗り出した。
「おいおい、先輩から覚えろよ」
「えっ、誰でしたっけ」
「アイアム雪弥! 寮長!!」
「冗談ですよう」
くすくす笑う七緒を見て、秋川は「こいつ案外大物だな…」と思った。
「俺ら絶対ゆーきゃん先輩にあんな冗談言わんわなあ」
「てしゃべるか、右代、おめど荷物置いてこいよ」
「こっちは言われる側だかんな。何、ナナはあのひと怖くないの」
「えー? ふふふ」
「ていうかお前らアレだよね、オレの前で、本人の前でそういうこと言ってる時点でナナと変わりはないからね。つーかナナちゃん、そこで「ふふふ」はおかしいですよ」
「だって、「ゆーきゃん」って単語聞くたび、なんか笑っちゃって…」
「どういう意味かな、1年坊主!」
「きゃあっ、セクハラ!」
「若い奴らは元気だのう」
「じじいか!」
1年たちから一番遠い場所で、微笑ましげに彼らを眺めているのは3年生だ。
ちなみに、テーブルは入り口に近い方が年下、という暗黙の了解がある。
「にしても、変な時期に入ってきたもんだ」
そういうのは、食卓を囲む者の中で、抜きん出て背の高い赤城。
おっかさんも背は高いのだが、赤城は明らかにウエイトで勝っている感じだ。
それもそのはず、彼は柔道部のキャプテンであった。
「クラスに馴染めると思うか?」
怖そうな見かけに反し、心配性でのんびり屋。まさに「気は優しくて力持ち」を地で行く人物である。
「あの調子なら大丈夫だろ」
杞憂だと一蹴したのは、藤枝。通称キノコ。
その名通り見事なマッシュルームカットで、更に「神童」とも称される青年である。理系クラスではちょっとした有名人だ。
「ナオ太郎と雪弥のテンションについていってるんだぜ。1年のクラスなんか楽勝だろうよ。
あっ、雪弥がお得意のセクハラを始めた。やーめーろーよー、埃舞うっつの…あ、ナオ太郎が噛みつきにいく…秋川が割って入った。ひひっ、あいつも苦労するなあ」
しかし、天才といわれてきた人物が何かしら欠落していたように、彼もご多分に漏れず、どんくさい部分がある。
「おいおい、キノコ。ボロボロ飯こぼしてんぞ。実況してんじゃないよ」
「え、まじで」
「あーあー、もったいねえな。拾え拾え」
そして1年に秋川がいるように、3年にも葵という「しっかり者」がいる。
「こうして世の中はバランスをとっているのだなあ」
「キノコ、おい、俺一人に拾わすなって」
銀杏寮の賑やかな食卓は、いつまでも賑やかだったそうな。