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12、わたしのもの



それから、幾人かの寮生を紹介され、食事中にはみんなして色々な説明をしたがった。


「ここの定員は40人だけど、大体多くても30ちょいしか入らないな」

「二年以降は、一人暮らしする奴も増えるから、一年が一番多いんだぜ」

「あと、ここにくるのって大体スポーツ推薦の奴だよな」

「そうそう、ナナみたく文系理系からってのは少数派」

「そうなんですか…県外からとか?」

「そーそー、俺群馬」

「オレは秋田」

「秋田!? 遠いですね。うちの母方のじいちゃんちは秋田ですー」

「へー。ってか、オレも一年だからタメでいいんだぞ、ナナ」

「なんだー! もう、こんな一気に人の顔やら名前やら学年なんて覚えらんない!」

「眼鏡してるくせになんだよ、それくらい覚えろよ」

「ちょっと! 眼鏡してる奴の全部が全部頭良いと思わないでよ! 言っとくけどおれ、成績は中の下だからね!」

「自慢げにいうことじゃねー!」



割とあっさりみんなに打ち解けている七緒を、意外に思いながら、葵は「どーもなあ」と考える。


「(なんか、ナナちゃんの喋り方って女の子くさいよな……だから庇護欲をそそるのか?)」

「なー、なんか天然ぽいっすよね」


ぐり、と横を向くと、雪弥がこちらの皿に箸を伸ばしているところだった。


「おい雪弥、俺の魚とるなよ! ていうか人の心読むなし」

「可愛い後輩に一切れくらい分けてくれたっていいじゃないですか…そんな目ぇ吊り上げなくたって」


ぎろり、葵の瞳が光る。


「俺からポテチの一枚でも奪ってみろ、灰にするぞ」

「そゆことばっか言ってるから太るんですよ!? ねえほんと怖い!」


悲鳴をあげる後輩から魚を奪い返すと、ふん、と息をついた。


「…お前、あんまり構うなよ? なよいからってイコール男が好きとはかぎらないし、変に懐かれてもお前だって困るだろ」


意味深に笑ってみせると、雪弥は盛り上がる一年たちに向かって声をかけた。


「ナナちゃーん、後で寮長直々に寮内を案内してやろうか」

「ぶっぶー、残念でした。それはルームメイトの役目でーす」

「ナナちゃんは俺とナオどっちがいい?」

「10対0でナオです」

「ひでー!」

「寮長一蹴とかナナすげえ!」


げらげら笑う後輩たちをみて、葵は溜息をついた。




「んー、結局テツくんてひとには会えなかったな…同じクラスだっていうから早く仲良くなりたいのに」


夕食も終え、たらふく食べた直哉と、控えめに食べた七緒は、並んで自分たちの部屋へ向かっていた。


「ああー、テツはあれだよ、ここでも一匹狼だから。クラスでもそんな感じっぽいし。

食事んときに全員揃うなんて絶対ないんだ。部活の練習とか色々あるし。休みの日なんか特に」

「そっかー」


寮生たちとは上手くやっていけそうな感触で、七緒はほくほくしていた。


「岩平くんも戸野橋くんも陸部なんだってねー。ていうかみんないいひとー」

「上機嫌だな……つーかさ、くん付けしなくていんじゃね? 同学年だし」

「だってなんかいきなり呼び捨てって照れない?」

「照れねー! 何? ナナって結構恥ずかしがり?」


うるさいな、と口を尖らせながら、七緒は「そうか男の子同士はしょっぱなから呼び捨てなのか」と心のメモに書き留める。


「(女子って最初は苗字にちゃん付けとかして、名前呼びになって…みたいな順序踏むからなあ)」


こういうところも慣れていかなければ、と思いつつ、やっぱり小心者の自分にはいきなり呼び捨ては出来ないなあとも思うのだった。


「ところでナオ。お風呂ってさ、何時くらいが一番空いてる?」

「え? ああ、九時頃はわりかし人いねーよ。みんなドラマとか見てるから」

「ふーん。そっか、じゃああと一時間はあるな…」


そういうと、直哉は目を輝かせた。


「じゃあ質問ターイム!」

「えー何よお」


彼のうきうきした声を聞くと、七緒は思わず笑顔になる。直哉の声には一切警戒も遠慮もなくて、もう友達なのだと安心するのだ。


「お互いのことを知るためにさ、一個ずつ交互に質問し合おうぜ」

「何ソレお見合いみたい! いいよー、じゃあナオからね」


そういうと、途端に直哉は照れ臭そうに首をひっこめる。


「え…いいよ、ナナから聞けよ」

「何!? なんでいきなり照れてんの!? いいけどね…じゃあ、誕生日は?」

「8月31日。ナナは?」

「12月10日。じゃあ出身中学は?」

「あ、オレここのエスカレーター組なのよ。付属出身。ナナは?」

「ええと、わかるかな。朝日ヶ丘第二中なんだけど」

「え!? なんだよ、結構近いんじゃんか。なんで寮なんか入ったの?」

「だーめ。次はわた…じゃない、おれの番。んーと、ナオは彼女とかいるの?」

「いねーよ! 付属中は男子校だぞ!? 作る暇ねーもん。で? なんでわざわざ寮なの?」

「ん…んーとね、社会勉強のため、かなあ?」

「なんだそりゃ、疑問形て」


いいの、と七緒は言った。まさか、天界の都合で無理矢理…なんて言えない。


「そんなのいいから! 次いこっ! 次! 趣味はなんだい、ナオ!」


納得いかない顔の直哉だったが、それ以上突っ込んではこなかった。


「趣味は…体動かすこと、とか、買い物とか好きだし…あとは、うーん、ぐだぐだ喋ってんのも好き。ナナは?」

「……ねえちょっと…さっきからナオってばおれの質問のオウム返しばっかしてんじゃん…。趣味なんて読書と料理くらいだよ」

「ごめんごめん、次は自分で考える……って、え? 何、ナナ料理出来んの?」

「え、変、かな…かっこ悪い?」

「いやいやいや、男で料理出来るってかっこ良くね? 今度何か作ってよ」


ほっと息をつく。へらりと笑うと、頷いた。


「いいよ。野生の勘のみで作るけども」

「えー? 上手いんじゃねえの!?」

「趣味ってだけだよ! ちょっと挑戦しすぎって言われるけど」

「下手の横好きってこと?」

「そこまでじゃないよ! 失礼な!」


もう既に、質問タイムは忘れ去られ、その後もぐだぐだと会話は続いたのだった。




がらりと引き戸を開けると、銭湯のような着替え場が広がっていた。


「おおう…案外広いな」


ボロいのは変わらないが、寮の風呂はなかなかの広さである。

直哉が言った通り、このい時間帯は他に人はいないようだった。


「自分の体にはなれたけどさ……やっぱり見たくないっちゃ見たくないわ」


他の男子と裸の付き合いができる程、七緒は男になりきれていない。

ぽいぽい服を脱いで、はじっこのカゴに突っ込む。腰にタオルを巻いたら、準備オーケーだ。


「いざ、風呂!」


戸をあけると、もわりと湯気が顔にぶち当たった。眼鏡が曇る。


「っふお! え? 誰か、いるの…?」


誰もいない場合、湯船の蓋は閉められるはずだ。湯気がこれほど充満している、ということは。


「(誰かいる…!)」


白い霧の向こうに、ゆらりと人影が見えた。


「……!!」


明るい茶髪に、白い肌。驚いて見開かれた瞳は、緑色だった。

夕食の席には、いなかった。一度でも会っていれば、忘れるなんて出来ないくらい、綺麗な少年。


―――しかし。


「え、あの、えと、きみ……」


一瞬見つめあった後、少年は素早く七緒の横を通り抜けると、自分の服が入れてあったらしいカゴを引っ掴み、そのままものすごい勢いで出て行ってしまった。


「えー…何、今の子…」




「ナオー、今さ、お風呂場で…」


ドアを開けると、部屋は真っ暗だった。


「あいつなら、ランニング行ったみたいだぜ」


七緒は飛び上がった。


―――この、生意気な声は。


「ロウ! 何よおあんた、今までどこ行ってたの? 呼びかけても返事しないし」


ぱちりと電気をつけると、黒髪の天使が二段ベッドの上段のふちに、腰かけていた。


「俺の姿は、こういうふうに何かしらの姿をとらなければ、お前には見えない。でも、そうすると他の奴にも見える。

 かといって、魂? ってゆーの? だけの姿でいたら、お前には見えないし、感覚鋭い奴には「幽霊」として見つかる。迂闊に出ていくわけにいかねーの。

 そういう感性? が強い奴ってのはどこにでもいるんだ。奈津子さんみたく、特定出来る誰かなら加減できるけど、不特定多数のいる場所では、話しかけるのもちょっと危ないんだぜ」

「難しいなあ」

「まあ理解出来なくて良いよ。でも、お前が困ったときには助けにでるから。

 とりあえず、今日会った連中には、俺を感知できる奴はいないっぽかったから、銀杏寮の中ではそばにいられるよ」


それを調べていたのか、と納得する七緒に、ロウは意地の悪い表情で言った。


「つーかお前さ、一日見てたけど…かなりまわりの奴から「女っぽい」とか「なよい」とか思われてんぞ」


うっそお、と叫ぶ。上手く喋れていると思っていただけに、ショックだ。


「えー、もっと男らしくした方が良いかな? 「おるぁ! てめえら覚悟しいや!」とか?」

「それはやくざのイメージじゃないのか?」


ロウは呆れたように溜息をついた。


「とにかく、なにか困ったら俺を呼べ。お前と俺の間には一種の絆がある」

「きずな?」

「お前は、俺に名前をくれたろう? 天使ってのは、個であり個ではない。なんつーの、人間みたく、何か隠したがるわけでもないから、色んな、記憶とか感情とかも共有できて……最初はみんな全く同じなんだ。そこから、もらう仕事とかによって、個性がでてくるっていうか…」


―――個であり、個ではない


七緒は首を傾げた。難しい言い方だが、それはきっと「自分だけのもの」がひとつもない状態なのだ、と解釈する。


「…んー、まあ、感覚で判れ。そん中で、お前からもらった名前は、オレを縛るというか、自由をくれるというか、個である権利をくれるというか…」


要領を得ない説明に、七緒は目を細めた。


「…ロウって金髪ちゃんに比べて、説明下手だよね。っていうか言葉足りないよね。同い年くらいにみえたけど」


ロウはムッとした顔をした。


「あいつがオレより早く仕事についてたのは確かだけど、年齢なんてねーぞ、天使には」

「はっ? うそお、ロウ、10歳くらいでしょう?」


ロウの背丈は、七緒の胸辺りだ。手足も細いし、小学生程度にしか見えない。


「多分お前よりは早く生まれてるぜ」

「うっそだあ! てゆか、多分ってなによ」

「自分の生まれた頃合いなんて、知らねえよ」

「頃合いって…年も?」


七緒がしつこく聞くと、ロウは少し困った顔になる。


「あのさ、天使と人間ってやっぱり違うんだよ。オレらはそういうものが必要ないって思ってる。天使だからさ、そういう欲がないんだ。オレたちにとって、全てが大切であると同時に、大切じゃない」

「なにそれぇ…」


七緒は茫然としてしまった。彼は、天使の考え方を受け入れるには、まだ幼かった。

囁くように問いかけた。


「…ねえ、ロウ。わたしがあげた名前、好き?」



個がない。

何も欲しない、要らない。



それは、なんだかとても寂しいことのように思えた。

いきなり静かな口調になった七緒に、ロウは何も言えなくなる。


「わたし、受け取ってもらえたんだよね、ロウって名前。君が欲しくなくても、わたしはあげたい。もらって欲しいの」


赤目が、見開かれる。七緒が妙に必死で、どう答えたらいいのかわからない。

うろうろと人間の頭の上あたりを彷徨って、それからようやく、彼の目線に合わせた。


「……好きとか、そういうのはよくわからんけど…。もともと必要なことだったにせよ……お前に名前もらえて、良かったなとは…思う。

……初めて、で……オレだけの何かを持ったのって…」


言葉は探すロウは、一生懸命だった。七緒が泣きそうに見えたのだ。


「人間とこうやって話すのも、お前が初めてなんだ。だから、色々間違ったこと言うけどさあ、お前がそういう顔すんの、ちょっと嫌だ。なんで泣きそうなのかわかんない時点でアレなのかもしんないけど……お前のこと、割と大事だなって思うよ。お前がくれるもの、嬉しい」


ぼそり、呟かれた言葉に、七緒はとびっきりの笑顔になった。


「ローウっ! ああもう可愛いな、君は! 案外くさいことも言うね!」

「うわっ、くっつくんじゃねえ! くさいとか言うな、お前ちょっとは反省して男らしくやれよ!」


あまり激しくは抵抗しないロウの肩に、顔をうずめる。


「好きよ、ロウ。天使のせいで性転換なんて事態になっちゃったけど、あんたと会えたことだけは良かった」


だって寂しくない、と七緒は言った。

不器用ながらも傍にいてくれる天使が、可愛いと思う。

もっと人間らしいことを知って欲しいし、親しくなりたい。


―――わたしは、ちょっと欲張りだ


でもそれでいい。ロウが何も欲しない分、貪欲になってやろう。


「ね、ロウ。このまま寝ても良い?」

「なっ、ばっかじゃねーの、お前……」


直哉が戻ってきて、ルームメイトが小学生くらいの男(しかも長髪で赤目)なんて抱いて眠っているのを見たら、どうなると思ってんだ。

言いかけて、やめる。

七緒の手は、まるですがりつくようだった。


「変身出来るんだよね? ぬいぐるみにでもなってよ、もふもふの」

「…ぬいぐるみ抱いて寝てるのもどうかと思うがな…」


腕の中が軽くなった、と目を開けると、そこにはちょっぴり不細工なウサギのぬいぐるみが。


「ひゃっほう! ぶさかわいい! ロウ、これから毎晩この姿ねっ!」

「なんでだ! ホームシックを許すのは今日だけ―――って寝てる! はや!」


くぴー、くぴー、と寝息をたてる七緒から、長い耳を使って眼鏡をとってやる。

とんだ人間の補佐係になってしまったもんだ、と思った。


「(頼ってもらうのが嬉しい、とか、なんだろう、これ)」




「ナナー、あのさ…あれ」


ランニングもシャワーも終え、先ほどのお喋りの続きを、と思っていた直哉は、部屋に入ってびっくりした。

「ね、てる……えーまだ九時半なのに…」


しかも、ウサギのぬいぐるみを抱いて。


「…………突っ込んだ方がいいのかな…」


苦しいほどに抱きしめられているウサギ、もといロウは、「お願いだ、つっこんでくれ」と心底思っていたそうな。




天使、天界のうんぬんかんぬんは全部創作だと思って下さい。

神様とか天使とか言ってるけど、キリスト教とかではない、ということにしときましょう←

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