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10、入寮



「うわあ、校舎に比べて古いなあ」


思わずそう呟いてしまう七緒。

寮というのは、大きくてきれいなイメージがあったが、ココは大きくない上、古びた木造建てだ。アパートみたいな感じである。

しかし、何故ここが「銀杏寮」なのかはわかった。

草木の多い学校ではあるなあと思ってはいたが、この寮のまわりは、がっちりと銀杏の木で囲まれているのだ。


「うーむ…マンガの読みすぎかしら。マンションのごとく豪華な寮が待ってるかと……まあいいや。住めば都にするしかないっしょ。紅葉が楽しみかも」

―――「だからお前、独り言少年にしか見えないから、喋るな」

「うへーい」


気を取り直して、玄関に突き進む。切り替えの早い七緒は、新しい生活に向け気合い十分だ。

しかし、靴を脱いだところで、早くもどうしたらいいかわからなくなった。

靴箱があるにはあるが、それらにはネームプレートがついているのだ。

馬鹿みたいに突っ立っていると、「おーい」という声とともに、ドタバタ走る音が向かってきた。


「ごめんっ、君が新しく入る戸塚くんだね?」


奈々子は唖然とした。

割烹着にほっかむり。片手にはおたま。

どんなおばちゃんがやってきたのかと思いきや、花柄ほっかむりの下には、どこのホストさんですか、という整った顔が隠れていた。

ひょろりと高い身長だが、細身なので迫力はない。

ぱっとみ大学生くらいのその青年は、にっこり愛想良く笑う。


「はじめまして、この寮の管理人のおか 賢治けんじです」

「管理人…!?」


寮の管理人というのは、中年のおじちゃんかおばちゃんじゃないのだろうか。

びっくりしていると、岡さんは靴箱に七緒のネームプレートをつけてくれながら、朗らかに言った。


「ここの卒業生なんだよ、俺。そのツテでね。俺の代はよぼよぼのじいさんだったよ」

「そうなんですか…。びっくりしました、おばちゃんルックでイケメンさんが出てくるから」


そう言うと、岡さんはどっと笑った。


「おばちゃんルックかあ…! 戸塚くん面白いこと言うねえ」


特にウケを狙ったわけではない七緒は、曖昧に苦笑した。

どうやら岡さん、笑い上戸らしい。


「ええと…ごほんっ。寮の説明とかしようと思ってたんだけど、君のルームメイトが早く帰ってくるって言うからさ。彼に案内してもらって。届いた荷物はこっち…あ、運ぶの手伝おうか?」


管理人モードに戻ったらしい岡さんは、足元のダンボールを見て言った。

確かに、いくら男になったといっても、小柄な七緒に一気に三箱ものダンボールはきつい。

お言葉に甘えようと思ったそのとき、廊下の奥から派手な音が聞こえてきた。


「あっ、やかん! ごめん、俺今料理中…」

「え!? あ、あの、岡さん、おれ、ひとりで大丈夫ですから!」


だから早く火をとめて、と岡さんの背を押す。彼はすまなそうにちらりと振り返った。


「ごめんな、俺すぐ何してたか忘れ…あッ、戸塚くん、君の部屋は4階上がって右曲がった一番奥だから!」


焦げ臭い匂いまで漂ってきて、岡さんは来たときと同じようにドタバタと去って行った。



残された七緒は、5秒程放心してから、ダンボールを持ち上げた。手荷物を肩にかけて、三箱とも一気に。


「(だって、往復するの面倒だし…)」


往復するくらいなら、多少の重さは我慢だ。


「うぐっ…さすがに重い…しかも4階て…」


うんうん唸りながら、階段を上がる。

こういう横着を弟に見られたら怒られるだろうな、なんて考えて、少し寂しくなった。


―――「お前、ばかだろ。落ちるぞ?」


代わりに、ロウが怒ってくれたが。



2階で一度休憩して、気合いをいれながら進む。


「ううう…! 頑張れ、わたし! 一回で終わらせろ!」


大きな独り言だが、連休中だからか、寮内は人の気配がない。

ルームメイトが早く帰ってくる、と言っていたけれど、それはこのためにわざわざ…なのだろうか。


「(だとしたらお礼言わなきゃな…。気が合うといいな…。……でも、男なんだよね…)」


3日前まで女だった七緒(しかも女子校)にとって、まわりが男子ばかりというのは、嫌でも緊張する。

共学だった中学でも、友達といえる男の子はほんの少数だった。


「(にしたって、ゲームの話とかばっかりしてたからなあ、他の話なんて………部屋でテレビゲーム出来るのかな)」


そこから、あっさりと彼の思考は完全にゲームに移った。実はこの荷物の中にも、いくつかゲームが入っている。

ちなみに、目が悪い理由は言わずもがな、ゲームのしすぎと本の読みすぎだ。


だから、足元がお留守になっていたようで。


「―――ッ、うわ、」


段があると思ってだした右足は、左足の横につく。いつの間にか、階段を上りきっていたのだ。


「あっ、やだっ、あっ、あーーーっととと!」


なんとか踏ん張ったものの、今度はバランスをとるために腕が揺れる。


「(―――やばいっ、落ちる!)」


思わず身を固くして、でもいつまでたっても浮遊感も衝撃もこなかった。



「危ないなぁ、そんなに一気に運ぼうとするなよ」


たしなめるような声に振り返るとそこには、よく日焼けした少年の、驚いたような顔があった。

七緒より3段ほど下で、彼の背中を支えているらしい。

慌てて体勢を立て直した。


「みっつは無理だろ、あんたじゃあ」

「ありがとう、おれもちょっと後悔してたトコ」


へへ、と笑ってみせると、少年も表情を緩める。


「手伝うよ。オレ、あんたのルームメイトなんだ」


そういうと彼は、七緒が驚いている間に、上の二箱をとりあげた。


「あ、え、うそ、君が…ってか、あの、いいよ、ひとつ持ってくれれば」


そういったのだが、少年は「任せとけ!」と先に進んでしまった。

ありがたいが、どうやら彼はあまり人の話を聞かないタイプらしい、と七緒は思った。


「…ていうか、こういうときに助けてよ、ロウ!」


少年が先に行ったのをいいことに、七緒は小声でロウに話しかけた。


「…………ロウ? 聞いてる?」


が、返事がない。

片手で、ジーンズの尻ポケットに入れていたケータイを取り出してみると、黒ウサギのキーホルダーが無くなっていた。


「えっ、うそ、ロウ…落として……は、ないよね、さっきまでいたのに…」

「おーい、大丈夫ー?」


少年の声が聞こえて、慌てて七緒は彼を追った。


「(大丈夫かな…ずっと一緒にいるわけでもないもんね…まさかこの男の子が超霊感強いとかじゃないよなあ…どっか行くにしても、一言わたしに教えてからにして欲しいわ)」



少年は、405とプレートの掛かった部屋の前で止まり、「ドア開けて」と目で合図する。

七緒は小走りで彼に追いついて、ドアノブを回した。


がちゃりと開けて―――閉じる。


「……え? あ、中入っていいんだよ?」


いや、入っていいとかそういうのじゃなくって。


一瞬だけ覗いたその部屋は、台風に直撃されたのかと問いたくなる程、散らかり放題だったのだ。


七緒の動きが止まった理由に気付いたのか、ルームメイトは慌てて言い訳をする。


「あ、いや、もう少し遅く来ると思ってたからさ、掃除とか…して……なくて……」


無言で振り返った七緒の笑顔を見て、少年は黙り込んだ。

七緒は、いう。




「―――掃除、しようか」





「くっせえぇぇーー! うっわコレいつのだよ!」


クシャクシャに丸まったTシャツらしき物をつまみ上げて、ルームメイトが叫ぶ。

あなたが置いたんでしょうが、と突っ込もうとした時、拾い上げたものの正体に気づいて、思わず悲鳴をあげた。


「きゃあっ、パンツ!! うっそぉもう何コレェ! 使用済みなわけ!?」


ルームメイトは赤い顔ですっ飛んでくると、七緒からパンツをひったくった。


「きゃあって、あんたなぁ…。ごめんって言ってんだろ、オレ、掃除とかスッゴい苦手なんだよ」

「岡さんは何も言わないの? チェックとかないの?」

「いやあ、おっかさんには見逃してもらってんだ…あ、おっかさんて岡さんのことな」


きょとんとした七緒の表情に気づいて、少年は補足する。


「あのひとさー、なんかお母さんっぽいんだよ。食事も作ってくれるし。でも怒ると怖い。だからオレたち寮生は、親しみと畏敬をこめて、おっかさんて呼んでんの。

 ……あれ? っていうか、オレの自己紹介とかまだだったっけ?」


そういえば。

少年たちはぽかんと顔を見合わせた。


大掃除を初めて約20分。あれだけ2人して騒いでいたくせに、お互い名前も知らないままだったのだ。


おかしくなって、同時に噴き出した。


「本当だ! 掃除に夢中…ってか、この部屋の惨状に気をとられてて、そこまで頭まわらなかったよ!」

「ははっ、悪かったって! つーか、お前もおっかさんに負けないくらい世話好きじゃね?」

けたけたと笑いあいながら、お互い内心でほっと息をつく。ルームメイトとは、上手くやっていけそうだ。


「わた…じゃない、おれは戸塚 七緒。出来ればナナって呼んでね」

「オレは渡辺わたなべ 直哉なおや。ナオとか、ナオヤって呼んで。陸上部な。ところでさ、ナナは何組に入ることになってんの?」


ナナ、と呼ばれて、七緒はなんだかとても懐かしい気持ちになった。つい4日前までは、学校でそう呼ばれていたのに。


「3組に入るみたい。ナオ…ナオくんは何組なの?」

「ナオくんて! ナオって呼べよ! にしてもそっか、文系クラスかぁ。オレは5組なんだ」


くん付けしないことに少し抵抗を感じたが、それ以上に七緒は彼とクラスがちがうことに落胆した。


「そうかあ…残念だなあ」


1人で、知り合いのいない教室に入っていかなくてはならない七緒の気持ちがわかったのか、直哉は励ますように言った。


「明後日は一緒に校舎まで行こうぜ。職員室に案内するから」

「ありがとう。 ……ナオ」


ルームメイトに恵まれた、と、七緒は心の底から喜んだのだった。



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