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9、校長のクッキー


「すまないね、面接のときは会えなくて」


自分でお茶まで淹れたがった校長を押しとどめ、羽島が代わりにお茶を淹れてくれている。

つまり、作文と面接の編入試験だったが、校長の都合で面接はしていない、という設定・・のようだ。


「いいえ。えっと、素敵な並木道、ですよね」

「そうだろう、我が校の自慢なんだよ、あの道は。キャンパスの方もだけれど、ここも自然を多くとりいれていてね……」


変わったひとであるが、この校長も、全国の校長先生と同じように話が長いのだろうな、と思い、羽島からコップを受け取る。


「それで? 校長・・、挨拶って言っても、こんなもんで終わりだろ? このあとどうするんですか?」


敬語とタメ口の入り混じった口調で、校長の話を遮り、羽島は七緒の隣に座った。

話の腰を折られたにも関わらず、変わらないニコニコ顔で、校長は二人にお菓子を勧める。その手作りクッキーは、市販されているのかと思う程、見栄えが良かった。


「いやいや、もうひとつ謝らなくてはならなくてね。今日、本当ならば君の担任にもこの場にいてもらうはずだったんだけど、彼は部活の合宿に付き添っていてね…そうそう、君は1年3組だから。

あれ? 全然手をつけてないじゃないか…ほら二人とも、遠慮しないで食べなさい」


が、羽島が一向にお菓子に手をつけないのを見て、七緒は嫌な予感がしていた。


「……先輩、お先にどうぞ?」


そう言うと、羽島はとても良い笑顔で後輩の肩に手を置く。


「いいや、今回は君がお客様だからね、戸塚クン。遠慮せず食べたまえ」

「(これはもう100%アレでしょ! 美味しくない感じでしょ!!)」


この場からどう逃げようか考える七緒を尻目に、校長は軽く話を締めくくった。


「まあ、これからこの学園で頑張ってね」


話が長いのか、と思ったら、このあっさり加減である。

多分このひとは、自分の話したいと思うことは長く、形式ばったことは短めにすませるタイプなのだろう。


「はい、では失礼します」

「いやいやまだお菓子食べていないだろう。そんなに急がなくてもいいじゃないか」


立ちあがりかけたところを、校長に素で止められて、七緒は中腰のまま固まる。


「……」


無言で羽島を見ると、生温かい目で見られた。


―――ええいっ、わたしも男だッ


ひとつ手にとって、

「―――い、ただきますっ!」

薬でも飲むかのように口に放り込む。



も ゴリッ



―――変な音したアァァァァ! 「もぐもぐ」っていくハズが「ゴリッ」っていったアァァ!


―――歯ぁ痛っ! 顎痛っっ……! 美味しいとか不味いとかの次元じゃねえっ



心ゆくまで声を張りあげ突っ込みたいが、口いっぱいにクッキーが詰まっているので叶わない。何故かそのクッキーは、普通の一口大よりかなり大きかった。

羽島は「やっぱりな」と呟いて、コップを差し出してきた。


「(やっぱりってどういうことですか、先輩…ッ!)」


思いつつ、受け取った紅茶を口に含み、石のようなクッキーを柔らかくすることに専念する。


「…じいちゃん、やっぱり無理だって。下手の横好きはよしてくれよ」

「おかしいなあ、分量を間違えたかなあ。大丈夫かい、戸塚くん。何分素人でね、許してくれ」

「大丈夫じゃないよ、顔真っ赤じゃんか。かわいそうに」


毒見させたくせに、と思ったが、未だにクッキーが口の中に残っている七緒は、睨むことしかできなかった。

「ははは、涙目で睨まれても怖くないよお。校長、俺、寮まで連れていきましょうか、この子」

「そうしてくれるかい? じゃあ、戸塚くん、また登校日にね」


ばいばい、と手を振られて、七緒は無言で頭を下げる。まだクッキーが消化出来ないのだ。


―――「あの校長、お前と気が合うんじゃないか。マイペース加減が」

―――わたし、もっとお料理上手だもん…っ




「はーあっ、助かった! 俺、じいちゃんの部屋行くたんび、ああいう兵器を食わされてるんだぜ」

「兵器って…まあ否定はできませんけど」


校長室を出て、羽島が大きく息をついた。うらめしげに見つめると、申し訳なさげに苦笑される。


「ごめんごめん。で、荷物とかは?」


話題をすり替えやがったな、と思いつつ、お世話になっている身なので、大人しく返事をした。


「寮に直接届いてるはずです。制服は明日か明後日あたりに」

「ふうん、随分急な編入だったんだな。ま、はやいトコ荷ほどきしたほうがいいよ」


昇降口まで来たところで、「羽島先輩!」という声が廊下に響いた。

振り返ると、これまた小柄な少女が、猪のような勢いで駆けてくるところだった。


「―――あっ、わりぃ、すっかり忘れてた」

「忘れてたじゃないでしょーー! 馬鹿なんですか? あなた馬鹿なんですか!? ちょっと校長に許可もらいにいくだけって言ったじゃないですか!」

「あ、しかもその書類、校長室に忘れた」


「鶏か! 三歩歩いたら忘れる鶏か! いっぺん死んでその鳥頭どうにかしてください! なんのためにゴールデンウィーク潰して集まってんすか! 言いだしっぺはあなたでしょーがっ!

本当に自覚を―――あれっ?」


羽島の顔に唾を飛ばす勢いでまくしたてた少女は、ようやく七緒の存在に気がついたようで、顔を赤らめ、胸倉を掴もうとしていたらしい手を下げた。


「あっ、のう、ええと、すいません、お見苦しいところを…」

「はははっ、千代子、お前イマサラ猫被ったって―――っ…!!」


足を踏まれ、悶絶する羽島。千代子と呼ばれた少女は、七緒に可愛らしい笑顔を向けた。


「初めまして、倫葉祭運営委員会計の、みさき 千代子ちよこです」


礼儀正しく会釈され、七緒も慌てて応じる。


「初めまして、戸塚 七緒です。転校してきました」


羽島を先輩と呼ぶからには、七緒と同学年なのだろうが、その丁寧さにつられて敬語になった。


「あの、もしかして、委員のお仕事中…とかでしたか?」


恐る恐る尋ねると、千代子は頷いた。顔は七緒に向いているが、その右手は容赦なく羽島の耳を引っ張っている。


「痛い痛い痛い痛い! 俺、別にサボってたわけじゃねーんだよこれも仕事のうちなんだよ!」


必死で叫ぶ羽島、しかし、千代子は彼の言い分を華麗にスルーした。


「そうなんです、なかなか戻ってこなくって…ちょっと忘れっぽくてサボり癖のある大馬鹿なんです、このひと。

ええと、戸塚…さんは、何組に入られるんですか?」

「あの、敬語いいですよ。わた…おれ、多分あなたと同学年。1年3組に入るよう言われました」

「あっ、1年生? 良かった、先輩相手になんて姿見せちゃったのかと。文系クラスなのね。私は2組なの、理系クラス」


腰まで伸びたさらさらの黒髪は、一瞬、相棒の天使を思い出させる。


「(けど、ロウはこんなにお上品な笑い方しないよねえ)」


―――「お前、今失礼なこと考えてるだろ」


ロウのドスのきいた声が響いた気もするが、七緒は、それどころでなかった。


「あの、羽島先輩、迷ってたおれの面倒を見てくれたんだ。だからあまり怒らないで」

「あらっ……そうなんですか、先輩?」

「さっきからそう言ってるじゃんか! 転校生に寮までの道を教えるように、校長から言われたの!」


ようやく解放された先輩の耳は、肌の白さも手伝って、ひときわ赤くなっていた。


「それなら許します。ですけど羽島先輩、会長が大変憤ってらっしゃいましたよ」


羽島の顔が、さっと青くなる。


「……まじかよ」

「……あの、方向さえ教えてもらえれば、おれ、ひとりで行けますよ」


遠慮がちに言うと、羽島は申し訳なさそうな、けれど感謝の気持ちを露わにした表情で、寮までの道を説明してくれた。


「ここ出て右に行くだろ。校庭に沿って…そうすると部室棟があって、さらに奥に行く。その辺にあるから」

「アバウトですね。そんなとこにあったんですか、寮って」

「大丈夫です、方向感覚は良い方なんで…じゃあ羽島先輩、ありがとうございました。岬さん、また会ったらお話ししましょうね!」



正反対の表情で、七緒を見送る二人。


「なんだか、丁寧なひとでしたね、男子にしては」


友達になれそうですー、と笑顔な千代子に対し、羽島は未だ蒼い顔である。


「そだねー。でも俺はちょっとそれどころじゃないから……千代子、会長に説明してくれるよな」

「ご自分でどうぞ。あ、書類も自分でとってきてくださいね」

「……戸塚くんみたいな素直な後輩が欲しかったぜ畜生」



素直かと言われたら素直だが、それ以上にペースを掴みにくい奴だぞ、と、彼らの会話が聞こえていたロウは思ったそうな。




「ロウ、道、わかる?」

―――「お前ね、なにが「方向感覚は良い方なので…」だよ。あいつらが見えなくなった途端、オレ任せかよ

「いやいや、良いんだよ、ほんとに。でもロウに聞いた方が明らかに早いじゃん」

―――「……こっちだ」

「さすがだね、相棒」

―――「なっ、なにも出ないぞ!」

「いやっ、君のその反応を見るためだけにやっているのでお構いなく」

―――「……覚えてろよ、絶対ぶん殴ってやるからな…!」

「照れないでよッ、ロウったら」

―――「照れてねえよ! …チッ、そこを右だ、ばか!」




逆に、ロウの扱いに慣れてきた七緒であった。




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