閑話
「……なによ、孝明。起きてるんじゃない」
母さんの声に、孝明は顔をあげた。
昨日の練習試合のおかげで、まだ体が痛い。練習のときのが運動量が多い気がするのだが、やはり試合は違う。
「どうしてお兄ちゃんのお見送りしないのよお。しばらく会えないのに」
責めるような口調に、無言で牛乳を飲み干す。
「ナナちゃん、タカくんのこと心配してたわよ」
「あいつに心配されるいわれなんてねえよ」
「孝明」
母さんは、とてもゴーイングマイウェイなお方だ。
兄の七緒は、割とその血を色濃く受け継いでいるが、弟の孝明の性格は、父でも母でもなく、祖母に似た。少なくとも本人はそう思っている。
常識的で、しっかり者で、漫才で言えばツッコミ―――
「(いやいや、漫才で例えるなんておかしいか)」
話を戻すが、母さんは、ちょっと浮世離れしたひとなのだ。
ほわほわしていて掴みどころがなく、とんでもない失敗も「あら、ごめんなさい」で済ませてしまう、この家の最強なのだ。
そう、最強なのだ。
「孝明。七緒のこと「あいつ」なんて呼ぶのやめてちょうだい」
だから、怒ると、太刀打ちできない。
「……七緒、は、」
素直に謝るのもしゃくで、孝明は小声で兄の名を呼んだ。
「なんで、寮に入るとか、言いだしたの。倫葉って、こっから近いんだろ」
孝明の方も、七緒をそれなりに気にかけていたのだとだと知って、奈津子は小さく息をつく。
そういう年頃なのかとも思うが、息子たちが上手くいってない理由は、そんな一言では済まない気がしていたのだ。
「(男の子は、よくわからないわあ)」
そう思った瞬間―――チリ、と頭の片隅で何かが疼いた。
「ねえ、知らないの、母さん」
不貞腐れた息子の声に、ふと焦点を戻す。
「社会勉強のため、とかなんとか言ってたけどねえ」
「……うそくさ」
「タカくん、ナナちゃんに後でメールしておいてくれる?」
あからさまに「えっ」という顔をした息子に、奈津子は微笑んだ。
「お休みになったら、気軽に帰ってきてねって―――タカくんからそう言ってもらえれば、ナナちゃんも帰ってきやすいわ」
「母さんがしたらいいじゃない」
「わたし、ケータイ持ってないの、知ってるでしょう?」
浮世離れしたマイペースな母さんは、文明の電子機器にめっぽう弱いのであった。
「……そろそろケータイくらい持てばいいのに」
「すぐに壊れるんだもの」
いたずらっ子たちのおかげでね、と心の中で付け足す。
観念したように、孝明はため息をついた。兄のアドレスは、ケータイを買った時に強制的に登録させられたままである。
「……メールくらい、してやらないでもないけど」
「どっちよ。ねえタカくん、そういうのって最近は「つんでれ」とか言うらしいわよお」
「つっ……!? ふざっけんな! ごちそーさま!」
顔を真っ赤にして、孝明は食卓を離れる。奈津子はからからと笑った。
……ロウが見ていたら、「デジャヴだ」というような会話だった。