87、球技大会二日目
結局、3組が二日目まで残った競技は、バレーとサッカー、そしてバスケだった。
一年にしては戦績の良い方である。
バレーとバスケは、応援しやすいよう同じ体育館の半面を使ってやるので、直射日光を浴びるよりは体育館の中で応援したい人間でいっぱいだった。
「だから外の競技ってあんまり盛り上がんないんだよなぁ」
七緒と虎哲は、舞台の上で、バレーを応援していた。
そこに、バスケの試合を終えた笹原がやってきた。
「サッカーとテニスは応援過疎すぎて可哀想な」
「そうだねー、とかいっておれも外行きたくないんだけど。次、バスケ決勝?」
「おお! なんかラッキー続きで一年とばっかでさ、今二年すら倒してきた」
「倒すって」
「あれ、中村は?」
虎哲が無言で指したのは、バスケの得点板前だ。そこに、ちょこんと栄人は座っている。
「人手足りなくてかりだされとる。ちょうどお前と入れ替わりじゃった」
「あー、自分のクラスの審判とか得点ってやれないもんな」
「そういうことー。笹原くんバスケも上手いんだね。次勝ったら決勝でしょう」
「まあな! うちのクラス、小学校でミニバスやってたとかいう奴が何人かいるから、戦力になるんだよなぁ」
そんなことを喋っていたら、歓声が上がって慌ててコートを見る。
七緒は何で盛り上がってるのかわからないが、笹原と虎哲にはわかったらしい。
「うお、すげぇ」
「こりゃ相当なプレッシャーじゃのお」
ハテナを出しまくる七緒に気がついたのか、虎哲が簡潔に説明する。
「今から二点先取した方がこのセットを取れる。第一セットは向こうがとったけぇ、うちがとりゃあ第三セットに持ち込める」
「お、おお……」
「……ナナ、わかってないでしょ?」
「うん」
詳しいことはわからないが、とりあえずうちの組を応援したらいいのは確かだ。
サーブは米子だ。
「ヨネちゃああん、頑張れー!」
七緒の声援に気付いた米子は、こちらを見てニッコリ笑った。
「おっ、ジャンプサーブ! 入った!」
わぁ、と体育館が熱気に包まれる。バスケもバレーも準々決勝なので、応援する側にも熱が入っていた。
「どうなってる?」
卓球の審判を頼まれていた秋穂と優子が帰ってくるころには、第三セットももう終盤だった。
「勝てそう! わかんないけど!」
「わかんないの?」
「次入ったら、勝ち? みたいな?」
「なんでナナくんが疑問系なの?」
未だに何点先取したら勝ちなのか記憶が曖昧な七緒は、へらりと笑って誤魔化した。
「勝負が決まりそうなら、バスケの方行かない? あっちもう決勝だし、ハーフタイム終わるから移動するなら今だよ」
「え、だって笹原くん……あれ、いない」
虎哲の隣に座っていたはずの笹原がいない。
「結構前に試合に行ったぞ。こっちが終わったら応援に来てくれって」
「ほんとー? 気づかなかった。ちょうど移動出来るなら、もう勝ちそうだし応援に行かない?」
七緒が立ち上がると、虎哲は少し戸惑った。
「や、でも、最後まで見てやんないと悪かろ…… 」
言った瞬間、バレーコートで歓声が上がった。
「勝った! やったーすごいっ、相手3年だよぉっ! ……あれ? テツくんなんか言った?」
「いや……なんでもない」
そうして四人でぞろぞろネットで仕切られた反対側のコートへ向かう。
「あ、ハーフタイム終わる」
「いそげいそげ」
四人が出口側の応援場所に着くのと入れ替わりに、それぞれのチームがコートに出る。
こちらも相手は3年生で、いまのところ劣勢のようだ。
前の試合で得点板を頼まれていた流れで、選手たちの水筒やタオルを管理していた栄人ととも合流した。
「あ、審判羽島先輩だね」
「うん、バスケの審判って動き回って大変だよなあ」
通常バスケに審判は二人要るが、公式試合でもないので一人で回しているらしい。一瞬こちらを見て手を振ってくれたが、いがぐり頭から汗が滴り落ちていて、ちょっと同情した。
さらに見回すと、三組側は応援も少なければ控えもいない。
「きっとサッカーと被ってるからよ。5ファウルでなきゃいいけど」
秋穂の言葉に、七緒と優子が顔を見合わせる。虎哲が呟くように補足した。
「反則が個人で五個たまると退場なんじゃ」
「あっ、授業で言ってた気がする……トラボリングしか覚えてない」
「戸塚くん、それ多分トラベリング……」
そんなことを言ってる間にも、試合は進む。どのゲームも決勝は公式の時間でやるが、その他は多少短縮してある。サッカーなんて一試合きっちりやってしまうと一時間半かかるのだから当然だ。
バスケも、通常20分である1クォーターが10分に短縮されているので、3クォーター目もすぐに終わった。
そして、事件は4クォーターが始まってすぐに起こった。
ゴール下の激しい競り合いで、怪我人が出たのだ。
「高橋まじごめん!! 俺の肘が当たったんだ」
試合はもちろん一時中断、笹原がチームメイトの高橋恵を抱えて七緒たちのもとへやってきた。ほかのメンバーも続いてくる。
「いいって、大丈夫だから」
肘が顔に当たり鼻血をだしている張本人は、しかし抱えられていることの方が恥ずかしいらしかった。
「暑いし、のぼせたのもあるのかもね。私保健室連れていくよ」
保健委員である秋穂が、「いいって、いいって」と慌てる高橋を引っ張っていく。
「まだ試合終わってねーしっ! そ、それに、手、」
「怪我人は黙って。誰か、高橋の代わりに出てあげてね!」
去って行く二人を安心させるために、栄人は「もちろんだ」と言ったが、完全に棒読みだった。
「誰か、ったって……」
笹原は応援に来ている数少ないクラスメイトを見回す。
七緒は論外だし、優子もだ。かといって、栄人も運動神経が良いわけではない。隣のコートでのバレーも、すでに決勝が始まってしまっている。なので、自然と視線は虎哲に集まった。
「水城っ! 頼む、出て! お前しかいねえ!」
「え、」
「見ろこのメンツ! お前しかいない!」
「自分で言うのもアレだけど、水城しかいないって」
「水城ドッヂしか出てなかったろ? ルール違反じゃねえから!」
頼むお願いお前しかいない、と全員に言われ、虎哲はたじろいだ。
「でも……」
「……テツくん?」
七緒は渋る虎哲の様子に首を傾げた。彼は、こういうところで挙動不審になるようなタイプではないはずだが、目がうろうろしている。
「……だめじゃ、それは、……」
「なぁ、頼むよ! 準決勝まで来たんだ!」
選手たちが頼み込むなか、七緒はじっと虎哲を見つめていた。
嫌、ではなく、駄目だと言ったのが、妙に引っ掛かる。
「……テツくん、駄目なら、おれが出るよ」
Tシャツの裾を引っ張りながらそういうと、虎哲ははっとなった。
「ばっか、戸塚出すくらいなら中村に頼むよ」
「ええ、ひどい……」
「……笹原、」
弟分のような七緒に気を使われたのが癪なのか、虎哲は一歩踏み出した。
「出る。わしが」
「ねえ、どうする? さっきの奴大丈夫?」
審判の羽島が声をかけてきたので、笹原が慌てて答える。
「あ、大丈夫っす! あの、うち控えが他の試合出てるので、こいつが代わります」
そういって、虎哲の背をポンポン叩いた。
「よろしくなぁ、水城」
「ああ……」
コートに入った虎哲と、羽島が見つめあう。
「―――オーケー、メンバーチェンジね」
七緒が「変な間だ、」と思った瞬間、羽島はそういって踵を返した。
「―――テツくん、かっこいい」
虎哲が運動神経が良いのは知っていた。
体育はよくサボるけれど、たまに出れば少し流したような、けれどそつのない動きを見せる。
けれど、こんなにバスケが上手いとは知らなかった。
彼がボールを持つと、まるで手に吸い付くようにそれは動く。パスは早いけれど、相手がきちんと取れるところに出していて、すっかりチームの司令塔だった。
「あと三十秒!」
そう怒鳴って、パスを回す姿は、なんだか楽しそうだ。
ギリギリ二点差で勝っているが、攻める姿勢を崩さない。
「なにこれ、バスケってこんなギリまで攻めるもんなの」
一気にレベルの上がった試合に、七緒は目を白黒させる。圭介が頷いた。
「残り五秒とかでも、端から端まで行って逆転するんだ。スリーポイントもあるし、バスケはフィールドが狭いからな」
バレーは決勝で負けたらしく、虎哲がメンバーチェンジしたすぐあとに、バレーに出ていた者、それを応援していた者がこちらにやってきて、応援席はすし詰め状態だ。
「コートな。サッカーは広すぎるよ……水城もパス回して終わらせればいいのに、まだ攻め気だぜ。性格でるなぁ」
栄人もそう言いつつ、目は試合に釘付けだ。
虎哲の最後のパスが通り、笹原のスリーポイントシュートが放たれる―――そこで、ホイッスルが鳴った。
がこん、リングに当たって
「勝っ、」
「ったあああああっ!!」
応援していた一年三組の生徒が、ぴょんぴょん飛び上がる。
「すごいっ! 優勝っ!」
「激戦区のバスケで一年が優勝っ!」
「笹原ブザービーターじゃん、かっけぇ!」
「水城お前すっげー!」
「ひゃあああっほおお!!」
どわり、選手たちのところへ押し掛けて、みんなでハイタッチする。
「わあー、すごいねえ」
「ねー、一年で優勝ってうちだけじゃないかなぁ」
七緒、そして茜と優子は、体育会系なテンションに咄嗟についていけず輪に入り損ね、端っこで拍手だけしていた。ちなみに栄人は圭介に肩を組まれていたので、上手く溶け込んでいる。
「……こういうとき、ノリきれない性格が嫌になるなぁ」
「……私も……」
茜と優子が苦笑している隣で虎哲がもみくちゃにされているのを眺めていたら、視界の端に相手チームの何人かが羽島に何か言っているすがたが映った。
小柄な羽島を囲むように、背の高い三年生三人が捲し立てている。
「羽島、ルール違反だ! 」
「バスケ部はバスケに出られないはずだぞ」
「なんでメンバーチェンジを止めなかった!?」
どういうことだ、と七緒は耳を澄ませる。
メンバーチェンジということは、彼らが言うルール違反は虎哲のことだろう。しかし虎哲は帰宅部だ。
羽島は怯まず首を横にふる。
「先輩、違いますよ。現バスケ部は、だ。違反じゃない」
「でも……」
「悔しいのはわかります。でも、ルール違反でもなんでもないんだ。これ以上煩わせないで下さい」
―――うわ、
羽島と話したのはたったの二回だ。どちらの印象でも、人懐こく、快活な人柄だと思っていた。
―――あんな、あんな顔もするのか
三年生すら怯む、冷徹な表情。そして有無を言わせぬ物言い。自分に向けられたものではないのに、七緒は驚き怯えた。
三年生たちは諦めたのか、ブツブツ言いつつも羽島から離れて行く。視界が広くなって視線に気付いたらしく、羽島は七緒に向けて笑みを浮かべた。七緒の知っている羽島だ。
小さく会釈して、目をそらす。見てはいけないものを見てしまった気分だ。
クラスメイト達はまだ騒いでいるので、誰もその口論をみた者はいない。
が、七緒は虎哲がクラスメイトから開放された途端、羽島を振り返ったのに気が付いた。何か言いたげな目だが、それはすぐに伏せられた。
「(知り合い……?)」
そう思ったときに、不意に体育着が引っ張られるのを感じて、振り返る。すると、真っ青な顔をしたマリアが立っていた。
「マリ、ア? どしたの……」
「お願い、一緒にきて」
「え?」
「……ナナくん、どうしたの?」
茜と優子が、訝しげにマリアと七緒を見比べるが、当の本人はお構いなしにもう一度、七緒に言った。
「お構い、一緒に、きて」
真っ青な顔をじっと見て、それからふと思い当たって背筋を伸ばした。
―――もしかして
「ちょっと行ってくるね」
茜と優子にそういうと、マリアと共に体育館を出る。
「おい、ナナーー?」
「どこ行くんだよー!」
異変に気付いたらしいクラスメイト達の声がしたが、無視した。
マリアの、切羽詰まった表情には、なんとなく覚えがあった。
―――きっと、彼女にもその時がきたのだ。