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86、球技大会一日目(下)



ぱっかーーん、なんて音がしそうな、素晴らしい当たりだった。

かろうじて「取らなきゃ!」という気持ちがあったので、胸にボールが当たった瞬間、それを抱え込もうと手を出したが、少し遅かった。腕に当たったボールは頭上高く跳ね上がり、一組は歓声をあげ―――



「それでそれでぇ??」


米子が身を乗り出した。


「ヨネ、サンドイッチ落ちるわよ」


洸がそういって、親友の膝の上のサンドイッチを取り上げた。


「まあまあ、落ち着いて聞けよヨネちゃん。昼休みは長いぜっ!」

「お前こそ落ち着いて喋れ、ご飯粒飛んで来たぞ!」

「長くないよ、洸はそろそろ出なきゃだもん」


圭介の向かいにいた栄人が顔をしかめて怒鳴り、秋穂が冷静に言った。圭介はぺろりと舌を出した。


「ごめそ!」

「謝ってねえだろソレ……」

「ねえ、いいから続き~」


米子の催促に、圭介が居住まいを正すが、隣にいる七緒に袖を引っ張られ振り返った。


「ねえ、もう良いってぇ。おれすごい美化して話されてんじゃん」

「そういうもんじゃね、昔話とかって」

「昔話じゃないじゃんついさっきのことじゃあん!」


圭介は昼休み、と言ったが、球技大会の日に明確な昼休みはない。

自分の出る競技や仕事が、一段落したタイミングで自由に食べるのだ。

七緒と栄人と虎哲が、昼飯を食べるかーと集まったとき、ちょうど米子がバレーから戻るのを待っていた女子たちに会ったのだ。同時に、バレーにも出ていた圭介も戻ってきた。流れで全員で弁当を広げているのだ。教室には今は彼らしかいない。

米子と圭介の出るバレーは順調に勝ち進んでるらしく、このあとの一試合に勝てば明日の準々決勝進出だ。栄人もシングルでは早々に負けたが、ダブルスで勝ち進んでいるらしい。

一方洸は審判などの雑務がまだ残っており、このなかで一番に出なければならない。


「赤星、審判代わろうか? ルールなら一通りは知ってるし」


栄人が申し出たが、洸は首を横にふった。


「いいわ、私の仕事だし。もう競技もないしね」


その言葉に、七緒が項垂れ、慌てて米子が声をあげた。


「え~っ、ちょっとほのぉ、ネタバレしないでよぉ、負けちゃったの!?」

「あ、戸塚のフォローするんじゃなかったのね。……まあ、結論から言えばドッヂは終わったわけなんだけど」


そう、3組のドッヂボールは、二日目まで生き残ることもなく終わったのだ。

一種目しか出ていない七緒と秋穂、茜と優子は、明日は完全に暇なのだ。洸は仕事があるけれど。

しかぁし、と圭介は身を乗り出した。


「ここからが話どころっ! ヨネちゃん是非聞いてっ!

あー、ナナの覚悟と努力虚しく、天高く舞い上がったボール、それを見て1組は歓声をあげ、3組は思わず顔を覆ったが―――」


箸入れを床にパンパン、と叩きつける。


「ここで見てたら男が廃る! 動き出したのは我等がテツくん!!」

「お前は落語家か」

「テツくん言うな」


栄人と虎哲に突っ込まれるが、圭介はそれぐらいで負けはしない。


「七緒が最後の力を振り絞ったおかげか、ボールはほとんど真っ直ぐ上に飛び、そのまま落ちてきた! 落下点に飛び込んだテツは、ジャンプしてボールを掴んで、空中で投げるフォームに入った!」


米子と、その場面を見ていただろう優子まで、なぜか目を輝かせて聞いている。なんだかんだで栄人も聞き入っている。七緒と虎哲だけ、居心地悪そうにモゾモゾしていた。


「まるでスローモーションのようだったね! 1組の連中は、美少女木吉さんも含め、勝利を確信して油断しきっていた! 今度はこっちが勝利を確信したね。テツがボールを放った!

―――けど、そのボールは木吉さんの横をすり抜けて、すぐ後ろにいた男子に当たったんだ」


ああ、と米子がため息をついた。


「それで負けちゃったのね?」

「まあ聞いて、ヨネちゃん。


俺たち3組は上がったテンションが一気に落ちた―――水城の野郎、あんなにカッコつけずに、着地してからきちんと投げればよかったのに、と誰もが……うそうそ、カッコつけたとか思ってねーから!」

虎哲の一睨みに慌てながらも話を続けようとする圭介は楽しそうだった。


「ところがどっこい、1組の連中は凍ったように動かない! 一瞬あとにホイッスルが鳴り響き、俺たちはタイムアップでの敗北にうちひしがれようとした、そのとき!」


パンパン!


「審判が言ったんだ―――1年3組の勝利……ってね!」

「ええっ」


米子は困惑の声をあげてから、はっと息を飲んだ。


「……木吉さんは、王様じゃなかったのね?」

「そのとおり! 実はテツが当てた奴が、王様だったんだ」


七緒の予想通り、マリアは王様ではなかった。しかし王様然として振る舞っていたので、七緒自身途中で意見を変えた。

しかし、虎哲は観察して気が付いたのだ。


「木吉さんが逃げるとき、必ずあの男子生徒がそばにいる。けれどその割にはボールを取ろうともしないから、もしかしてと思ったんだ! テツくんは!!」

「おおー!」

「じゃかぁしい!」


米子に拍手されて、本格的に恥ずかしくなったのだろう。虎哲は怒鳴ったが、隣の七緒に「まあまあ」と背を撫でられ、口を閉じた。


「いーじゃねーのテツ、クラスメイトの勇姿は伝えたくなるだろぉ?」

「美化しすぎじゃあ。七緒がちらっと言うとったから、気ぃ付けて見とったばっかしで」

「いやー、オレはわかんなかったもん」

「……ねぇ、それで?」


米子はノリノリで「水城くんかっこいい~」なんて言っているが、茜は腑に落ちないような声をあげた。


「ってことは、1組には勝ったんでしょ? でも洸がさっき負けたって……」


ああ、と圭介が笑った。


「次の試合、開始三分で負けたんだよ」


次の試合は、対戦相手をみて、七緒はひとり顔をひきつらせたのを覚えている。


「よう、ナナ」

「お前―――王様だって?」

「バレちゃってるぞぉ、王様」


相手チーム、1年5組は、銀杏の住人である景森勝と五十嵐飛丸、飯島雄大そして、


「ごめんな、ナナ! 勝負だから!」


渡辺直哉を有していた。

1組との試合を、5組は観戦していたのだろう。

王様がバレていて、その実力が知られているのだから、勝ち目はなかった。


「すっげー徹底して七緒狙い。パスのテンポも早くてなんかあのメンツでやりなれてる感じがしたなー。さすが持ち上がり組っつーか」

「ねー。銀杏の奴もいたから、なおさら容赦なく狙われたっていうか……五組所属の寮生揃い踏みだったっていうか……」


そして、あっという間に七緒が当てられてしまったのだ。


「あららぁ。でもまあ、頑張ったよナナくん。みんなお疲れさま」

「ありがとぉ、ヨネちゃん。ヨネちゃんと圭介は頑張ってね、このあとのバレー」

「そーだなー、どれか残ってくんないと、俺ら明日出席のためだけに学校くることになるし」

「ハチ、お前もうちょっと青春チックなこと言ってくんねえか、冷めるから……武本ちゃんもう行くの?」


音も無く輪を抜けて、自分の机に戻りごそごそやっていた優子が廊下へ出ようとしたのを、圭介が目ざとく気が付き、声をかけた。優子はぎこちなく振り返る。


「あ、えと……ちょっと……お手洗いに……」

「あーっ、私も今トイレ行きたいと思ってたの! 一緒に行くっ!」


秋穂がぴょこんと立ち上がり、去り際に圭介の座る椅子を蹴って行った。


「うおっ」

「あっ、ごめん」


今完全にわざとだったよね月野ちゃんね! と喚く圭介の口に、七緒は生姜焼きを突っ込んだ。


「黙りなさい、圭介。おいしい?」

「も、もふひぃふぇど……」

「はいじゃあ次コレ」

「おむっ、ふぇ、まんまもほえ……」

「ほいもう一口」

「んむーー……」

「美味しいでしょう、これ結構高かった奴よ。コンビニで」

「むひぃ」


圭介が大人しくなったのを見て、栄人が「おお」と呟く。


「突然の餌付けだ」

「七緒、お前ちゃんと自分で食べろ」


虎哲は七緒の食べる量が減ることを心配したのか、そんなことをいう。


「……ナナくんてお弁当コンビニなんだね」


茜が3人を呆れたように見ながら言った。


「いつも購買なんだけど、昨日ハチんち行った帰りに買ってきておいたんだ」

「えー、ほんとに中村んち行ったの」

「テスト終わったばかりではしゃいだのね」

「ほのちゃんったらきつーい。ナナくん料理できるって言ってなかったぁ?」

「寮だからお弁当は作れないんだよー」

「ていうか寮の話もっと聞きたいねぇ」


うまく話題を変えられたことに気がつかない男子組に、七緒含む女子組は呆れつつ安堵する。

全く、男子という生き物はデリカシーに欠けすぎている、と、女子組は思うのだった。



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