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84、球技大会一日目(上)



「……お腹痛い」

「頑張れナナ。オレが守ってやるから!」


体育着に着替えてため息をつく七緒に、圭介が腕を広げてみせた。まだ着替え途中の裸の胸に、七緒は真顔でパンチをいれた。


「おうっ」

「かっこいいーってならないでしょ! もーほんと圭介恨むからねぇ!」


結局、ドッヂボールで王様に選ばれた七緒は、朝から目が死んでいた。今日一日、自分にふりかかる責任が大きすぎる。しかも苦手な分野で、だ。


「げほ、だぁから、オレ、ナイトになったじゃん! 悪いとは思ってるって!」


王様ドッヂとは、各チームで一人「王様」を決める。それが誰だかは自チームと審判にしか知らせず、相手チームの王様は誰かわからない。普通のドッヂボールであれば、最終的に人数の多い方が勝ちだが、王様ドッヂは王様さえ生き残っていれば負けないのだ。

そして、王様以外にも大事な役割がある、「ナイト」だ。

ナイトはボールを何度当てられても外野に出なくて良い。身体を張って王様を守る騎士ナイトなのだ。


「でも圭介、ナナばかり守ってるとバレるからな。満遍なく守れよ」


やる気満々で指摘してくるのは、同じくドッヂボールに出る笹原龍一だ。彼は黒髪短髪、よく日焼けした肌に、がっしりとした体格。いかにもなスポーツ少年である。ちなみに圭介と同じくサッカー部だ。


「そうじゃあ。バレて集中的に狙われたら、七緒なんか瞬殺じゃ。加減しちゃれよ」

「七緒なんか、って、テツくん……」


虎哲は珍しくやる気を前面に押し出しており、クラスメイトはみんな驚いている。

七緒は彼の負けず嫌いな部分がそうさせているとわかったが、なかなか見ない姿に戸惑ってもいた。


「やるからにゃあ勝つ。赤星の言う通りじゃ」

「水城って意外に体育会系だよなー! まあありがたい戦力だけど」


笹原も驚いているが、嬉しそうだ。

虎哲は見た目はとっつきにくいが、機嫌さえ悪くなければ優しいし、頼りになる。喧嘩っ早いが、情に厚い男なのだ。

七緒が兄のように慕いくっついているところを見て、最近クラスメイト達の認識も変わってきている。七緒は、こっそりそれを喜んでいた。


「ねえ、笹原君、もうひとりのナイト誰? たしか二人いたでしょう?」

「あー、赤星。気兼ねなく動きまわりたいってさ」

「らしい、ね。あーもう、ホント当てられても怒らないでね……」

「誰も責めないって! さあ、行くぞ!」


3組はドッヂボールでは第一試合だ。ぞろぞろ教室を出て体育館に向かう。


「……お腹痛い」

「大丈夫大丈夫。あんまり青ざめてるとバレちゃうぞ」


ずっと七緒を慰めていてくれた栄人は、階段で「俺はここで」と言った。


「卓球、第二試合なんだ」

「頑張ってねハチ」

「負けんなよぉ!」


栄人は卓球を選んだ。七緒と同じ理由であまりドッヂボールは好きではないし、バスケのような接触の多いものも怖い。頑なに室内競技を望んだのは、そろそろ梅雨もあけるかなくらいのこの時期に、外でサッカーやソフトボールをやるのはごめんだったからだ。今日も日差しが痛いくらいの良い天気である。


「さあ、張り切っていこうぜー!」


テンションの高い笹原を先頭に、1年3組ドッヂボール出場者たちは体育館に足を踏み入れた。



「はいストーーップ、1年の勝利ー!」


審判の声で、戸惑った3組のメンバーは、意味を悟って飛びあがった―――王様に当てたのだ。


「次の試合もうちょっと後だから、他の応援行こうぜ」

「あ、じゃあ私残るよ。ひとつ前の試合になったら呼ぶわ」


秋穂が手を挙げたので、七緒も便乗する。


「おれも残るー、疲れた」


そうして二人が残り、他のメンバーは各種目の応援に散らばっていった。


「お疲れ、ナナくん頑張ったね」


舞台の上が試合待ちの溜まり場になっていたので、そこに上がりながら秋穂が言った。すごい鬼気迫る顔で逃げてたよ、と言われて、七緒は恥ずかしくて顔をおおった。


「でも俊敏だったよ」

「必死だったからねぇ……」


だらだら喋っていると、入り口の方で優子を見つけた。手を振るとほっとしたように端を通って舞台にあがってくる。


「良かった、みんなどこにいるのかなって」

「ソフトボールどうだった? 茜ちゃんは?」

「一回戦負け……野村さんは第二体育館の方行ったみたい。来るときピロティーに全体の勝敗表貼り出されてたから見てきたけど、卓球の中村くんと佐久間くんは勝ち進んでるみたいだよ。こっちは?」

「勝った勝った。誰が王様かもバレない間に、向こうの王様当てたから。優子ちゃんもココ座って見てようよ」


舞台の端っこで、三人で喋りながら観戦する。目の前の試合に寮生が出ていたりするので、思ったより眺めているだけで楽しい。


「わー、先輩と当たったらやだなぁ、狙われそう……ていうか一年の銀杏率高いな! ナオとトビくんと景森くんと飯島くん……うわぁ、5組の寮生全員出てる……ケンくんと由良くんもいる……ひぃ……」


銀杏のメンバーはもれなく七緒の運動音痴具合を知っているので、ボールが手に渡ったとき狙われる可能性は高い。

表情を曇らせる七緒に、秋穂が言った。


「そしたら一緒に逃げよう、私守るから」

「ありがとう秋穂ちゃん……男前だね……」

「わ、私も、応援……するね……」

「ありがとう、でもあんま見られると恥ずかしいよ……?」


どうやら必死の表情らしいから、と七緒が俯いて、秋穂がケラケラと笑った。

そのとき、ふいに背後から声をかけられた。


「……ナナ?」


振り向くと、小柄な少女が汗をふきながら手を振っていた。


「マリ……ア!」


三組と一組では教室も遠いし授業も被らない。何度かメールはしていたものの、会うのはアルマジロンで食事をしたとき以来だった。

マリアは一緒にいたクラスメイトらしき男子に声をかけてから、トコトコこちらに寄ってきた。七緒の隣にちょこんと腰掛ける。


「久しぶり」

「ほんと久しぶりだね。こんなに会わないものとは」

「なー!」


二言三言かわした後で、七緒はクラスメイトの存在を思い出した。


「あ、えっと、マリア、こっちは月野秋穂ちゃん、こっちは武本優子ちゃん。おれと同じクラス」


なんだなんだと七緒たちを眺めていた二人は、紹介されて慌てて会釈した。

マリアはにっこり笑うとまず秋穂に手を差し出した。


「よろしく。木吉マリアです」

「えっ? ああ、よろしく……」


秋穂はかなり戸惑いながら握手に応じ、武本も同じように遠慮がちに差し出された手を握った。

それを見て七緒は目を細める。


「……ちょっとマリア?」


肩を抱いて、彼女にだけ聞こえるように呟く。


「あなたイタリアと日本のハーフですよね?」

「ああ」

「イタリアに住んだことはありませんね?」

「うん」

「日本は握手の文化が定着してないのは知ってますね?」

「もちろん」

「―――触りたいだけでしょ」


マリアはニヤリと笑った。


「バレたか」

「わかるよっ! おれと会ったとき握手なんか求めなかったでしょうが!」

「オレ男に触ると死ぬから」


んなわけあるかい、と小声で突っ込んでいると、秋穂が遠慮がちに声をあげた。


「ナナくん、他のクラスに女子の友達いたんだね」

「え、ああ、うん、まあ女子っていうかなんていうかだけど……」

「木吉さん、ナナくんと同じ頃にきた転校生だよね、その時知り合ったの?」

「よく知ってるね。まあそんな感じ! ていうかマリアで良いよ」


あっさり嘘をつくマリアに呆れながら、七緒は遮るように「ところで」と話を変えた。


「マリアはなんの種目にでんの?」


マリアが女友達を欲しがってるのはわかるが、さっきの握手で軽い下心をだしたのを見ると、七緒にとっても大事な女友達と交流させるのをためらった。

それを悟ったのか、マリアは肩まで両手をあげた。なにもしませんよのジェスチャーだ。


「バレーとドッヂ。今バレーやってきたとこ。ナナは?」

「……ドッヂ」

「まじ? 得意なの?」

「得意そうにみえる? 数あわせだよ。おれなにやっても足手まといだもん……」


しゅるしゅる小さくなる七緒を秋穂が宥める。


「まーまー」

「戸塚くん、ドッヂ一回戦勝ったんでしょ、私はソフトボール思い切り足ひっぱっちゃったよ……」

「優子ちゃん、慰めるために自虐しなくてもいいんだよ! ちょ、二人して落ち込まないで!?」


暗いオーラを発し始めた運動音痴組にはさまれて、秋穂が明るい声で話題を変えた。これ以上ドッヂボールの話題が続けば、何かの拍子に王様が七緒だとバレる可能性もあると思ったからだ。


「あー、マリアちゃんとナナくん仲良さそうだね?」

「んん、まあ、悪くはないよ」

「そんなに会えないから話せないけどねー」


ん? と秋穂が首をかしげる。


「外でも会うんだ?」

「あ、この前一回お昼ご飯に」


言葉の途中でマリアに軽い肘鉄をいれられて、七緒は意味がわからず顔をしかめた。察しの悪い奴めとばかりにマリアが囁く。


「お前ね、一応男女なんだから、外聞考えろよ。付き合ってるみたいだろ」

「あ、そっか」


そうやって小声で話し合う姿が一番怪しいのだが、どうやらそれにはマリアも気がついてないようだ。


「(付き合っ……てはいない、のかな? うーん、私こういうの疎いからなぁ)」


秋穂は二人の関係を判断しかねて、なんとなく優子を振り返った。彼女がなんだか微妙な表情だったので、さらに混乱した。


「(いいや、私こういう話向いてない)」


考えるのを諦めて、ドッチボールの試合をみると、どうやらそろそろタイムアップのようだ。審判がひとさし指を掲げてストップウォッチを見ているので、あと一分というところだろう。

そこで、はっとなった。


「大変ナナくん、試合終わる! 次私たち!」

「え!! ほんと!? うーわ、みんな呼びにいかなきゃ……あれ?」


七緒が慌てて立ち上がったが、入り口をみて驚いた。3組ドッチボール出場者たちが、体育館を覗いてるのだ。

試合運びをみて出番だと気が付いたのか、ぞろぞろと端を通って舞台までやってくる。


「ナナ! なっかなか呼ばれねえから、どうしたのかと思ってたぞ!」

「ごーめーん! すっかり忘れてた!」

「そろそろかなって思って来たら、ちょうどだったな」

「ごっめん、私ら普通に喋ってたわー」

「赤星がソフトボールの審判してるから、誰か呼びにいって交代してやってー」


忙しなくなった舞台上で、七緒はマリアの存在をふと思いだし、振り返った。


「マリアごめん、次おれたちだから―――」


そして、奇妙な笑みに気づく。


「……マリア?」

「へえ、そう、次試合なの、お前」


昨日から、嫌な予感が当たってばかりだ。

自然と頬がひきつる。


「負けないぜ、―――ナナ」



男言葉で不敵に笑った彼女に、会ったことのないマリオが、重なって見えた。





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