83、テスト最終日の悲鳴
「終わったーーっ!」
「色々と、ね……」
ぐぐ、と大きく伸びをする圭介の隣で、七緒は背中を丸めている。
正反対な2人の後ろで、栄人はあくびをした。
「なんだよお、ナナ。テスト終わったってのにそのテンション! やっとこテスト勉強から解放されんだぞ! 言うほどしてねーけど」
「圭介こそなんなの、その意気揚々とした感じ! もう、おれ全然できなかったもん……」
オレだってできてないけどさ、とケラケラ笑う圭介。
「(ああ、圭介とナナの考え方が手に取るようだ……)」
終わったことは気にしない、まあ元々勉強してねーしな、という圭介に対し、テスト勉強全然できなかっし、問題も解けなかったどうしよう…と落ち込むタイプなのだ、七緒は。
そう思う栄人もどちらかといえば七緒のタイプだが、今回はそこそこいったかなという手ごたえがあるので、余裕かましていられるのだ。
「二学期はもうちょっと計画的にさ、一緒に勉強しようよ、ナナ」
「ハチ……優しいなああ、ハチくんは!」
「お前さ、その優しさちょっとでも良いからオレにも分けてよ! ナナばっかずるいよ!」
「えっ、優しくされたいの。圭介きめぇ」
「そういうとこ! そういうとこなおそう!?」
わいわい騒いでいると、「座ってー聞いてー!」と声がかけられる。
教卓まえに赤星洸が立っていた。
「ねー聞いて! おらソコ圭介、座れぇ!」
「赤星怖いよ!」
慌てて席につこうとする圭介だが、いかんせん窓際後ろから廊下側前までは遠い。がたがた机にぶつかる圭介をみて、洸はため息をついた。
「いい、圭介、うるさいからもうそこに座って」
「地べた!?」
「球技大会の種目についてなんだけどー」
「無視!! 無視だよ!」」
うるさい、とぶった切られてようやく教室は静かになった。
黙って黒板に向っていた岸村雄吾が、振り返って書いたものを見せる。
「明日から二日間球技大会なんだけどー、これ種目ね。場所とかのプリント今配るから、やりたいの二つくらい決めて」
そう言っててきぱきとプリントを配りはじめる岸村。そして一方で洸が説明を始める。なんとも息の合った学級委員たちである。
「まあ球技大会っていっても、テスト後の息抜きみたいな感じだから体育祭ほどガチでやらないらしいんだけどー、各種目と総合一位のクラスは食堂の割引券もらえるみたいだから、ちょっと頑張ろうか。えー、ちなみにサッカー部がフットサルでたりバレー部がバレーでたりはできないことになってるんで、その辺よろしくね。うちらと体育委員と放送委員は審判とか放送で忙しいから、当日はあんまりアテにしないでね。場所とか時間は各自要確認のこと!」
その3つの委員は、これから委員会で打ち合わせがあるらしい。テスト後の二日間ということで、教員たちは採点で忙しい。そのため、ほとんど生徒しかタッチしない行事なのだ。体育祭などの大きなイベントではないので、運営委員も設立されない。
「けど、ぐだぐだにするつもりはみんなないから。やるからにはどっかしらで一位とろうよ。一年でも遠慮することないかも」
「(さすがほのちゃん……)」
運動音痴としては役に立てる気がしないが、頑張ってるひとには協力したいと思う。なにより、行事は楽しんだ者勝ちだ。
手元に回ってきたプリントを食い入るように見つめる。何か、自分が出て足を引っ張らなそうなものは無いか。
―――無いわ! 球技全般苦手だわ畜生!!
机に突っ伏す七緒を目ざとく見つけて、洸が叱る。
「こら戸塚、聞け! ……あんたの処遇はちょっとみんなで考えよう」
「処遇って。みんなで考えるって……」
どんだけ足手まといだ自分、としょんぼりする七緒。かける言葉もなく、栄人が肩を優しく叩いた。
「一年は外部組だから女子がいる組といない組があるでしょ。それで、なんかハンデつけようかって言われてたんだけど……」
突如として、洸が口ごもる。代わりにプリントを配り終えた岸村が、無表情で言った。
「どこかの強情な誰かさんが、女子いるからって舐めるんじゃないよと。球技大会くらいでハンデだなんだ騒ぐんじゃないよと。各々のクラスで女子をカバーするくらいの力をみせろと。女子も頑張ろうぜと。やれると。そう啖呵をきりまして」
クラス全員が、洸を見た。
「まあ僕は、女子のためのハンデというものは必要ではないかと。別に差別でもなんでもなく、男女では潜在能力も役割も違う訳で男女混合で同じ競技をやる以上どこかしらで調整をはかるのは悪いことではないんじゃないかと、そう言ったわけだけど、まあね、ちょっと止められなかったよね。というわけで、今回はとくにハンデはないので」
「……謝ったじゃない……」
洸が珍しく赤面しているのをみて、岸村は満足したらしい。そんじゃあ出たい種目に手を挙げてね、と進行に戻る。
「ひとり二つまででで、最低ひとつね。あ、戸塚枠どうしようか」
「ちょ、戸塚枠って何!?」
「なんか良い考えあるひといない? 戸塚ができそうな奴」
「戸塚枠って!! 何!!」
じたばたする七緒は完全無視で、話し合いは進む。圭介が手を挙げた。
「ナナだけじゃねーな。女子も先に決めようよ。ここはレディファーストっていうことで。
武本は運動苦手だよな。一番、何もしなくていいのはこの中ではドッヂだけど、でも当たると痛いしアレだよな。バスケとフットサルはもちろん走り回るからしんどいし、ソフトボールが無難かと思うよ。下位にしとけばゲーム数少ないし打席に立つのは少なくてすむ。そうそう飛ばないと思うから、野手なら楽だよ。
ヨネちゃんは確か中学でバレー部だったよな? バレーなら他の組も女子の選手が多いと思うし。
月野ちゃんはドッヂどうかなぁ、すばしこいから残れそう。男子は投げるとき、女子相手ならほとんどの奴が遠慮するから、ひとり入ってるといいかも。もしくはフットサルかバスケ? 月野ちゃん結構オールマイティーだよね。
赤星はフットサルかバレーだよな! お前ふたつ出ようと思ってるだろうけど、忙しいんだから一種目にしとけよ。
そんでナナは―――」
ぺらぺら楽しそうに喋っていた圭介は、ようやく変な空気に気が付いたのか、ぴたりと口を閉じた。しーんとなった教室を見渡して、縮こまる。
「……何? いや、押し付けてはいねーよ? これとかどうって話で」
「そうじゃなくてさ……」
「なあ……」
洸と岸村が顔を見合わせる。
「お前頭使えたんだな」
「どーいう意味っ!? だって頭使うも何も、それぞれの得意なもの苦手なもの考えたらこうなるだろ?」
「いや、まずそれを把握してるのも……」
「決めたわ!」
ホノカが教卓を景気よく叩いた。目が、きらきらしている。
「明石圭介、あんたをうちの参謀に任命します!」
「はーーーー!?!? さ、サンボウ!?」
「ねえ女子、種目はさっき圭介が言ってたやつでいい?」
騒ぐ圭介を無視し、ホノカが女性陣を見渡す。米子も優子も、躊躇なく頷いた。
「そんじゃあ私はドッヂにしとくね。精一杯女子オーラだして相手の気ぃ削ぐわ」
「うん、秋穂の女子オーラにはあまり期待してないけど」
「洸、あんた」
後で体育館裏行こうかー! と言う秋穂は放置で、洸は腕を組んで考えだした。
「うーん、私一種目だけはやだなぁ。色々やりたい……」
「ばか」
聞き捨てならないとばかりに、岸村が洸を小突く。
「明日明後日は暑いらしいし、審判とかあるじゃん。お前が倒れたら嫌だから、いっこにしとけよ」
「ん? ああ……うん……」
ストレートに心配すると言われ、ホノカは素で驚いたらしい。大人しく従って、黒板のドッヂの文字を無言で指した。
「圭介、そんで戸塚はどうする?」
「え? ああ、ナナはドッヂがいいかなって」
「えー! お、おれドッヂ怖い!」
七緒は驚愕して悲鳴をあげた。ほとんどの運動が苦手な女子そして男子がそうであるように、ドッヂボールなんて種目は拷問でしかない。
「ナナって前やった体育のドッヂ、何気に最後まで残ってたろ? 逃げるのなら上手いよな」
「でも、それだけじゃ 」
「ドッヂは毎年、一日目は王様ドッヂなんだそうだ。二日目の決勝は全滅負けらしいけど、とりあえず一日目を勝ち抜くならナナを王様にしたいんだよね」
今までされたことのない提案に、七緒の思考は完全に止まる。
「王様になるやつは、下手に自信があるよりも、完全に逃げに徹している奴がいい。そんで、それが不自然じゃない、普段からそうしてる奴」
「確かにね……戸塚ならいかにも数合わせ要員だし」
「ナナの運動音痴は他の組も知ってるしな……」
「面白がって広めちゃったものね、うちの転校生運動音痴だって……」
周りがざわざわしだしたことに、七緒は震えがる。この空気は、やばい。
「え、ちょ、それ初耳……っていうか無理だって! わた、お、おれ、逃げきる自信は……」
「大丈夫、ナイトいるし、そこはみんなでナナをカバーしよう」
「き、岸村くん……話し合い長引かせたくないからそういうこと言うんでしょお……」
七緒の情けない顔に、 岸村は笑顔を返した。
岸村は誰よりも面倒なことが嫌いなので、推薦され仕方なく学級委員に務めているものの、やれることは早く終わらせられるものはさっさと、が信条なのだ。
「もちろんそれもあるけど、勝算があるから今の案を推してるんだよ。大丈夫、一日目を勝ち抜けば、後は普通に逃げてていいから」
「お、おれの意見……」
「じゃあこのままドッヂから決めていこうか」
「おれのいけーーーーーーん!!!!」
ようやく期末テストが終わったその日、七緒の悲痛な声が学校中に響いたという。
テストは終わったが、平和は訪れなかった。