82、テスト三日目
「終わったぁー!」
跳ねながらこちらにやってきた圭介に、茜と栄人がぴしゃりと言う。
「三日目が、ね!」
「まだ残ってるだろ」
しかし、圭介の笑顔は消えない。
「そうは言ってもお前たち、次は月曜だ。日曜に勉強すりゃすむことじゃないか。今日はちょっと休憩気分で」
期末テストは一年生も4日間だ。木曜から始まったので、日曜をはさんで最終日がある。その解放感から調子にのる圭介を見て、珍しく虎哲が自ら話に入ってきた。
「そがぁなこと言うて、なんだかんだ勉強しはじめるのは日曜も夜遅く日付が変わろうという時間……」
「ああ、おれは今日一日何をやっていたんだ。せめて土曜帰ってから少しでも勉強していたら……」
示しあわせたかのように七緒が芝居がかった台詞を吐いたが、あまりにも「あるある」すぎて、圭介はもちろん、栄人と茜もツッコミを忘れて苦い顔になる。みんなそれぞれに覚えがあるのだろう。
「……ってね、昨日夕飯のときに、銀杏の管理人さんが言ってたの。日曜はさんで気をぬくと後悔するよーって」
「あいつぁああいうときゃ目一杯年上風吹かすけぇなぁ……」
「またそういうふうにいう~」
聞きあきるくらいに言われた二人は平気な顔だ。
「……もうなんか、すげー刺さる言葉な……」
「教室に貼っておこうか……」
「毛筆で書いてな……」
しかし、改めて帰ってからも勉強か、と現実を突きつけられた三人は、すでにぐったりしている。
「あー、ごめんごめん。でもテツくんがそういうの言い出すの珍しくてつい」
「そうだなー、水城最近サボらないし喋ってくれるし、もうオレらとも友達だよな」
「……テストはさすがにサボれん」
「あれ、友達のくだりスルー?」
圭介が「勇気だしたのにー、心折られたぁ」と嘆くのに、栄人が「告白かよ」と的確につっこんでいる。
七緒と茜は、虎哲がどんな反応なのかをじっくり眺めていた。
期待のこもる視線に、虎哲は居心地悪そうにそっぽを向いた。
「テツくんたら恥ずかしがり……」
「殴るぞ」
「スミマセン」
虎哲がカバンを持ったので、七緒も慌てて帰り支度を終えて後に続く。
「じゃーね! 健闘を祈る!」
「おー」
「水城もなかなか面白いひとだね」
ぽつりとこぼした茜の言葉に、二人は頷く。
銀杏の中ではもちろん、クラスにおいても、虎徹はすっかり七緒の兄貴分だった。
「ねえテツくん、テスト終わってから暇? だよね? そうだよね? 自宅学習入ったらさあ、一緒に遊ぼうよ。いいね? おっけーわかったそれで手配するね」
「ちぃと待て……は? なんじゃ? なんて言うた?」
銀杏への帰り道、突然七緒が早口で喋り出した。いつもなら「ほうかほうか」と適当に流す虎徹だったが、なんだか今回はそうもいかない匂いがした。
生返事を期待していたらしい七緒は、ぼそぼそと言う。
「あのね……沖田くんがね、ずーっと遊ぼって誘ってくれてるんだけどね」
「……はあ? おめぇ、本当にメールしとんのか……」
七緒が、どうやらあの不良たちとアドレス交換をしたことは知っていた。けれど、まさか続いているとは思わないだろう。もうあの「勘違いお礼参り事件」から、ひと月半は経っているのだ。
「あのあとさー、中間テスト期間入っちゃってさー、あとおれもあんまり遊ぶ気分じゃなくてさー……」
夕飯の準備を忘れたことを気に病んで、自重していたのだろう。言われてみれば、七緒がどこかに遊びに行くのを見たことがなかった。
テストがあり、雪弥との喧嘩やマリアとの出会い、そしてまたテストがやってきて、6月は七緒にとって濃過ぎる月だった。性転換した5月には及ばないけれど。
「そんでさ、沖田くんも来週の半ばに終わるんだって。テスト。だからね、遊ぼうかってね、なってるの……」
「遊べばええじゃろ! わしを巻き込むな」
「だってぇ!」
虎徹が七緒を振り向くと、七緒は頬を染めてもじもじしていた。
「だってさあ……二人っきりとかさぁ……」
七緒としては、男子と二人で遊ぶ、なんてことは今までなかったのだ。寮に入ってからは男子といる時間がほとんどだが、わざわざ誰かと遊びに行ったことはない。マリアは身体が女の子なのでノーカウント。
つまるところ、恥ずかしいのだ。
「気色悪ッ!」
「ひどい! テツくんひどいよぉ!」
真っ赤になってぎゃんぎゃん吼える七緒をおいて、さっさと歩きだす虎徹。
「ねえー、テツくんお願いー! 一緒に行ってよー!」
「知らん!」
「ねーえー!!」
あー本当弟いたらこんな感じだろうな、なんて思いつつ、虎徹は逃げるように寮へ向かった。
一方その頃、ついに七緒と遊ぶ段取りをつけた沖田宗助は、テスト勉強そっちのけでそわそわしていた。
「あー、どうしよ。遊ぶって何すんの? ゲーセンはなぁ、もうやめといた方がいいかも。金ねぇっつってたもんなぁー。映画とかかなー、それも無理かなー、でもしたらどこ行きゃいいんだろ……」
「おう宗助、ベッド乗んな。蹴んぞ」
言うと同時に、宗助をベッドから蹴り落としたこの部屋の主―――蛭間桜太郎は、金色に染めた髪を乱暴にかきあげた。
「なんっなんだよテメェはよ! 朝から花飛ばしやがって気持ち悪ぃ!」
「桜さん痛ぇよ、忠告から実行が同時すぎて何も言えねえよ」
しっかりとツッコミはするが、宗助の顔はすぐにゆるむ。
「あー、図書館とかいいかもな、好きそう……でもそしたら話できないよなー……」
「なーアッキー、まじなんなのあいつ。彼女出来たの?」
お前ならわかるだろと当然のように問われた柳井明徳は、相手が男だと知ってはいたが、めんどくさくて頷いた。
「まー……そんな感じっすよー」
「まーじかー。いーなぁ」
素直に羨む三笠誠は、この中で唯一、年齢イコール彼女いない歴更新中の男である。甘いマスクに一見柔らかい雰囲気なのだが、一向に女性は寄ってこない。なんなら一番年下みたいな童顔と背丈だが、実は最高学年でしかも二回留年している。御歳二十歳の高校生だ。
「初デート? おい、邪魔しにいこうぜ」
桜太郎が目の色をかえてこちらに寄ってくる。
「やめといた方がいいですよ、相手割と大人しい子っすから」
「まじ? なにそれますます気になるんだけど」
「ちょっとだけ見に行こうや。ちょっと! チラ見して帰るから!」
このひとたちが行ってチラ見で終わるわけねーよなぁ、と柳井は思ったが、まあいっかと流されるままに頷いた。
「(相手が男ってわかったときの先輩の顔も、戸塚クンといるときの宗助の顔も面白そうだもんな)」
面白けりゃいいや、というのが、柳井の良いところでもあり悪いところでもあるのであった。