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8、学校へ行こう



「ここが倫葉学園かあ…」


奈々子が通っていた女子高は、中等部と高等部が同じ校舎で、大学が何駅か先にある付属校だった。

同じく倫葉学園も大学の付属校なのだが。


「規模違うなぁ…初等部からあるってすごいよなあ…」


そう、この倫葉学園は、同じ敷地内に初等部から高等部までが集まっているという、比較的大きな学園である。

ちなみに大学部は少し離れた場所にあるが、割とそことも交流が盛んらしい。


「ロウ。いるよね」

―――「いるいる。大丈夫だから…」


だから早く校門をくぐれ、と急かされる。


先程から、校門近くの守衛さんに、怪訝な表情で見つめられているのには気付いていたが、どうにも気後れして踏み出せない七緒だった。


「ううう…行く、行きます」




結局、孝明とはほとんど何の会話もできないまま、入寮の日となった。

今朝の見送りも母さんだけで、七緒は正直悲しいを通り越してムカついてきた。


「あれだよね。どうせしばらく会っちゃいけないんだし、気にすることないよね」


そう憤っている時点で充分「気にして」いるんじゃないか、とロウは突っ込まなかった。



「休みには帰ってくるでしょう?」

「んー、どうかな。お盆辺りに顔みせるかもだけど…面倒だし」

「そんなこと言わないで、ちゃんと帰ってきてね。別に毎週とは言わないケド、週末くらいちょっと寄ったらいいわよ。近いんだし…」


泣きそうだ、とケータイを握りしめる。黒ウサギのキーホルダーが、じっと自分を見つめている気がした。


「……うん、でも、しばらくは…友達とかと遊んでみたいし…」

「……そうよね」


母さんが、笑う。息子も笑って、どちらも、お互いの無理な笑顔に関しては、何も言わずに、別れた。




「そうか、戸塚くんだね? 大丈夫、連絡はきているよ。ずっと眺めているだけだから、なんだろうとは思ってたんだけど」


そろそろ守衛さんの方も声をかけようと思っていたらしい、七緒が転校生だと知ると、笑って肩を叩いてきた。


「そうかあ、緊張してるのかあ。ここってあまり転校してくる子いないんだけどねえ、安心しなよ、君よりちょっと後にもうひとり来るらしいから。珍しいよねえ、こんな時期に二人もなんて……あ、道わかる? 並木に沿って行けば高等部の昇降口につくから」

「はあい、ありがとうございます…」

「ま、そんなに固くならずね!」


40代くらいだろうか、髪に白いものが混じり始めたその守衛さんは、ほがらかに七緒を送り出した。


「良い人に会った」

―――「良かったな。あれ、校庭の向こうにもうひとつ校舎が見えるけど」

「あっちは多分初等部だよ。同じ敷地内だけど校舎は別なんだって。にしても広いなあ」


校庭の横には、長い桜並木が続いている。

もうすっかり花は落ち、青々しい葉が残っているだけだが、見とれるには十分だった。


「桜の咲くころはもっと綺麗だろうね」

―――「毛虫の時期は大変だぞ」

「…ロウ、あんた本当ドリームクラッシャーだよね」


校庭を見ると、部活らしいかけ声とともに、少年たちが駆けまわっている。声の高さから、あれは中等部の部活だな、と思った。


「元気だなあ…あっ、昇降口」


2年前に建て替えたというだけあって、校舎は外からみても中にはいってみても、綺麗だった。


「うわ、前までの木造校舎と比べるわ…女子高の割に、わたしが通ってたトコぼろくてさあ」

―――「そろそろ黙らないと、独り言ばっか言ってると思われるぞ。校舎ん中には生徒もいるだろう」

「だよね、部活とかもあるみたいだし…私服の時点でちょっとおかしいかな…」


手提げから上履きを取り出して、履く。

脱いだ靴をどうしようかと迷っていたら、静かな廊下に誰かの足音が響いてきた。

下駄箱の影から顔をだしたのは、七緒より背の低い、坊主頭の少年。


「転校生?」


その口からでた声が思ったよりも低くて、七緒は咄嗟に頷くことしか出来なかった。


「だよねー良かった。校長室まで案内するよ」


ニッと人懐っこく笑うと、そのひとはさっさと歩き始めてしまい、七緒は靴を置きっぱなしにして、後を追う。


「えっ、と?」


あなたは、という前に、少年は自己紹介を始めた。


「俺、二年の羽島はねしま。ちょうど校長室に行ったときにさ、守衛さんから君が着いたって電話があって、パシられちゃったの」

「そ……れは、ご足労、おかけしま、した」


先輩だったのか、と、前を行く坊主頭を眺める。七緒の偏見では「坊主=野球部」という公式があるのだが、羽島は野球部と言うには肌が白かった。


「いーのいーの。生徒に親切にするのも俺の仕事みたいなもんだし…。あ、君、寮入るんだって?」

「あ、はい」

「俺、一年とき入ってたんだよ。今は一人暮らしだけど、なかなか良いトコだぜ、銀杏ぎんなん寮」

「ぎんなんりょう? 銀杏寮っていうんですか?」

「ああ、いや、「いちょう」って読むらしいんだけどね、正式には。でもちょっと語呂悪いじゃん。だからみんな、銀杏ぎんなん寮って呼ぶの。

ぴったりだと思うね。臭い一方、食ってみたら美味いのさ。面白い奴らが集まるよ」

「…へえ」


よく喋るひとだなあ、と思っていたら、羽島は急に歩みを止めた。


「ここだよ。校長室。俺も入るから」


何か身だしなみに変なことろはないか、七緒が確認するより前に、羽島は豪快に扉を開けた。


「校長ーっ、転校生連れて来ましたよ」

「はいはいはい、裕一くんありがとうございますね」


まず目に飛び込んできたのは、校長室らしい立派なソファ。壁際の棚には生け花、その上には歴代の校長の写真が、並んでいる。

しかし当の校長はというと、声は聞こえど姿は見えず、である。

七緒はふと、辺りに漂う甘い匂いに気がついた。


―――「甘い、どころじゃねえぞ。なんだこの甘ったるい匂い」


ずっと黙っていたロウが、思わず、といったふうに声をあげる。眉間にしわを寄せている表情が目に浮かぶようだ。


「校長っ」


羽島がうんざりした声をだし、つかつかと部屋に入っていく。


「もう、いい加減にしてくれよ、じいちゃん!」


―――じいちゃん?


七緒が首を傾げた瞬間、羽島が部屋の奥にある分厚いカーテンを勢いよく開けた。

そこには―――…



「だ、台所っ!?」



シンクにオーブン、さまざまな調理器具。小さめの冷蔵庫まである。

そこはまさに、小さなキッチンであった。

その真ん中に立っていた白髪頭の人物が、くるりと振り返る。


「初めまして、戸塚七緒くん。僕がここの校長の、羽島はねしま 昭仁あきひとです」


初老の男性は、スーツの上にエプロンをつけたり、焼き立てクッキーの乗ったオーブンの天板を持っていなければ、明らかに「ダンディ」と表すにふさわしい見た目だった。

羽島がため息をつき、七緒にすまなそうな視線を向けてくる。


「―――ごめん、じいちゃん、お菓子作りにハマってて…お客さんに手作りお菓子をださなきゃ気が済まないみたいで……」

「いやっ、そこじゃないです。いやいやそれもそうなんですけど。なんで校長室に台所があるかってことのが気になります」

「作ったんですよ。調理室は授業や部活で使いますからね、校長室にいて料理出来れば便利ですし」

「…まあ、そうですね」

「そうかなあ!? いやいや、俺としてはもうちょっと突っ込んで欲しかったんだけども!」


割とあっさり納得してしまった七緒に、羽島が突っ込む。


七緒からしてみれば、天使に「性転換しますよ」なんて宣告されたり、それが本当になったりすることよりも、校長室にキッチンがあることの方が現実として受け入れやすいだけだった。


―――「麻痺してるな、お前…」

―――うるせい!


声には出さず返事してから、校長と羽島を見比べる。


「あ、のー…ええと、羽島先輩と羽島校長は、もしかしてご親戚か何かですか?」

「姪の息子なんですよ、裕一くんは」

「お袋の叔父なんだよ、じいちゃんは」


同時に答えられて、「そうですか」と頷く。


「……驚かないんだね、戸塚くん」


意外そうに言われて、七緒は悟りを開いたような笑顔を見せた。


「驚きはしましたけどこれくらいで動じてなんかいられませんよ」




―――「麻痺したなあ、本当に」


―――自分でも、そう思っちゃうよ、ロウ






正式名称「倫葉学園大学付属高等学校」なので、園長ではなく校長なのです。

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