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『雨音が教えてくれたこと~異世界に召喚された普通の女の、穏やかな世界改革~』  作者: 凪塩 未来


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シーズン2・第二話 国境を越える風

こんにちは!『雨音が教えてくれたこと』シーズン2・第2話をお届けします。


隣国「シュタイン王国」に到着した可憐たち。しかし、そこにあったのは、効率と合理性を重んじるあまり、自然の理を無視してシステム化された「乾いた街」の姿でした。街の異変に気づき、思わず力を発揮してしまった可憐の前に現れたのは、冷徹な瞳を持つ若き王太子・レオンハルトで――?

ふたつの異なる価値観が交錯する第2話、ぜひお楽しみください!

シュタイン王国の使者であるジュリアスを迎え入れてから数日後。

グリーブ王国の王都を発つための準備は、驚くほど手際よく進められていた。可憐たちの小さな家の前には、旅用の頑丈な馬車が一台停まっている。御者台には、すっかり旅装束を整えたリオンが誇らしげに座っていた。


「カレンさん、荷物はこれで全部ですね? 食料も水も、ミリアさんがしっかり準備してくれました」

馬車の窓から顔を出した可憐に、リオンが爽やかな笑顔を向ける。


「うん、ありがとう。ミリアちゃんにも本当にお世話になっちゃったね」

可憐が振り返ると、家の玄関先で手を振るミリアの姿があった。

王都での日常を守る留守番役を買って出てくれた彼女は、出発の直前まで特製の薬草茶や保存食を持たせてくれたのだ。


そこに、馬車の扉を軽く叩く音が響いた。

「お見送りくらいはさせてもらうよ、カレン殿」


声の主は、かつての魔王であり、今はシャミラン王と共に国の理を見直しているデミグラスだった。相変わらずどこか影のある美貌だが、その表情にかつての冷徹さはなく、どこか穏やかな光が宿っている。


「デミグラスさん。わざわざありがとうございます」

「隣国シュタインは我が国とは違う。あそこは『効率と論理』を何よりも重んじる国だ。我が国のように自然の理に寄り添う生き方とは摩擦が生じやすい。……気をつけて行きたまえ。君の持つ『循環の力』を、快く思わない者もいるかもしれんからね」


デミグラスの忠告に、可憐は静かにうなずいた。

「はい。戦うためじゃなくて、ただ乾いた土地を潤しに行くだけですから、きっと大丈夫です」


その言葉に、デミグラスは少しだけ目を丸くし、やがてフッと柔らかく笑った。

「相変わらずだな。……君らしい。頼んだぞ、リオン君」

「はい! カレンさんは僕がしっかり守ります!」

リオンが力強く胸を叩いた。


周囲の温かな見送りに背中を押され、馬車はゆっくりと車輪を回し始めた。

グリーブ王国の石畳を抜け、緑豊かな平原を渡る風が、可憐の髪を優しく揺らす。目指すは、地平線の彼方に広がる隣国シュタイン王国。そこには、これまでとは全く異なる「乾いた空気」が待ち受けていた。


馬車に揺られること数日。

国境の関所を過ぎたあたりから、周囲の景色は明らかに変わり始めていた。


グリーブ王国を特徴づけていた豊かな森林や、のどかな田園風景が徐々に姿を消していく。代わりに視界に飛び込んできたのは、規則正しく区画整理された広大な農地と、その合間を縫うように走る無数の人工水路だった。


「すごい……畑が幾何学模様みたいにきれいに並んでますね」

御者台から後ろを覗き込んだリオンが感嘆の声を漏らす。


しかし、可憐は窓から外を眺めながら、どこか違和感を覚えていた。

「きれいだけど……なんだか、すごく静かすぎる気がする」


リオンの言う通り、その景色には「生命の気配」が欠けていた。

鳥のさえずりも聞こえず、風が吹いても草木がざわめく音がしない。規則正しく並ぶ作物はどれも同じ高さで整えられているが、葉の先端が茶色く枯れかけており、どこか病的な乾きを纏っている。


「これが、シュタイン王国のやり方なんだ」

同乗しているジュリアスが、重い口を開いた。彼は前方の席で、疲れた顔を両手で覆っていた。


「我が国では、魔法や自然の恵みは『偶然の産物』ではなく、『管理されるべき資源』とされています。効率よく作物を育て、効率よくエネルギーを生み出すために、すべての理がシステムに組み込まれているのです」


ジュリアスは窓の外の人工水路を指さした。

「かつてはあそこに綺麗な川が流れていました。ですが、都市の拡大と工場の増産に伴い、より多くの魔導エネルギーが必要になり……水脈の源流から無理やり力を吸い上げる巨大な魔導機関が設置されたのです」


「それが、地下水脈を枯らせている原因……?」

可憐が尋ねると、ジュリアスは苦しそうにうなずいた。


「ええ。最初は順調でした。我が国は繁栄し、誰もが豊かになったように見えた。ですが、自然の循環を無視して力だけを吸い続けた結果、システムが悲鳴を上げ始めたのです。地下の土と水が澱み、今や都市のあちこちで『黒い水』が噴き出す異常事態が起きています」


馬車が丘を越えると、遠方にシュタイン王国の首都である巨大な都市「エルトリア」の姿が見えてきた。

しかし、その街の上空は、グリーブ王国の澄んだ空とは違い、重苦しい鉛色のスモッグと黒い雲に覆われていた。まるで、街全体が大きなストレスを抱え込んで息をしているかのような、異様な圧迫感があった。


「あんな空、初めて見た……」


可憐は馬車の窓に手をかけ、じっとエルトリアの上空を見つめた。

自然な雨雲の色ではない。人工的な魔導エネルギーが暴走し、大気中の水分や風の流れを完全に歪めている証拠だ。


「特務官殿、お戻りになられましたか!」


街の門に近づくと、武装したシュタイン王国の衛兵たちが何人も駆け寄ってきた。しかし、彼らの表情は一様に険しく、ジュリアスだけでなく馬車の中にいる可憐たちにも鋭い視線を向けている。


「ああ、ただいま戻った。そして見てくれ、グリーブ王国から『雨の巫女』殿を連れて帰った!」

ジュリアスが期待を込めてそう告げたが、迎えた衛兵長の男は眉間ürmにしわを寄せ、冷ややかな声を返した。


「……異国の魔術師を勝手に連れ帰るとは、独断専行が過ぎるのではないか、ジュリアス。それに、我が国のシステマティックな魔導機関に、そのような非科学的な『巫女』の力が介入する余地などないはずだ」


「何を言っているんだ! 現場のシステムはもう限界なんだぞ! 王太子殿下だって――」

「王太子殿下は、あくまで科学と合理的な魔導の修復によってこの問題を解決するとお考えだ。外部の不確定要素など、今のエルトリアには不要だ」


衛兵長の冷たい言葉に、リオンがカッと怒りの色を帯びて御者台から身を乗り出した。

「なんだと! 助けを求めてきたからわざわざ来たのに、その態度はなんだよ!」

「おっと、よそ者が王都で声を荒げるな。……だが、せっかく遠路はるばる来てくれたのだ。案内くらいはしてやろう。ただし、これ以上の勝手な行動は許さん」


衛兵長の横柄な態度に、ジュリアスが申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません、カレン殿……我が国の者たちは、長年の管理体制に縛られていて、他者を受け入れる余裕をなくしているのです」


「ううん、いいよ。気にしてないから」

可憐は優しく微笑み、静かに馬車から降り立った。


足元を踏みしめると、シュタイン王国の地面がグリーブ王国とは全く違っていることに気づく。硬く舗装された石とコンクリートの下で、土が苦しそうに圧縮されているような感覚。


「風が……澱んでる」


可憐がそっと呟くと、どこからともなく一筋の冷たい風が吹き抜けた。

それは自然の爽やかな風ではなく、巨大な機械の排気と、乾いた砂塵の匂いを混ぜ合わせたような、どこか痛々しい風だった。


街の中に入ると、その「効率主義の代償」がより鮮明に浮き彫りになっていた。


通りを行き交う人々の表情はどこか硬く、誰もが早足で歩いている。笑顔や立ち話の姿はほとんど見られず、街角に設置された大型の魔導時計とエネルギー供給のメーターが、人々の行動を無言でせき立てているかのようだった。


「効率、生産性、最適化……。我が国では、すべての価値が数値で測られます」

ジュリアスが案内をしながら、自嘲気味に呟いた。

「無駄なものは排除され、感情はシステムを遅らせるノイズとして扱われる。……だからこそ、人々は豊かになったはずなのに、心のどこかがずっと乾いているのです」


可憐はその言葉を黙って聞いていた。

自分の世界にも、似たような空気があったかもしれない。時間に追われ、効率ばかりを求め、ふと立ち止まる余裕を忘れてしまう現代の生活。あの古アパートの窓辺で雨音を聞いている時だけが、唯一の逃避場所だった日々。


(この人たちも、きっと同じなんだ……)


街の広場に差し掛かったとき、突然、頭上の魔導機関からキィィィという不快な金属音が鳴り響いた。

「っ危ない!」


通りに設置されていた巨大な魔導水路のパイプから、一筋の「黒い水」が破裂するように吹き出した。周囲の道行く人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。


反射的に体が動いていた。

可憐は駆け出し、吹き出す黒い水に向かってそっと手のひらをかざした。


「――風よ、澱みを散らしなさい」


可憐が呟いた瞬間、彼女の周囲を包むように、ふわりと柔らかな風が巻き起こった。

それは強風ではない。まるで母親が子供をなだめるかのような、優しく、しかし確かな意思を持った「循環の風」。


その風に触れた瞬間、吹き出していた黒い水は勢いを失い、パッと霧のように大気へと溶け散っていった。辺りに充満していた嫌な焦げ臭さも、嘘のように消え去る。


周囲の動きがピタリと止まった。

逃げ惑っていた人々が驚きの表情で立ち止まり、広場の中心に立つ可憐を見つめている。


「いま……何が起きたんだ?」

「魔法……? いや、こんな制御、この街の魔導システムには登録されていないぞ……!」


ざわめく群衆の向こう側から、カツカツと響く規則正しい足音が近づいてきた。

道が左右に割れ、そこから現れたのは、ひときわ上質な軍服を纏い、冷徹な理知的な瞳を湛えた一人の若い男性だった。


「……ほう。我が街の管理システムに干渉するとは、いい度胸だな」


その男――シュタイン王国の若き王太子、レオンハルトが、冷ややかな視線を可憐に向けた。

第2話をお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回は、グリーブ王国とはまったく異なる「効率主義」に染まったシュタイン王国の雰囲気が描かれる回でした。機械的で少し冷たい街並みの中で、可憐の優しい「循環の風」がトラブルを鎮めるシーンや、最後に登場した冷徹な王太子レオンハルトとのファーストコンタクトなど、見どころが詰まった展開になっています。

これからレオンハルトと可憐がどう向き合っていくのか、ぜひご注目ください!

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