第3話:給仕の少年と、消えない記憶
皆様、第2話での「教師攻略」への反響、ありがとうございます。
着々と学園内に自分の「手足」を増やしていくリリアーヌですが、彼女が最も求めていたのは、権力でも金でもありませんでした。
「わがままを、わがままとして受け止めてくれる存在」
今話では、そんな彼女の孤独な心に、一つの小さな「光」が差し込みます。
それは、あまりにも情けなく、あまりにも聞き慣れた、あの男の悲鳴でした。
最強の令嬢が見せる一瞬の「弱さ」と「執着」。
それでは、第3話をお楽しみください。
学園の食堂の隅。そこは、私のような「追放者」に相応しい、薄暗く埃っぽい場所だった。
だが、今の私にはここが最も心地よい。従順な犬へと変貌したエリザと、裏帳簿を握られたバルトロメウス。着実に私の「帝国」の土台は固まりつつあった。
「……あら、遅いわね」
頼んでいた紅茶がなかなか運ばれてこない。苛立ちよりも、わずかな違和感が勝ったその時。
背後から、ガシャーン!という派手な陶器の割れる音が響いた。
「ひ、ひいいい! 申し訳ありません! すぐに、すぐに片付けますから!」
聞き覚えのある、情けない悲鳴。
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
私はゆっくりと、しかし確実な足取りで音のした方へ向かう。
そこには、割れたティーカップを前に、震えながら平伏する一人の給仕の少年がいた。
その上から、柄の悪い上級生の貴族たちが、汚れた靴で少年の手を踏みつけ、嘲笑っている。
「なんだ、このノロマは。アステリア家の落ちこぼれには、この程度の給仕がお似合いだということか?」
「やめてください……っ! 弁償します、給料から引いていただいて構いませんから!」
必死に謝るその少年の横顔。
少し猫背な背中。
そして、絶望的な状況でも捨てきれない、どこか図太い生命力。
(……毒島?)
口に出しそうになった名前を、奥歯で噛み殺す。
あり得ない。あいつは、私のわがままに振り回されながらも、最後まで現代日本で「奴隷コンサル」として生きていたはずだ。
「……そこまでにしなさい、汚物の方々」
私の声に、上級生たちが凍りついた。
私は優雅に歩み寄り、少年の手を踏んでいた貴族の顔を、扇子で軽く叩いた。
「私の給仕に触れていいのは、主である私だけ。……それとも、あなた方もエリザ様のように『教育』して差し上げましょうか?」
「ひ、っ……! 狂犬リリアーヌだ! 逃げるぞ!」
蜘蛛の子を散らすように去っていく男たち。
静かになった食堂で、私は少年に手を差し伸べた。
「……立てるかしら、毒……。いえ、ハンス」
「え……? なぜ、僕の名前を……。あ、ありがとうございます、リリアーヌ様!」
少年が顔を上げる。
瞳の色も、髪の形も違う。
けれど、立ち上がった瞬間に「あ、ついでに言うと、僕の今の時給、この割ったカップ3個分なんですけど、社長の権力でなんとかなりません?」とでも言い出しそうな、その小賢しい雰囲気が――。
私は思わず、彼の頬に手を触れた。
(……温かい。幻じゃない)
「……リ、リリアーヌ様? あの、顔が近いです……っ!」
「黙りなさい。……今日から、あなたは私の専属よ。私のわがままを、死ぬまで聞き続けなさい。いいわね?」
「ええっ!? 専属って……給料は、給料は出ますか!?」
ふ、と笑みが漏れた。
この強欲さ。この情けなさ。
あいつではないけれど、あいつの魂が、形を変えて私を追いかけてきたのではないか。
(……見てる、毒島? お前がいない世界で、私はまた、お前に似たバカを拾ってしまったわ)
見上げた窓の向こう。
青い空には、かつて一緒に見上げた『ワガママ1号』の姿はどこにもない。
けれど、私の胸の奥には、消えない衛星の信号が、今も確かに明滅していた。
第3話、いかがでしたでしょうか。
「毒島」ではないけれど、間違いなく「毒島」の成分を感じさせる少年・ハンス。
彼を仲間に引き入れたことで、リリアーヌの孤独な戦いに、かつての「温度」が少しだけ戻ってきました。
暴力を使わずに相手を支配する冷徹なリリアーヌが、ハンスにだけ見せる、わずかな「揺らぎ」。
このギャップが、今後の物語の大きな鍵となっていきます。




