第1話:赤いバラと、最初の犬
皆様、お久しぶりです。あるいは初めまして。
かつて、ランドセル一つで現代社会を「再デバッグ」した、ある少年の物語を覚えているでしょうか?
今回の主人公は、とびきり優雅で、とびきり残酷な悪役令嬢、リリアーヌ。
彼女が手にするのは、浮遊するランドセルでも衛星レーザーでもありません。
それは、人間の心を内側から解体する、「現代心理学」という名の毒薬です。
「暴力? 魔法? そんな野蛮なものは、もう流行りませんわ」
婚約破棄され、辺境の監獄学院へ追放された彼女が、知識だけで世界の頂点へ駆け上がる復讐劇。
そして、最強の彼女が心の奥底に隠した、「失った仲間たち」への切ない未練。
全25話、一気呵成に駆け抜けます。
かつての「王」の魂を継ぐ令嬢のわがままを、どうぞ最後まで見届けてください。
それでは、第1話――開幕です。
「……あら。私の机が、随分と華やかですこと」
辺境にある、問題児ばかりが集まる『サン・マルコ学院』。
放課後の教室に足を踏み入れた私の目に飛び込んできたのは、机を埋め尽くす大量の生花と、赤いインクで『死ね』『悪魔』と書きなぐられた無数の紙だった。
前世は、日本のエリート心理執政官、一条蓮。
今世は、王太子に婚約破棄され、この監獄のような学院へ追放された悪役令嬢、リリアーヌ・フォン・アステリア。
「リリアーヌ! 似合ってるじゃない、そのゴミの山!」
教室の主、公爵令嬢のエリザが、取り巻きを引き連れて勝ち誇った顔で笑う。
彼女こそが、この学院での虐めの首謀者だ。
「……ふふ。エリザ様、ありがとうございますわ。私の趣味をご存知なんて、感激です」
私は優雅に椅子を引き、生花を愛おしそうに撫でた。
その瞬間、私の脳内の『ライブラリ』が、エリザの表情、声のトーン、そして周囲の視線を瞬時にスキャンした。
(……承認欲求。愛情不足。典型的な『欠陥システム』ね)
図書館で記憶した『深層心理学全集』と『催眠誘導理論』。
魔法など必要ない。人間の心こそ、最も脆く、操りやすい『脆弱なデバイス』だ。
「……エリザ様。あなたが本当に欲しいのは、私の破滅ではなく……お父様からの、一言の褒め言葉ではありませんか?」
「……え?」
「あなたは、妹のジュリア様ばかりが愛されるのが許せない。だから弱者を虐めて、自分の『存在価値』を確認している。……違いますか?」
私が冷徹な声音で指摘すると、エリザの顔から血の気が引いていく。
「な、何を言って……! 黙りなさい!」
「……声が震えていますわよ。エリザ様、私を虐めるのは構いません。ですが……今夜、実家へ届く『報告書』に、あなたが妹様のドレスを切り裂いた件を記されたら、お父様はどちらを愛されるかしら?」
「……ッ!? なぜ、それを知っているの!」
「ふふ。あなたの『無意識の仕草』が、すべてを語っていますわ。……さあ、選べ。この場で私に跪き、今までの非礼を詫びて私の『忠実な犬』になるか。それとも、一生、お父様に見捨てられたまま、泥の中で這い回るか」
私は、生花の中から一輪の『赤いバラ』をエリザの足元に投げた。
「……ひ、ひいいいい!」
エリザはその場に崩れ落ち、震える手でバラを拾い上げると、私の靴に唇を寄せた。
「……リ、リリアーヌ様……。どうか、どうかお父様には……! 私は、あなたの……あなたの犬になりますわ……!」
周囲の取り巻きたちが、信じられないものを見る目で絶句している。
暴力など野蛮な野心家のすること。精神を掌握すれば、世界は勝手についてくる。
……ふと、頭の隅を奇妙な記憶がかすめる。
「……そうだ。かつて僕も、こうやって奴隷を拾ったことがあったような……」
一瞬、自分の声を「僕」と呼びそうになった違和感を振り払い、私は満足げに微笑んだ。
窓の外には、前世で見たのと同じ、燃えるような夕焼けが広がっている。
(……毒島。お前がいれば、今の私の『わがまま』を、面白おかしく笑ってくれたかしらね)
私は一人、夕闇に向かって、届くはずのない皮肉を呟いた。
第1話、精神的な屈服でした。
リリアーヌの脳内に時折よぎる、不思議な既視感。
果たして彼女は、この異世界でかつての仲間たちと再会できるのでしょうか……?
面白いと思ったら、ブックマークと評価をお願いします!




