第八話 商人の戦
金で血を買うのが戦争ならば、血で金を得るのが商人だ。
王都の一角、薄闇に沈む高級街の一室。香の匂いが漂うその応接間にて、水色の髪をがさつにかき上げながら若き王子は手元の報告書に目を落としていた。
「……タイベア陥落、か。あのユリウスが、撤退ね。今頃、ユリウス兄貴は馬にでも乗って、権威を振りかざしてるんだろ?あの人、“正統性”しか武器がないからな」
淡々と読み上げたのは、第三王子カイアス・エーレンハイト。
他の王子とは異なる種類の知略と毒を、隠し持つ少年だ。
「アデル軍、侮れませんな。灰の王子の存在は、軍神の如しと……巷ではそう囁かれております」
側仕えの男がそう述べると、カイアスは薄く笑みを浮かべた。
「英雄はいつだって、道具として最も使いやすい存在だぜ。人は神に憧れ、同時にそれを崇めることで盲目になる……それを導くのは、金と情報だ」
カイアスは大きな目を細める。
「火薬、弾薬、保存食、そして薬品。戦場では日用品もままならないからな」
「しかし、王子。もしユリウス陛下に露見すれば……」
「構わねぇよ」
カイアスは軽やかに立ち上がり、ガラス窓の向こうに広がる帝都の街灯を見下ろした。
「この国はもう、誰のものでもない。ならば先に“未来”を買った者が勝つだけのことだぜ。アデルが勝つと見るなら、俺はそいつらの未来に投資する。それだけの話だ」
窓に映るその横顔は新たな商機への希望にはち切れんばかりの笑顔を見せていた。
「クソ親方、俺は絶対にすげぇ商人になってやるからな」
幼い頃に丁稚奉公に出され、その先で商人としてのいろはを教え込んでくれた今は亡きに養父に向けてカイアスはひとりごちた。
「金を使う時は、誰の未来に賭けるかをよく見ろ――あんた、そう言ってたよな。だったら俺は、アデルに賭けるぜ」
カイアスはからりと笑顔をこぼした。




