第六話 戦火の知らせ
帝都・王宮の一室にて
静かな部屋の中、窓の向こうでは春の光が揺れていた。
だが、第一王女リヴィアの手元に届いたのは、灰色の言葉ばかりだった。
「……タイベア砦、アデル陣営が制圧。ユリウス兄さんは軍を引いて撤退。戦争なんて、誰が得するんだか……めんどくさいことを」
第四王子ルーファスの声は静かで、よく通った。
だが、その言葉が指し示す現実は、どこまでも重い。
リヴィアは膝の上で手を組んだまま、まばたきを忘れたように動かなかった。
やがて、少しだけ目を伏せてつぶやく。
「……やっぱり、戦争になったのね」
その声には、願いが砕けたときの静かな響きがあった。
ルーファスは彼女へ封筒と報告書の束をそっと差し出した。
だが、リヴィアは受け取らなかった。
「こんなことになるなんて……」
「リヴィア姉さん」
「わかってる。これは……仕方のないこと。あなたが言いたいのは、それでしょう?」
ルーファスは目を伏せ、ゆっくりと頷く。
「……戦だから、仕方ないよね。誰かが勝って、誰かが退く。それが現実だよ」
リヴィアは立ち上がり、窓の外を見た。
帝都は穏やかで、まるでどこかの地方で命の火が消えたことなど知らぬかのようだった。
「戦争ってたくさんの人が……亡くなるのよね?」
ルーファスは答えない。沈黙が、代わりに頷いた。
「彼らにも当然、名前があって、家族がいて……どうしてそんな人たちが脅かされるの?」
リヴィアの声は静かだったが、言葉の奥に宿る痛みは明らかだった。
そして、彼女はふと自分の胸に手を当てた。
「ねえ、ルーファス。私……怒ってるのかもしれない。悲しいのかもしれない。でも、それがどういう感情なのか、よく分からないの」
「……?」
ルーファスは小さな首を傾げた。
「私、小さい頃から、ずっと“王女として”どうふるまうかばかり教えられてきたの。笑うとき、黙るとき、手の上げ方、椅子の座り方まで……全部、決められていたわ」
そこには、ほんのわずかな――だが、確かな苦笑があった。
「ずっと思ってたの。“私はこの国の人形なんだ”って」
沈黙のあと、リヴィアは続けた。
「でも今、胸の奥がぐちゃぐちゃなの。人形じゃないみたいに……ぐらぐらしてるの。これって、きっと“わたし”なんだよね……?」
ルーファスは一瞬、言葉を失った。
それでも彼は、そっと頷いた。
「……うん。そうだと思うよ」
リヴィアは拳を握りしめ、もう一度窓の外を見た。
「私は……たとえアデル様が正しいとしても、この戦を“勝利”だとは思えないの。勝ったとして、何が残るの?」
ルーファスは小さくため息をつき、報告書を折りたたんだ。
「勝利は、愉悦をもたらすよ。……ただそれだけさ」
その目は、どこか達観しているようで、どこか諦めていた。
リヴィアはそれ以上、言葉を発さなかった。
ルーファスは静かに部屋を後にする。
窓の外では、春の陽がただ静かに揺れていた。
まるで、まだ平和がそこにあるふりをしているかのように。




