表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王なき御伽噺  作者: 烏丸 燈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/43

第五話 鏡の王子、敗れる

 「……撤退、だと?」


 馬上で報を受けたユリウスは、瞬きすら忘れていた。副官の声だけが、風を切るように耳に入ってくる。周囲の兵たちは誰も声を出せず、息を潜めて彼を見ていた。


 副官が、声を潜めるようにして繰り返した。


 「カジート将軍、アスティア殿より。灰の異能により前衛壊滅、戦線維持不可能と判断し、全軍に退却命令を……」


 ユリウスのこめかみがぴくりと動く。

 「馬鹿な。アスティアも精鋭のはず。相手は、庶子の反逆者ひとりだぞ……!」


 副官は言葉を失った。

 無理もない。

 進軍を命じたのはユリウス自身であり、彼の中には疑いなど微塵もなかった。

 “王である自分が負ける”という未来など、想定していなかったのだ。


 「……なぜだ……なぜだ……!」


 ユリウスは唇を噛みしめた。

 鞍の上で握った拳から、血が滴る。


 「俺は……“選ばれた”のだ。母上がそう言った。玉座にもっともふさわしい顔、血、器を持つ者だと……その俺が……」

 目の奥が、怒りに燃える。


 アデル・ルシエン。

 忌々しい庶子。

 王の血を引くだけで、何も持たなかったはずの男。


 「……いいだろう、アデル。ならば、俺はお前の存在を“国家への反逆”として記録に刻む。貴様がどれほど民を惹きつけようと、俺の“正義”をもって、すべて否定してやる」


 副官が低く言った。

 「……本軍はどうなさいますか。タイベア砦は陥落と見てよいかと……」


 その言葉が、ユリウスの心をさらにえぐった。

 「……砦は……」

 ユリウスは一瞬、息を呑んだ。

 だがすぐに、表情を消した。感情を押し殺し、王として振る舞う仮面をかぶる。


 「……捨てろ。タイベアはくれてやれ。王都を守る。アデルの異能には対抗策を講じるまで手出し無用だ」

 その声には、血のような冷たさが宿っていた。




 後日、タイベア砦にて


 砦の広間には、灰が舞っていた。

 しかし、それは死の兆しではない。

 アデル・ルシエンが自在に制御する、空気のようにそこにある存在だった。


 「……タイベア砦は、王都軍の支配を退け、今より我らのものとする」

 アデルが兵や民を集めた群衆を前にして布告文を読み上げる。

 三十秒——民衆は誰も声を出せず、広間に張り詰めた沈黙が満ちていた。

 誰もが、この“新しい王”の次の言葉を待っていた。


 「この地は、自由だ。剣で支配する王も、血で差別する制度も、もはやない。獣人も人間も、名も無き者も、等しく生きられる場所だ!」


 最初の拍手は、一人の老いた農夫からだった。

 次いで、誰かが歓声を上げ、やがてそれは大きなうねりとなって広がっていく。

 彼らはアデルの“力”を、そして“現実”を目にし、信じるようになっていた。


 アデルは広間の中央に立ち、民を見渡す。

 「この地は、血と灰とで染まった。だがその先に、新たな秩序が必要だ」

 彼の隣に立つハーメルンが、無言で頷いた。

 そしてアデルの瞳は、遠く、王都の方角を見つめていた。


 「鏡の王子よ。俺を写したその鏡は、まだ砕けてはいない。だが……いずれ、お前自身の姿が、そこに映らなくなる日が来る」


 それは、鏡が“本物”を映す力を失う瞬間——王が交代する時だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ