第四話 灰の異能力
山道に砂塵が舞い、空が曇る。
"長靴を履いた猫"の異名をとる、女将軍アスティアは軍馬の背からそれを見ていた。
鋭い金色の猫の目が、灰色に染まる空気を睨みつけている。
赤茶の尾がピクリと震えた。鞍の下に押し込めていたはずなのに、不安が走ったときだけ、勝手に動く。
灰は空気を重たくし、まるで肺の中に鈍い石を詰め込まれたようだ。
「……王族にだけ許された異能、か」
小さく舌を打つ。
前方では、先行した獣人部隊の兵たちが、灰の中で次々と倒れていった。
倒れた兵たちの肌は、うっすらと灰に覆われていた。
まるで、呼吸も鼓動も灰に封じられた人形のように、動かない。
「……まるで、生きたまま石像になったようだ」
後続の兵たちは武器を握ったまま硬直し、互いに目を見交わしていた。誰も一歩を踏み出そうとしない。
「……また、私たち“ケモノ”だけが、犠牲か」
彼女は呟いた。
猫のような曲線の口元が歪み、鋭い牙をのぞかせる。
この戦でも、真っ先に“差し出された”のは獣人だった。
人間たちの盾、踏み台として。
それが、この国の“秩序”だ。
「命を棄てることが、私たちの義務なのか?」
アスティアはそう自問するが、その声は誰にも届かない。
「将軍!これ以上の進軍は……!」
部下が震える声で報告してくる。
「前衛の亜人騎士も……灰に飲まれました。敵の能力が、広がってきています」
アスティアは分かっていた。
あの灰には、ただの“毒”や“瘴気”とは違う、意思がある。
それは、王族の異能——しかも、極めて純粋で、激しい感情に根差したもの。
「……アデル・ルシエン、か」
その力に——アスティアは嫉妬していた。
「私も、牙を持って生まれた。爪を鍛え、血で身を洗ってきた……。それでも、“ただのケモノ”としてしか見られないというのに」
あの男は、ケモノでもなく、人でもなく、
ただ“怒り”と“灰”を纏って、王になろうとしている。
それが、私には——悔しくて、羨ましかった。
砦から、鐘の音が聞こえてきた。
宣戦の合図。
けれど、灰の中からは、兵の気配が一切しない。
「姿を見せず、恐怖を撒く。……卑劣だが、理にかなっている」
このまま進めば、自軍は全滅する。
たとえ彼女自身が砦に辿り着けたとしても、残る兵は何人か。
だが、退くのは――あまりにも悔しい。
「……私には、もう居場所がないというのか」
アスティアの拳が震えた。
「将軍、命令を!撤退か、突撃か……!」
部下の問いに、彼女はようやく答える。
アスティアは、ぎり、と拳を握ったまましばらく動かなかった。
(……それでも、死ぬのはもう、まっぴらだ)
「……全軍、撤退」
その声に、兵たちは静かに動き出す。
猫の顔が、哀しげに空を見上げた。
空では、砦の上空に渦巻く雲が、灰色の尾を引いていた。
それは、アデルという存在がこの地に刻んだ“呪い”のようだった。




