エピローグ 声の国
翌朝、評議会の議場には、ひときわ目立つ白い旗が掲げられていた。
それは王の死を告げるものではない。
ただ一人の「父」の死を悼む、静かな別れの印だった。
誰も、その正体を知らない。
けれど、議場の空気はどこか張りつめていて、深く、清らかな祈りのような沈黙が流れていた。
「……彼は、王としてではなく、一人の人間として、最後を迎えたんだね」
レオンがそう呟いたとき、リヴィアはわずかに顔を伏せ、小さく頷いた。
その胸に広がる痛みは、まだ新しく、まだ生々しかった。
けれどその痛みは、悲しみだけではなかった。
確かに寄り添ってくれた手のぬくもりを思い出すたびに、涙の奥に温かな何かが灯るのを感じた。
あれほど強く嫌った王座。
けれど今、ひとつの王の生き様が、確かに彼女の心に根を張っていた。
その日、評議会では国の未来を定める正式な決議がなされた。
王政の終焉。議会制の恒久化。自治州制度の導入。
どれも、革命ではなく“対話”によって導き出された、新しいかたちだった。
それはもう、グレゴリウスの国ではない。
だが確かに、彼の願いが託された国だった。
夜――。
リヴィアはひとり、城から離れた小さな丘の上にいた。
そこには誰にも知らせず用意した、ささやかな墓標がぽつんと佇んでいた。
大理石でもなく、金の装飾もされていない。けれどその土の下には、彼女が生涯で最も深く、最も長く見守られていた「父」が眠っていた。
「ねぇ……お父様」
風が、静かに草を揺らす。
その音に混ざるように、彼女は言葉を紡いだ。
「私、あなたと旅ができて、本当に良かった」
あれは旅だった。
政でも、戦でもない。
ルーファスの正体を知らないまま、時に笑い、時に争いながら、それでも同じ未来を見つめて歩いた日々。
思い出すたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、そして温もりが溢れてくる。
「私、これからも迷うと思う。たくさん間違えると思う。でもね……前を向けるの」
声が少し震えた。
けれど、それは弱さではなかった。
「見守られていた」という確かな記憶が、彼女を支えていた。
「あなたが見ていてくれたって分かったから。もう、独りじゃないって思えたから」
リヴィアは、そっと微笑んだ。
涙がこぼれそうになって、でも、彼女は笑った。
「お父様。私ね、ほんとはまだ泣きたい。でも、今日はやめておく。あなたが、最後に笑ってくれたから。……その顔が、忘れられないの」
風が吹いた。
春の匂いを含んだ風だった。
死を抱いた地面の上に、それでも季節は巡り、命は芽吹く。
彼女は立ち上がった。
空は、夜の闇を押しのけるように、白み始めていた。
世界はまだ静かだった。
けれど、確かに始まろうとしていた――新しい一日が、新しい国が。
振り返らない。
墓標を見ない。
けれど、リヴィアの心には、確かにあの人の声があった。
「私は……お前たちを、愛している」
王はいない。
だが、王よりも深く、強く、「人」がこの国に生きている。
怒りも、悲しみも、願いも、誰かの声が響く限り、この国は歩みを止めない。
リヴィアはまっすぐ歩き出した。
その足音は、迷っていなかった。
夜明けの光の中を、静かに、確かに――。
――王なき国に、いま、本当の光が差し込んでいた。




