表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王なき御伽噺  作者: 烏丸 燈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/43

第三十九話 真実

 数カ月後、国はかつてとはまるで違う姿を見せていた。


 暫定評議会の運営は決して平坦ではなかった。旧王政派と旧反乱軍はしばしば対立し、市民代表は理想と現実の狭間で葛藤し続けていた。誰もが迷い、争い、疲弊していた。それでも、人々は議論をやめなかった。なぜなら、誰かの命令で動くのではなく、自分の意志で未来を選ぶという経験が、かつてないほどに胸を熱くしたからだ。


 リヴィアはその中心にいた。


 彼女は女王にはならなかった。剣も権威も持たず、ただ“声を集める者”として各地を渡り歩いた。亜人の集落、焼け跡の町、難民の野営地、かつてアデルが築いた拠点。どこでも彼女は耳を傾けた。涙混じりの声、怒りの叫び、夢のような理想。どれも貴重な「国の素材」だった。


 そのすべてを背負って、リヴィアは評議会に提案を出した。


 「中央にすべてを集める時代は終わりました。これからは、各地がそれぞれの在り方で生きていく。それを支えるのが、声と議論によって動く議会制です。――そして、その議会に繋がる“自治州”の制度を設けましょう」


 国の一議員となったレオンはその案を支持した。

 「それぞれの土地に、それぞれの声がある。だからこそ、“一つの王”ではなく、“いくつもの対話”で国を支えるべきだ。僕は、それを目指すよ、リヴィア」


 リヴィアは少しだけ微笑んで、静かに頷いた。


 やがて「自治州制度」の設計が進み、草案が民に開かれた。まだ完成とは程遠い。だが、誰もが“始まり”を肌で感じていた。




 その夜、評議会が散会したあと、リヴィアは静かに一人、議場を離れた。

 政の喧騒の余韻がまだ耳に残っていたが、彼女の足は躊躇なく、城の一室へと向かっていた。


 重い扉の前で一呼吸おく。

 そしてそのドアノブを握りしめた。


 「……ルーファス。入るわよ」


 そう声をかけながら扉を開けると、部屋の中は仄暗く、静かだった。

 ベッドの上には小柄な少年――いや、子供に近い華奢な身体が横たわっていた。


 「姉さん……」


 か細い声が返る。

 その顔色は紙のように白く、汗を浮かべる額が枕に沈んでいた。

 リヴィアはすぐにベッド脇に膝をついた。彼の手をそっと握ると、その小さな骨の存在に、胸の奥がひどく軋んだ。


 「報告があるの。評議会は、今のところ上手くいってるわ。旧王政派も市民も、少しずつ対話を始めてくれてる……。各地で自治州を設ける案も動き始めていて……」


 リヴィアが語るたびに、ルーファスは微かに頷いていたが、やがてゆっくりと手を上げ、話を遮った。


 「……これからの話は……リヴィアと、レオンに任せるよ」


 そう言った彼の声は、どこか決意を滲ませていた。

 そして次の言葉で、リヴィアの時間は止まった。


 「それより、聞いてほしいことがあるんだ」


 言い終えるや否や、ルーファスは激しく咳き込んだ。

 リヴィアは慌てて背に手を添え、その細い肩を支えながら背中をさすった。


 「無理しないで……。なんでも、聞くわ……」


 そう言ったリヴィアに、彼はほんの少し微笑んで、静かに語り出した。


 「……僕は、もうじき死ぬんだ」


 リヴィアの手が、ぴたりと止まる。


 「え……? 何を……」


 その瞬間、彼の口調が変わった。

 いつもの優しげな声ではない。どこか、重々しい威厳を湛えた声。


 「――余は、お前たちが心配だったのだ」


 目の前の“少年”の輪郭が、音もなく変わっていくような錯覚がした。

 リヴィアは、心の底に張りつめていたものが崩れるのを感じながら、かすれた声で訊いた。


 「……どういうこと?」


 「余は……先王グレゴリウス。お前の父だ」


 その言葉に、思考が追いつかなかった。

 まるで大きな音が鳴ったわけでもないのに、鼓膜が麻痺したように、耳の奥がしんとする。


 「リヴィア。お前には話しておかねばならぬ。

 本物のルーファスは……数年前、重い病に倒れた。

 そのとき、あの子は“自分の力を使ってほしい”と申し出てくれた。異能で、私と容姿を入れ替えて……王を捨て、彼として生きろと」


 リヴィアは愕然とした。

 思い出す――王が亡くなった日、火葬された遺体を見た人々が口を揃えて言った、「王の顔は安らかだった」と。

 それが、本当はルーファスの遺体だったというのか。


 父は、自分たちを、王政を、民を、遠くから“少年”として見守り続けていたというのか。


 「……そんな……じゃあ、あのときからずっと……」


 「ずっと、見ていた。お前が迷いに苦しんだ日々も。……そして、誇り高く歩き始めた姿も」


 リヴィアの目に、涙が浮かんだ。

 怒りがないわけではない。騙されていた。裏切られていた。けれどそれ以上に――ずっと、見守られていたことに胸が痛んだ。


 「……アデル様も、あなたの子だったの?」


 父は微かに瞳を閉じ、遠い記憶をたぐるように口を開いた。


 「そうだ。……余の、ただ一度の恋だった。すべてを捨てて彼女のもとへ行こうと思った。だが、彼女は身を引いた。……鳥が、自由を選んで飛び去るように」


 その声には、今でも愛しさと哀しさが混ざっていた。


 「……アデルの異能は、間違いなく余の血によるものだ。だが、彼に父とは名乗れなかった。……それでも、誇らしい子だった。最期まで、誇りを貫いた」


 再び咳がこみ上げ、父の身体は細かく震えた。


 「……笑ってくれ、リヴィアよ。余は王としても、父としても……何一つ守れなかった。アデルも、ユリウスも……お前にも、何一つ与えられなかった……」


 リヴィアは震える手で、その冷えた手を強く握った。


 「違う……。お父様がいてくれたから、私は、立ち上がれた。

 “王”ではなく、“父”として、私たちを見守ってくれた……それだけで、どれほど救われたか」


 グレゴリウスの瞳に、涙が溢れた。

 その涙は大きな目を伝い、枕に染み込んでいく。


 「リヴィアよ……お前も、優しい子だな。私は……優しいお前と旅ができて……幸せだった」

 「お前にこの手記を託そう。私の想いが全て綴られている。ここで全て話すことは……ゴホッ……できなさそうだからな……」

 グレゴリウスは懐から手記を取り出し、リヴィアに託した。


 その言葉を最後に、父はゆっくりと目を閉じた。

 呼吸が浅くなり、手の力が抜けていく。


 リヴィアは、固唾を呑んで見守った。

 その最後の瞬間に、父が口にしたのは――


 「余は……いや、私は……お前たちを、愛している」


 もう返らない声。

 けれど、確かにその言葉はリヴィアの心に届いた。

 まるで、ずっと欲しかった最後の贈り物のように。


 リヴィアはその手を放さず、そっと額を父の手に当てた。

 涙が、頬をつたって静かに落ちた。


 それは、別れの涙であると同時に――確かに受け取った愛への返歌だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ