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王なき御伽噺  作者: 烏丸 燈


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第三十八話 王達の残したもの

 ユリウスの死は、王政の屋台骨を音を立てて崩した。

 あまりにも唐突な最期。絶対の権威を掲げた王が、まるで舞台の幕が落ちるように、短く、呆気なく命を終えたことは、王国という巨大な体制に深い亀裂を生じさせた。


 王都は混乱の渦中にあった。

 宮廷では、王位継承を巡る諍いが噴き出し、家柄・武力・民意の“正統性”をそれぞれに掲げた貴族、軍人、官僚たちが、玉座を巡って火花を散らした。


 「王族の血を引く者こそ、正統なる継承者だ!」

 「いや、陛下の意思を継ぐのは軍だ。我らこそ王国の柱!」

 「そもそも、民意を無視する王政など、もう終わらせるべきだ!」


 その声はまるで獣の咆哮のようだった。玉座を囲む人々の目は血走り、互いの喉元を裂く好機を窺っていた。


 だが、そうした混迷の中で、誰もがある一人の名に言葉を詰まらせることとなる。


 レオン。

 ユリウスの弟にして、常に影に隠れて生きてきた男。

 政治にも軍事にも興味を示さず、無口で、穏やかで、宮廷では「小鳥のように弱い」と嘲られてきた。


 けれど、兄が命を落としたその日の夜。

 玉座の間の片隅に座り込み、亡骸に縋って泣いていた男の姿を見た者は、こう語った。

 「――あの人が、誰よりも人間らしかった」


 


 「……兄上……どうして……こんなに……遠くに行ってしまったの……」


 ガラスの柩で眠るユリウスの亡骸にすがり、レオンは肩を震わせて泣いていた。

 その背は、どんな王族よりも小さく、どんな英雄よりも弱々しかった。

 けれど、彼が口にしたその声には、誰よりも深く、優しく、壊れそうな“痛み”が滲んでいた。


 


 子どもの頃、ユリウスはレオンにとって英雄だった。

 剣術の稽古では剣の構えを教えてくれた。夜、怖い夢を見たときはベッドを抜け出し、そっと隣で眠ってくれた。


 あの日の兄は、強くて、優しくて、誰よりも正しかった。

 レオンにとって、兄は「王」である以前に「誇り」だった。


 だが、王冠が兄の頭に乗ったその日から、何かが少しずつ変わり始めた。

 瞳の奥の温かさが消え、肩の力が抜けなくなり、笑わなくなった。


 「兄上、最近よく眠れていますか?」

 「……そんなことを気にする立場か、俺は」


 そう応えた兄の声が、どこか遠かったことを思い出す。


 やがて、民を裁き、反乱を潰し、血で玉座を守るようになった兄の姿を、レオンはずっと見ていた。

 けれど、止めることはできなかった。

 兄が、自分の手の届かない場所に行ってしまったと、心のどこかで気づいていたからだ。


 


 「ごめんね、兄上……僕、ずっと……怖かったんだ……」


 レオンの声は震えていた。

 玉座の下で、血の匂いが鼻を刺す。王の死は静かだったが、その重みは国を潰しかねないほど大きい。


 「でももう……誰も、殺させない……!」


 その叫びは、誰に向けたものでもなかった。

 けれど、彼自身を縛っていた弱さを、確かに断ち切る声だった。


 


 そして数日後。混乱の中、王宮評議会はひとつの決断を下した。

 ユリウスの後継として、レオンを「暫定的な継承者」とする案である。


 だが、レオンはそれを拒んだ。


 「僕は王にならない」


 議場に響いたその言葉に、場内がざわめいた。


 「けれど、国を見捨てるつもりもない。だから、玉座ではなく、“皆で治める場所”を作りたい」


 そう言うとレオンは、束ねていた銀糸のような髪を解いた。

 床に広がったその髪を、彼は無言で短剣で掴み、ざくりと切り落とす。


 それは、“王族”という生まれに自ら終止符を打つ儀式だった。


 ざんばらに切られた髪は、まるで血のように真紅に染まっていった。


 


 その足で、レオンはある人物のもとを訪ねる。

 宝石の姫君、リヴィアである。


 「レオン兄様……その髪……」


 リヴィアは驚いた表情を見せながらも、目に宿る決意をすぐに見抜いた。


 「リヴィア。僕は……もう兄のように国を我が物にはしたくない。けれど、国が壊れていくのも見ていられない。どうか、力を貸してくれ」


 リヴィアは少しだけ目を細めた。

 そして、かすかに微笑んだ。


 「なら、王政の代わりを作ればいいのよ。血ではなく、言葉でつくる国を。あなたが本当に“誰も殺させない”と願うなら、それがいちばんの方法」


 


 こうして、レオンとリヴィアの提案により――


 旧王政派・旧反乱軍・市民代表が席を並べる、「暫定評議会」が結成された。


 議長席には誰も座らなかった。

 あくまでも、これは“全員で治めるための輪”であり、“誰かが頭になる”ものではなかった。


 王族の末裔であるレオン自身も、たった一票の代表にすぎなかった。


 その姿勢は、多くの者の心に火を灯した。

 彼が望むのは王冠ではなく、過去の犠牲の上に立つ“未来”だったからだ。


 


 王なき国は揺れていた。だが、それは絶望の揺らぎではなかった。

 一人の意志が全てを決める国から、誰もの声が響き合う国へ。

 その“はじまり”の揺らぎだった。


 


 レオンは、知っていた。

 これが苦しい道になることを。誰もがすぐには受け入れず、時にまた血が流れるかもしれないことを。

 でも――歩き出さなければ、始まらない。


 兄・ユリウスの破滅。

 そして、アデルという革命の炎。

 その死の上に、レオンは自分の一歩を置いた。


 玉座の間にはまだ、乾ききらない血の跡がある。

 それでも、レオンは前を向く。


 「もう、誰も殺させない」――その誓いを胸に。

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