第三十六話 覚悟
「もう、哀しみを広げるのはやめて」
澄んだ声が、裂けるような怒声の渦を断ち切った。
「リヴィアだ!」「宝石の姫様が……!」
群衆のどよめきとざわめき。
その瞬間
「てめえの活動のせいで、親友が殺された!」
怒声と共に、石が投げられた。
リヴィアの頭を強かに打ち、頭から血が流れた。
よろめきながらも、彼女は倒れなかった。
足を踏ん張り、唇を引き結び、前を見据える。
ルーファスが群衆をかき分けリヴィアまで駆け寄ったが、リヴィアは手で彼を制した。
「それでも、私はここに来た。あなたたちに、正面から向き合いに来た」
再び怒号が上がる。
「言葉なんかで何が変わる!」
「王の妹の言うことなんか信じられるか!」
リヴィアは、頷いた。
「……わかります。言葉で、命は救えません。言葉で、腹は満たせない。誰かを失った痛みも、消してはくれない。けれど、それでも、言葉から始めなければ、私たちは、ただの獣になってしまう」
その場にいた誰もが、一瞬、沈黙した。
「怒っていい。泣いていい。叫んでいい。だけど、誰かの命を奪っていい理由にはならない。どれだけ憎くても、どれだけ理不尽でも、人の命を秤にかける道を私は選ばない」
民の中に、拳を下ろす者がいた。
服の裾を掴んで震えていた少女が、母の背に隠れたまま顔を上げた。
「反乱の象徴としてアデル様がいた。けれど私は、彼の模倣はしない。私はリヴィア。私の道で、この国を変えたい」
そして、彼女は一歩前に出て、血の滴る頬のまま続けた。
「私が王でなくとも、あなたたちが民であることは変わらない。この国を生かすのは、王ではなく——民の声です」
「怒りは力になります。けれど、破壊だけを選んだ怒りは、やがて私たちを滅ぼします。私は、怒りを希望に変える場所を作りたい。それが、嘘のない国の始まりになると、私は信じたいんです」
火の粉が舞う中、彼女の言葉が、空気を変えていく。
静寂のなか、誰かがすすり泣き、小さく拍手を打った。
それが波紋のように広がっていく。
「剣を捨てて、声を持とう。
奪う代わりに、語ろう。
怒鳴る代わりに、聴こう」
「そうすれば、変わります。必ず」
リヴィアは、もう一度頭を下げた。
広場の血の上に、彼女の影が長く落ちていた。
それは、過去からの断絶ではなく——未来への橋だった。




