表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王なき御伽噺  作者: 烏丸 燈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/43

第三十三話 林檎はいかが?

 ストライキは止まらなかった。


 命令が届かない。兵が集まらない。道路は封鎖され、補給は滞り、手紙一通届かない都市も出てきた。


 「……なぜだ、なぜ民は従わぬ!!」


 ユリウスは玉座の間に響く声で吠えた。金の装飾が施された杖を床に叩きつけ、執事たちは一斉に顔を伏せる。


 「愚か者どもが、王の命に逆らうなど……! 我が民であろう、あれは……!」


 彼の目の前には、民の“無言の拒絶”という現実が突きつけられていた。


 “言葉を持たない者ほど、意志が強い”——それを彼は初めて理解しつつあった。


 怒りと焦燥で胸を焼かれながら、ユリウスはふと足を止めた。ふとした香りが鼻先をかすめた。甘くて、少し焦げた果実の匂い。


 「……アップルパイ?」


 その瞬間、脳裏に過去の情景が閃光のように甦った。




 「おかわり? 本当に、もう一つ?」


 王妃・レイナの優しい声が、陽だまりのような暖かさを持っていた。


 幼いユリウスは無邪気に頷いた。口元には、甘いリンゴの欠片がついていた。

 それをナプキンで拭きながらレイナは言った。

 「お前は……世界一、綺麗な顔をしているわ、ユリウス。だから誰よりも立派な王になるの」


 その言葉に、ユリウスは小さな胸を張った。だが、それと同時に心のどこかに沈殿するものもあった。


 “そうしなければならない”という、見えない重圧。


 第一王子として、未来の王として、決して失敗できない。母の期待に応えなければならない。


 彼は、褒められるたびに、自分を“王になるための道具”として削られていくような感覚に囚われていった。


 そして、あの日——


 「本当にお前はアップルパイが好きね」


 笑顔で差し出されたそのパイは、見た目には何の異常もなかった。ユリウスは大好きなそれを一口かじった。


 ……瞬間、口の中に広がる、異様な苦味。


 「……っ!!」


 身体が震え、吐き出し、叫び、倒れ込む。その後の記憶は断片的だった。侍医の叫び、王妃の泣き崩れる姿。


 「誰が……誰が毒を……!」


 騒然とする宮廷の中で、幼いユリウスはうわごとのように呟いた。


 「なぜ……なにもしていない僕を殺そうとするの……?」


 ——結局、犯人はわからなかった。もしかすると台所の女中か、他国の間者か。真実は闇に葬られた。


 けれど、その日を境にユリウスの中で“信じる”という行為は壊れた。


 誰も信じない。他人は皆、己を害し得る毒だ。信じられるのは、自分自身と、自分が定めた秩序だけ。


 「だから……私は王になる。完全な支配を以って、この世界を“安全”にする。裏切りの余地も、誤解も、いらぬ選択肢もないように……!」




 思考が現在に引き戻される。


 「……裏切ったのは、民の方だ」


 ユリウスの瞳には、もう怒りも悲しみも浮かんでいなかった。ただ、空虚な独白がその口からこぼれる。


 「王が民を疑って、何が悪い。毒を仕込むのはいつも“下”だ……!」


 だが、その声に応じる者は誰もいなかった。


 言葉が焼け焦げ、民の手から離れていく——その事実だけが、冷たく王宮を支配していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ