第三十一話 広がる輪
「やはり駄目だったのね」
リヴィアはアデルからの返答を聞き、肩を落とした。
「アデル……さんは、野心に囚われてるね。自分こそが国を治めるにふさわしいと思ってる」
ルーファスはため息をふぅとついた。
「で、姉さんどうするの?ユリウス兄さんとアデルさんの本格的な戦争はもう始まってるんだよ」
「私は……」
リヴィアは眉毛を寄せた。
「私は、このまま民を声を拾っていく。ユリウス兄様に弾圧されても。アデル様に見捨てられても……そのために」
「そのために……?」
ルーファスは問いただすように首を傾げた。
「小さな声を広める。噂レベルでいいの。むしろ、弾圧を避けるためにそうでなければならない」
リヴィアは決意を新たにした。
「武器を持たずに、民に選ばれる未来を作る。私はそれを証明するわ」
ルーファスは少し黙ってから、小さくうなずいた。
「やってみてもいいんじゃないのかな。姉さんの言葉には……不思議と人を動かす力がある」
それから数日、リヴィアは各地の革命軍の面々と密かに連絡を取りはじめた。表立った動きは見せず、戒厳令下の国を縫うように、亜人の集落や農村地帯、都市の商人ギルドにまで手紙や口伝を使って“思想の種”を蒔いていった。
それは「誰が王か」ではなく、「誰の声が国を動かすべきか」という問いかけだった。
ある日、北部の寒村から報せが届いた。徴兵に応じなかった若者たちを、村の長が囲って守ったという。そして彼らは自分たちの畑を自分たちで守り、収穫物を隣の村と分け合う新しい取り決めを始めていた。
また、南部の交易都市では、商人たちが勝手に税の納入を凍結し、市場での価格統制を住民の話し合いで決めるようになっていた。どの動きも、リヴィアが命令したわけではない。ただ、彼女の言葉を耳にした誰かが「そうあるべきだ」と信じ、静かに行動を起こしていったのだ。
やがて、反乱軍の耳にもその「奇妙な自治」が届きはじめる。
「殿下、最近“リヴィア王女の思想”を語る者が、各地で出現しております」
「捕虜が拡げたのでは?」
「いえ、むしろ兵士の家族や農民、商人の間から自発的に……その、誰が最初かもわからぬほどに」
アデルは眉をひそめた。
「……まるで病のように、じわじわと広がっているな。“中立”を掲げながら、民心だけを奪っていく。言葉という名の毒で……」
一方、ユリウスの陣営でも、報告が上がっていた。
「地方の徴税が滞り始めています。いずれも“自警団”や“協議会”と名乗る者が仕切っており……抵抗すれば一斉蜂起の恐れが」
「誰の指示だ?」
「不明です。ただ、皆“リヴィア王女が言っていた”と……」
その名はもはや、軍旗ではなく、“合言葉”になっていた。
リヴィアは、夜のキャンプで火を見つめながらつぶやいた。
「思想は弾圧できない。人の中で、言葉が息をしている限り……私はそこに灯を置いていくだけ」
その瞳は静かだった。だがその奥には、武力と違う“もう一つの戦い”が、確かに芽吹いていた。




