第三十話 リヴィアの書簡
重厚な石造りの要塞に冷たい風が吹き込む。アルマス峠の攻略から間もないとはいえ、軍の士気は高かった。
各地の貴族たちが雪崩を打つようにアデル王子に忠誠を誓い、補給線は確立し、彼のもとには“新たな王の器”としての名声が高まりつつある。
その日、リヴィア陣営からの使者が到着した。
アデルは自らの作戦室で使者を迎えた。
使者はリヴィアの書状を差し出すと、深々と頭を下げる。
「姫殿下は、王国のさらなる分断を望まれてはおりません。
ゆえに、戦ではなく、話し合いの余地があるかを問いたいとのことです」
アデルは黙って書状を開く。
そこにはリヴィアの真摯な筆跡で、「民の声が届く王国を作るために、無用な流血は避けたい」と綴られていた。
「……この期に及んで対話を望むとは、まるで夢を見ているようだな」
アデルはぼそりと呟いた。
女性の軍師、ハーメルンがその様子を見て口を開いた。
「リヴィア王女は清らかで理想高い。だがそれが命取りになります。王国は今、三つ巴の構図に入りました。どこかが降りれば、他がそれを飲み込みます。我らがここで手を止めれば、ユリウスにまた好き勝手されるだけです」
アデルは静かに書状を閉じ、やや考えるそぶりを見せた。
「だが……リヴィアの存在は、利用価値がある。正統性も、民心も。私の戴冠が“武力による簒奪”に過ぎないと思われては、長くは保てない」
彼は壁の地図を眺めながら、思案を続ける。
「彼女がこのまま独立勢力を維持すれば、我々とユリウスの挟撃にもなり得る。だが、うかつに手を組めば、こちらの主導権が揺らぐ」
しばし沈黙。
その後、アデルはゆっくりと、使者に向き直った。
「リヴィア殿にお伝えください。
私は、彼女の信念に敬意を表します。――が、我が軍は止まりません。
戦を止めたいのならば、まず彼女がどこまで現実を受け入れる覚悟があるのか、それを示していただきたい」
使者はその言葉を受け、再び頭を下げて退出する。
扉が閉じられたあと、ハーメルンが肩をすくめた。
「殿下、結局のところ、対話のふりをして彼女を引き込むおつもりで?」
アデルは微かに笑った。
「違う。私は彼女に――“選ばせる”つもりだ。
理想のまま滅びるか、血を手にしてでも理想を貫くかをな」




