第二十九話 声の灯火
古びた石造りの建物の一室。簡素な木のテーブルの上には、王都発の最新報が置かれていた。
「戒厳令発動」の文字が刻まれたその報は、まるで重しのように空気を圧していた。
リヴィアはその紙面を、何度も何度も読み返していた。
だが読むたびに、胸の奥に押し込めてきたものが、少しずつ崩れていくのを感じていた。
「……ここまでやるなんて。ユリウス兄様……」
彼女は呆然と呟いた。
兄が、全土に戒厳令を敷いたという現実。
王都では民の行動の自由が制限され、街頭では軍が監視を始めているという。
「兄様は、私を“国家の脅威”と見なした……もう、対話は望めないの……?」
心の奥が冷えるようだった。
兄が、今では民の声を「混乱」として抑え込み、力で封じる道を選んだ。
沈黙の中、ルーファスが重たい声で口を開いた。
「姉さん……いっそのこと、アデル陣営と手を組むというのはどうかな。彼らはすでに西部で武力を得ているよ。互いに利がある以上、協力できるはず」
部屋が、ぴり、と緊張した。
「ルーファス、それは……戦争を選ぶということよ」
リヴィアは静かに、しかしはっきりと否を告げた。
「今、私がアデル様と組んだら……王都は完全に敵意を強める。兄様も、引き返せなくなる。
私は……王国を二つに割るために立ち上がったんじゃない。王国を変えるために、民の声を通すためにここにいるのよ」
だが、言いながら自分の手が小さく震えているのを、彼女はごまかせなかった。
王都は戒厳令を敷き、民の声を封じた。
ユリウスの権力は鉄壁だ。反対勢力は粛清され、彼女自身も討伐対象として扱われようとしている。
「どうすれば……どうすればいいの……」
自分が目指していたのは、剣で語る世界じゃなかった。
声を上げ、話し合い、折り合いをつけて、誰も傷つかない改革を成すことだった。
けれど――
「このままじゃ、何も変わらない。
兄様の世界は、もう……対話の届く場所にないのかもしれない」
ルーファスは何も言わなかった。
ただ、リヴィアの手の震えを見つめ、やがて一歩前に進み出た。
「それでも僕は、姉さんについてくよ。戦うにせよ、戦わぬにせよ――この国に、姉さんみたいな人が必要だから」
リヴィアはその言葉に、わずかに微笑み、そして再び真剣な面持ちに戻った。
「……アデル様への使者は出しましょう。でも、協力ではなく、停戦の意志を確認するためのものよ。
それと同時に、国内の支持層との繋がりを強化して。戒厳令下でも、私たちの理念は必ず届く。そう信じたい」
たとえ声が封じられても、思いまでは殺せない。
リヴィアは、自らにそう言い聞かせた。




