第二十五話 要塞の占拠
静けさに満ちた指令室の空気を切り裂くように、アデルの言葉が落ちた瞬間、円卓に集った幹部たちの視線が鋭く交差した。誰もがその意味を理解していた。街道の中継基地――それは王都へと続く大動脈、物流と通信の要所である。
「目標は〈アルマス峠の要塞〉だ」
アデルが壁の地図を指先でなぞり、その地点に小さな鉄製の駒を置いた。王都から北西に延びる街道が通る狭隘な峠。交易商や軍の補給隊が必ず通るその場所には、石造りの監視塔と軍営が併設されている。
石造りの監視塔は二重の防壁で囲まれ、内には貯水井戸も備わっている。小城塞のような構造だ。
「ここを落とせば、王都への補給路は一時的にでも断てる。食料、医薬、兵器の流通は滞るだろう。そして、王都の民もまた飢えることになる」
参謀であるハーメルンが口を開く。
「ですが、アルマスの守備兵はおよそ百五十。兵糧も十分に備蓄されています。落とすには犠牲が……」
アデルは、その言葉に揺らがなかった。
「承知の上だ。だが犠牲なくして勝利はない。敵の出方を待っていては、民草の叫びも、リヴィアの声も土に埋もれるだけだ」
彼の視線が、そばにいた人狼の少年・ルーグを射抜く。
「斥候を出せ。峠周辺の地形と守備配置を洗い直せ。夜間に接近し、狼煙の一つも上がらぬうちに制圧する。奇襲を仕掛ける」
ルーグが頷く。
「了解した。俺が先導する」
アデルはゆっくりと首を横に振った。
「いや、ルーグ――お前は別の任を果たしてくれ」
ルーグが眉をひそめる。
「別の?」
アデルは卓の上に、新たな文書を置いた。それは、政府内の高官が巡回する予定を記した密報だった。
「この襲撃と同時に、政府の〈地方監察官〉を急襲する。奴の首を晒す。……それが民への狼煙になる」
ルーグの瞳がわずかに細められた。やり方は過激だ。しかし、アデル・ルシエンの信念に揺らぎはない。言葉では世界は変えられない。だからこそ、剣と炎で答えを出す。
「――了解した」
ルーグがそう答えたとき、地上に向かう階段の先から、哨戒兵の呼び声が届いた。
「使者です!南の村から、急報!」
アデルが軽く顎を動かすと、門番が地下室の扉を開き、一人の伝令が泥だらけの外套を翻して駆け込んでくる。息を荒げた彼は膝をつき、声を震わせた。
「リヴィア様の『声の集会』が……政府軍に包囲されました!兵は数十、武装した騎士団が直接出動した模様です!」
指令室に緊張が走った。
アデルは、短く笑った。
「――始まったな」
その声には哀れみも怒りもなかった。ただ、確信と、炎のような意志だけが宿っていた。
「宝石の姫君・リヴィアよ……お前が守ると言ったものが、焼かれようとしている。ならば、俺はその火を奪い取る」
そして振り返り、幹部たちに鋭く命じた。
「動け。すべての部隊に通達を。街道の封鎖を開始し、アルマス要塞を落とせ。これは“戦争”だ」




